The Violin Player

3.0

 2016年9月26日に公開された「The Violin Player」は規格外のヒンディー語映画だ。その題名の通り、ムンバイーで映画のBGM等の演奏をするヴァイオリン奏者を主人公にした映画だが、その作りはあらゆる意味で変わっている。

 監督はバウダーヤン・ムカルジー。プロデューサーはその妻モナリザ・ムカルジー。この二人は、ムンバイーを拠点としながら、映画祭サーキット向けの映画を作っているクリエイティブなベンガル人夫婦だ。「The Violin Player」も2015年のケーララ国際映画祭を皮切りに、世界各国の映画祭で上映されている。

 ヴァイオリン奏者の主人公を演じるのは、ベンガル人俳優リトヴィク・チャクラボルティー。他に、アーディル・フサインやナヤニー・ディークシトなどが出演している。

 物語は、仕事が減って金に困っているヴァイオリン奏者が、ある日駅で不思議な男性と出会い、多額の報酬と引き換えに彼の自宅でヴァイオリンの演奏をするというものだ。

 序盤は、冗長とも言えるほど各シーンが長く、しかも先行きが見えないため、辛抱させられる。一体何のためにこの一見無意味に見えるシーンがこんなにじっくりと映し出されるのか、全く分からないのである。そうかと思えば、ゴキブリを執拗に叩き潰すシーンもあり、やたら不安にさせられる。

 アーディル・フサイン演じる謎の男が登場することで、映画に俄にサスペンス性が出て来る。まず彼は、主人公をじっと凝視して来る。このシーンもやたら長い。主人公はその凝視に堪えきれず、一旦身を隠すが、気付くとその男は主人公のすぐ近くまで迫っていた。どういう方向へ向かう映画か分からないため、実はホラー映画だったのかとも思ってしまう。

 結局、その男は主人公に、ヴァイオリンの演奏を頼んで来たのだった。しかも、2万ルピーという多額の報酬を提示した。入り用だった主人公は、不審に思いつつも男に付いて行く。道中で主人公は男に仕事についていろいろ質問するのだが、生返事ばかりで、核心に触れる返答は得られない。

 チャーチゲートにある彼の古びた自室で主人公は映像に合わせてヴァイオリンを即興演奏することになる。その映像は、浴室で繰り広げられる男女の情事の映像であった。何も知らされていなかった主人公は、最初のテイクでは驚いて手を止めてしまうが、2テイク目では映像に合わせた神業の演奏を披露する。依頼した男性も彼の演奏に満足する。主人公は約束通り報酬を受け取り、帰途に就く。

 とりあえずこれで当初生じたサスペンス性が解消された訳だが、次に、これでどう映画を締めるのか、という新たなサスペンスが生じる。真夜中、自宅に帰った主人公は、呼び鈴を鳴らす。妻が戸を開け顔を出すが、それはなんと、映像の中で情事を繰り広げていた女性(ナヤニー・ディークシト)であった。冒頭にも妻は出て来るが、うまく顔が見えないアングルの映像となっており、最後のこのサプライズにつながっていた。自宅に戻った主人公が妻に対してどういう行動を取るのか、主人公の不安定な心理状態が最後に提示され、終幕となる。

 一連の出来事を解釈をするならば、妻は主人公に内緒でブルーフィルムに出演していたということであろう。たまたまそれを知ってしまった主人公は、何事もなかったかのようにその映像にBGMを付けるために即興でヴァイオリンを弾ききって報酬をもらい、帰宅する。そして、自分を裏切った妻を撲殺しようとも思うが、思いとどまり、今日の仕事で得た報酬を妻に渡す。また、人生初のソロを依頼されたことを妻に自慢げに話す。

 映画の最後では、スペイン人画家パブロ・ピカソの以下の言葉が引用される。

芸術は日常生活で汚れた魂を洗う。

 これらを総合すると、ヴァイオリン奏者である主人公は、妻が無断で卑猥な職業に就いていたことにショックを受けながらも、その感情よりも芸術的な満足感と多額の報酬を得た喜びの方が勝り、また日常生活に戻って行ったと解釈できるだろう。だが、もし謎の男が、映像の女性の夫がこのヴァイオリン奏者であることを知っててわざとこの仕事を依頼したとしたら?さらに掘り下げることのできる物語とも感じるが、その辺りは観客の判断に委ねられる形となるだろう。

 冗長な映像の他にこの映画が特徴としていたのは、途中に何度も差し込まれる暗転である。主人公が目をつぶったときに暗転する傾向にあるが、シーンの切り替えにも使われ、特別な意味が持たされていた。特に、主人公が自宅に戻ったシーンにおいて、暗転が効果的に使われていた。

 ヴァイオリン奏者が主人公な映画だけあって、音響にも力が注がれていた。ヴァイオリンの音はもちろんのこと、電車の動く音、喉が鳴る音、バケツに汲まれる水の音など、台詞よりも音がこの映画で雄弁に物を語っていた。

 「The Violin Player」は、映画祭向けの、かなり変種の映画である。貧しいヴァイオリン奏者が主人公の映画だが、それだけの説明では全く内容を見誤るほど変わった映画だ。一体どういうジャンルの映画なのか、どこへ向かおうとしている映画なのか、最後の最後まで分からず、しかも結末に至っても一抹の不安を催すものとなっている。世にも奇妙な映画であった。