Ladies First

3.5
Ladies First
「Ladies First」

 インドで一番人気のスポーツといえばクリケットだが、あまりに段違いの人気すぎて、他のスポーツの振興が阻害されているほどだ。また、インドではスポーツといえば男子の専有物であり、女子は基本的にスポーツ選手になることを世間から推奨されない。よって、大半の女子スポーツ選手は、二重の苦しみを味わうことになる。そんな女子スポーツ選手の窮状を扱ったヒンディー語映画は、「Chak De! India」(2007年)から「Dangal」(2016年/邦題:ダンガル きっと、つよくなる)まで、数多い。

 2017年7月7日にロサンゼルス・ドキュメンタリー映画祭でプレミア上映され、2018年3月8日からNetflixで配信されたヒンディー語ドキュメンタリー映画「Ladies First」は、女子アーチェリー選手ディーピカー・クマーリーを追った作品である。

 ディーピカー・クマーリーは、2010年の英連邦スポーツ大会で金メダルを獲得するなど、インドを代表するアーチェリー選手であり、世界ランク1位にも輝いたことがある。彼女は2012年のロンドン五輪と2016年のリオデジャネイロ五輪にインド代表で出場し、金メダルを期待されていたが、どちらも敗退してしまう。そんな彼女の躍進と挫折を40分の短いドキュメンタリーにまとめたのが、「Ladies First」だ。

 監督はウラーズ・ベヘルとシャーナー・レヴィー・ベヘル。二人は夫婦で、シャーナーの方はシャーナー・ディヤーという女優であり、「Namastey London」(2007年)などに出演歴がある。ウラーズは不動産業を営むビジネスマンである。この二人がなぜディーピカーのドキュメンタリー映画を撮るに至ったかについては不明である。

 題名の「Ladies First」には、女子にスポーツをさせたがらないインド社会に対するディーピカーの反感が込められている。「レディー・ファースト」という割には、スポーツにおいては誰も女子を先に行かせてくれない。そればかりか、足を引っ張ろうとする。特にディーピカーが生まれ育ったジャールカンド州は保守的な土地柄で、女子には家事要員としての役割しか期待されず、20歳になる前に結婚させられ、夢を追う機会を奪われてしまう。ディーピカーも、何も行動しなければ、他の女性たちと同様に、18歳、19歳で結婚させられ、単なる主婦になっていたかもしれない。

 だが、子供の頃からディーピカーは自立心の強い女性だったようだ。それには母親の影響もあったと語っている。彼女の母親は看護師で、村では珍しく、外で働く女性だった。父親はオートリクシャーの運転手である。生活は貧しく、ディーピカーは両親の負担を減らすために、無料かつ寄宿制のアーチェリー学校に入学し、アーチェリーと出会う。

 その後、ディーピカーはジャムシェードプルにあるターター・アーチェリー・アカデミーに入り、アーチェリーの才能を開花させる。彼女の躍進のスピードはすさまじく、アーチェリーを始めてから1年足らずで、ワールドカップのジュニア部門で優勝を果たす。その後、世界ランク1位にもなり、五輪のインド代表にも選ばれ、金メダルが期待された。しかしながら、2度の挑戦で彼女は金メダルばかりかメダルにも届かず、インド国民を大いに落胆させる。

 娯楽映画の展開に慣れていると、てっきり映画の最後にはディーピカーが紆余曲折を経て金メダルを勝ち取るのかと期待してしまう。だが、「Ladies First」はフィクションではなくドキュメンタリー映画であり、残酷な現実が映し出される。リオデジャネイロ五輪でもディーピカーはメダルに届かず、彼女を敗者として映したまま映画は終わるのである。一応、2020年の東京五輪に向けて諦めずに進んでいくような終わり方でもあったが、後味は良くない。ちなみに、新型コロナウイルスの世界的感染拡大によって2021年に開催された東京五輪に彼女は出場したが、やはりメダルまで届かなかった。

 オリンピックのメダルは獲得できなかったものの、特定のスポーツにおいて世界ランク1位まで上り詰めた女子スポーツ選手はインドでは稀である。彼女は自分に続けて多くの女子が夢を追い掛けて欲しいと願っており、そんなメッセージが映画の中で何度も発信される。ただ、彼女はがむしゃらに努力をするのではなく、正しい努力をすべきだとも忠告する。

 インドではまだ女子の金メダリストは生まれていない。そればかりか、発展途上国に金メダルを勝ち取った女子スポーツ選手は皆無だとも表示される。それは、やはり発展途上国において女性の地位が低いことと関連がある。ディーピカーも、多くは語っていないが、多くの苦難を乗り越えてオリンピックまで辿り着いたことだろう。今後は、ディーピカーの背中を追ってスポーツの世界に入ったインド人女性たちの中から金メダリストが生まれることを期待したい。

 「Ladies First」は、インド人女子アーチェリー選手ディーピカー・クマーリーを被写体にした短編ドキュメンタリー映画だ。僻地の保守的な環境に生まれ育ちながら、奇跡的にアーチェリーの才能を開花させ、世界ランク1位の選手になってオリンピック出場も果たすというサクセスストーリーの面もあるが、2度の挑戦でもメダルには手が届かないという落胆の物語でもある。