Dear Dad

3.0
Dear Dad
「Dear Dad」

 インド人同性愛者の間でカルト的人気を誇るヒンディー語映画「Dostana」(2008年)は、本物のゲイ同士の物語ではなかったものの、同性愛者が自分の性的指向を家族に認めてもらう瞬間が描かれていたことが高く評価されたとされている。同性愛者にとって、自分の両親にカミングアウトすることは、人生の中で一大イベントだ。映画においても、ここが曖昧にされているものは評価が低くなる傾向にある。だが、自分の子供に対してのカミングアウトはどうだろうか?

 2016年5月13日公開の「Dear Dad」は、結婚し、2人の子供を持つ男性がゲイであることを長男にカミングアウトする物語である。監督はタヌジ・バラマール。主演は、主にタミル語映画界で活躍するアルヴィンド・スワーミー。マニ・ラトナム監督の「Roja」(1992年)や「Bombay」(1995年/邦題:ボンベイ)などの主演男優で、ヒンディー語映画への出演は稀である。他に、ヒマーンシュ・シャルマー、エーカーヴァリー・カンナー、アマン・ウッパールなどが出演している。

 デリー在住のニティン(アルヴィンド・スワーミー)は、マスーリーの全寮制学校に息子のシヴァム(ヒマーンシュ・シャルマー)を連れて行く道中で、自分がゲイであることをカミングアウトする。シヴァムは父親がゲイであることを受け容れられず、彼を拒絶する。

 シヴァムは、怪しげな薬を売るバーバー・バンガーリーに相談し、父親の「病気」を治そうとするが、父親は体調を崩し、寝込んでしまう。シヴァムは友人と共にマスーリーへ去って行く。

 数ヶ月後。学期が終わり、シヴァムは優秀な成績を収めた。ニティンと妻のヌープル(エーカーヴァリー・カンナー)は離婚していたが、二人とも終業式に駆けつけていた。シヴァムの心は変わっており、父親を歓迎する。ニティンはシヴァムに、ナターシャという名前の好きな女の子がいることを知り、告白を手伝う。ニティンは学校長に叱られ、シヴァムも1週間の停学となるが、この休暇を使って二人は旅行に出掛ける。

 今までインドで作られて来たLGBT映画は、自分よりも年上か同年代の家族メンバーにカミングアウトすることに主眼が置かれていたが、「Dear Dad」では自分の子供へのカミングアウトという新しい視点が盛り込まれていた。また、子供からの視点で見ると、自分の父親がゲイであると知ったときにどういう心理状態になるかを考えさせられる映画になっていた。

 ただ、シヴァムが父親の性的指向をどのように受け容れたのか、はっきりとは描写されていなかった。道中でニティンがアーディティヤ・タネージャー(アマン・ウッパール)というヒッチハイカーを自動車に乗せており、彼の存在がニティンとシヴァムの関係の触媒になったとも考えられるが、少なくともデリーからマナーリーの道中でシヴァムが父親を受け容れた様子はなかった。「数ヶ月後」のシーンでいきなりシヴァムの態度が軟化しており、この期間に何かがあったのだと思われるが、その手掛かりは劇中には示されていなかった。非常に大事な要素だと思うのだが、なぜここを端折ったのであろうか。

 もうひとつ大事な視点は妻のものだ。自分の夫がゲイであると知るのは、夫の浮気が発覚するよりもショックだと言われている。ニティンの妻ヌープルがどのように夫のカミングアウトを受け容れたのかについても言及はなかった。

 「Dear Dad」は、どちらかと言えば、父親の同性愛はサイドストーリーであり、メインとなっていたのは、父と息子の関係であった。父子関係と言うよりも友情で結ばれたような二人で、それが父親のカミングアウトにより、当初は動揺するものの、より強い友情で結ばれるようになる。父親からカミングアウトされたとき、シヴァムは「元の家族に戻りたい」という強い希望を抱いていた。だが、息子にゲイだということをカミングアウトすることほど、息子への信頼を証明するものはない。シヴァムもおそらく成長するに従って、それに気付いたのだろう。ラストでニティンとシヴァムは、ほとんど同年代の友人同士のような関係になっていた。

 シヴァムの通う全寮制学校が位置するマスーリーは、山間の避暑地であり、いくつもの全寮制学校が存在する。デリーから自動車で7時間ほどの位置にある。ただ、劇中では土砂崩れによる通行止めがあり、ニティンやシヴァムたちは一泊することになった。リバーストーン・コテージというホテルに宿泊していたが、これはデヘラー・ドゥーンに実在するホテルである。

 観客の想像に委ねている部分が多い映画で、それは必ずしも気持ちいいものではないが、同性愛のカミングアウトに新たな角度を提示したことで、「Dear Dad」はユニークなLGBT映画になっている。ただ、意外にも同性愛者やその周囲の人々の心理状態に深く踏み込んではおらず、むしろ父と子の友情が高らかに歌い上げられた、旅情に満ちた1時間半ほどの小品となっている。


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