Poorna

3.5
Poorna
「Poorna」

 2014年5月25日、アーンドラ・プラデーシュ州の農村出身の少女マーラワト・プールナーは、エベレストの登頂に成功した。13歳11ヵ月で、世界最年少記録だった。貧しい家に生まれ育った彼女がどのようにして才能を見出され、エベレスト登頂に至ったのか、その過程を追った伝記映画が「Poorna」である。2017年3月31日に公開された。

 監督はラーフル・ボース。ヒングリッシュ映画に好んで出演し、「ミスター・ヒングリッシュ」と呼ばれた俳優である。彼は過去に「Everybody Says I’m Fine!」(2002年)などの映画を撮っているが、監督としては多作ではなく、本作が監督3作目となる。彼自身も重要な役で出演している。

 だが、この映画の主役プールナーを演じるのはもちろんラーフル・ボースではなく、アディティ・イナームダールという子役俳優である。これ以前に彼女の出演作はなく、全くの新人である。他に、ドリティマーン・チャタルジー、ヒーバー・シャー、アーリフ・ザカーリヤー、マノージ・クマール、Sマリヤーなどが出演している。

 アーンドラ・プラデーシュ州の農村に生まれ育ったプールナー(アディティ・イナームダール)は、姉のプリヤー(Sマリヤー)が嫁入りした後、社会福祉寄宿学校に通うようになる。そこでロッククライミングに出会ったことで、彼女の人生は変わる。

 警察官僚だったプラヴィーン・クマール(ラーフル・ボース)は教育に関心を持ち、社会福祉学校を巡回して回る。そのときプールナーと知り合いになる。プラヴィーンは、プールナーや他の数人の子供たちに登山の才能を見出し、彼らを登山家に育て上げることを決める。プールナーたちはダージリンのヒマーラヤ登山学校で特訓を受ける。そして、優秀な成績を収めたアーナンド・クマール(マノージ・クマール)と共にプールナーはエベレスト登山隊に選ばれる。

 プリヤーが出産時に亡くなったことで、プールナーは一時落ち込んでしまう。だが、プリヤーが生前にプールナーに宛てた手紙を読んで、エベレスト登山はプリヤーの夢でもあったことに気付き、再起する。

 アーナンドとプリヤーはエベレストのベースキャンプに向かう。そのときエベレストで大きな雪崩があったが、彼らは無事だった。アーンドラ・プラデーシュ州で状況を見守っていたプラヴィーンは登山の中止を彼らに勧めるが、プリヤーは登ると言い張る。結局、州首相も折れ、彼らは山頂を目指して歩き出す。そして、見事登頂に成功する。

 21世紀に入り、ヒンディー語映画界では様々なスポーツを題材にした映画が作られてきたが、登山の映画は珍しい。13歳の少女が主人公の映画でもあり、また伝記映画でもある。多少の不幸はあるものの、この種の映画としては物語に起伏が少ない方で、主人公のプールナーが絶望的なほどどん底に陥ることもない。スポ根映画とは呼べないだろう。元々、劇中にも登場する警察官僚プラヴィーン・クマールは、子供たちに学ぶ動機を与え、学校に入学させるために、才能ある子供を登山家に育てるプロジェクトを始めた。この「Poorna」もその延長線上にある映画であり、子供たちにも観てもらえるように、シンプルかつマイルドな筋書きにしたのだと思われる。

 ラーフル・ボース監督はなるべくリアルなロケーションで撮影をすることを心掛けたようで、プールナーの生家、彼女が最初にロッククライミングを学んだ巨大な一枚岩ボーンギール、ダージリンにあるヒマーラヤ登山学校などがロケ地として使われている。終盤ではプールナーがエベレスト登山をするシーンがあり、その映像はかなりリアルである。もしかしたら実際の映像かと感じるほどだったが、さすがにこのシーンはエベレストで撮影されたものではないようだ。

 プールナーが入学した寄宿学校は、社会的な弱者に無償で教育を施すためにアーンドラ・プラデーシュ州政府によって実施されているプロジェクトのようである。テルグ語映画界の伝説的な俳優で州首相にもなったNTラーマラーオによって1984年に開始されたということだから、歴史のある教育プログラムである。だが、映画での描写を信じるならば、プラヴィーン・クマールがその責任者に就任したときにはうまく行っていなかった。教師がまともに授業をせず、給食が劣悪な状態だったのである。プラヴィーンはそれを正すところから教育改革を始め、やがて子供たちの中から一流の登山家を育てるというプロジェクトを思い付いたのだった。

 映画の中では、日本人登山家の田部井淳子さんのエピソードが子供たちに紹介されていた。田部井さんは肺が弱かったが登山家となり、初めてエベレストに登頂した女性になった。偉人としてインド映画の中で日本人女性が紹介されるのは稀なことである。

 映画の中では明示されていないのだが、主人公プールナーの家族は指定カースト/指定部族(SC/ST)に属する。いわゆる不可触民である。映画のエンドロールで実際のプールナーがBRアンベードカルの像を祀っているシーンがあり、そこだけ、彼女のカーストを暗示していた。だが、元々上記の寄宿学校はSC/STやその他の後進階級(OBC)のために造られたもので、その学校に入学できたということは自動的に彼女が低カーストであることを示している。それでも、「Poorna」は彼女が社会的に差別されているコミュニティーに属していることをあまり問題として取り上げていない。これも子供の観客を念頭において作られた映画だからかもしれない。

 プールナーがエベレスト登頂を成し遂げたのは2014年5月25日だが、実はその数日後、6月2日にアーンドラ・プラデーシュ州からテランガーナ州が分離している。プールナーの生まれ故郷はニザーマーバード県にあり、テランガーナ州に組み込まれた。よって、彼女の業績は新しく生まれたテランガーナ州にとって最初の祝い事となった。州都ハイダラーバードの象徴であるチャールミーナールが誇らしげに映し出されていた。

 アーンドラ・プラデーシュ州および現在のテランガーナ州が舞台の映画だったが、現地語のテルグ語ではなく、ヒンディー語で作られていた。ただ、テルグ語の簡単なフレーズが台詞の随所に感動詞的に使われていた。

 「Poorna」は、2014年に13歳11ヵ月でエベレスト登頂を成功させ、世界最年少記録を打ち立てたプールナーの伝記映画である。子供の観客を念頭においているのだろう、シンプルな筋書きで、極度の不幸がなく、とても前向きなメッセージが発信された映画である。ロッククライミングの描写はとても本格的で、まるで本当にエベレストで撮影されたかのようなリアルな登山映像には息を呑む。大人でも十分に楽しめる佳作である。