I (Tamil)

4.0
I
「I」

 2015年1月14日公開のタミル語映画「I」は、「Robot」(2010年/邦題:ロボット)で有名なシャンカル監督が撮った娯楽大作である。「ノートルダムの鐘」や「美女と野獣」を思わせるストーリーの上に、ロマンス、アクション、サスペンスなどの要素がかぶせられ、シャンカル監督お得意のVFXも活用されて、典型的なマサーラー映画に仕上がっている。日本では劇場一般公開はなかったものの、DVDが販売されており、「マッスル 踊る稲妻」という本編とはあまり関係ない邦題が付けられている。

 主演はヴィクラム。ヒロインはエイミー・ジャクソン。他に、スレーシュ・ゴーピー、サンターナム、ウペーン・パテール、Gラームクマール、オージャス・ラジャニー、Mカーマラージ、シュリーニーヴァーサン、ヨーギー・バーブーなどが出演している。また、音楽はARレヘマーンが担当している。

 チェンナイ在住のボディービルダー、リンゲーサン(ヴィクラム)は、ボディービルディングの大会に出場してミスター・タミル・ナードゥのタイトルを獲得し、果てはミスター・インディアを決める全国大会への出場を夢見ていた。また、彼はスーパーモデルのディヤー(エイミー・ジャクソン)の大ファンだった。

 リンゲーサンは、ライバルのラヴィ(Mカーマラージ)を蹴散らしてミスター・タミル・ナードゥのタイトルを獲得する。一方、ディヤーは共演モデルのジョン(ウペーン・パテール)から執拗にセクハラを受けていた。ジョンは、拒絶するディヤーに嫌がらせをするため、彼女を業界から干そうとする。困ったディヤーはリンゲーサンを中国ロケの相手役に抜擢する。ディヤーはリンゲーサンを乗せるために彼と恋に落ちた振りをした。リンゲーサンはすっかりその気になるが、リンゲーサンに惚れていたスタイリストのオズマ(オージャス・ラジャニー)に邪魔され、真実を知ってしまう。落ち込むリンゲーサンだったが、ジョンが雇った刺客を撃退したリンゲーサンの強さを見てディヤーは彼に惚れる。二人がくっ付いたのを見てオズマは嫉妬する。

 中国で撮影した香水「I」のCMは話題になり、リンゲーサンは瞬く間にスターになる。「I」を製造・販売するIGC社のインドラクマール社長(Gラームクマール)は全製品の広告塔をリンゲーサンとディヤーにする。おかげでジョンは仕事を失ってしまう。ところが、リンゲーサンが広告をしていたIGS社の飲料水に農薬が混入しているとの報道がなされた。リンゲーサンは広告への出演を拒否する。おかげでIGS社の株は暴落する。インドラクマール社長はリンゲーサンを恨むようになる。

 リンゲーサンとディヤーは交際を公表し、いずれ結婚するつもりであることも認める。一方、リンゲーサンに恨みを持っていたラヴィ、ジョン、オズマ、インドラクマールは共謀して復讐することを決める。

 あるときからリンゲーサンの身体に異常が発生した。髪や歯が抜け、皮膚に瘤ができ、背骨は湾曲し始めた。リンゲーサンが知己の医者ヴァースデーヴァン(スレーシュ・ゴーピー)に相談すると、遺伝子の病気で治療は困難だと言われる。リンゲーサンとディヤーの結婚式が迫っていたが、リンゲーサンは姿をくらまし、自分の死を偽装する。後に残されたディヤーは、幼少時から慕っていたヴァースデーヴァンと結婚することになる。リンゲーサンもヴァースデーヴァンとディヤーの結婚を後押しする。

 ところが、ヴァースデーヴァンとディヤーの結婚式の日、リンゲーサンは、自分の身体の異常が遺伝子によるものではなく、「I」ウイルスによるものであることを知る。しかも、彼の身体にウイルスを注入したのはヴァースデーヴァンであった。ヴァースデーヴァンはディヤーが10歳の頃から彼女に目を付けており、恋敵を密かに排除してきた。ヴァースデーヴァンは、ラヴィ、ジョン、オズマ、インドラクマールの仲間になり、彼をディヤーの人生から消す計画を立てたのだった。

 それを知ったリンゲーサンは式場からディヤーを誘拐し、廃墟に幽閉する。そして、自分をこのような目に遭わせた人々に復讐を開始する。ラヴィは大火傷を負い、オズマは全身毛だらけになり、インドラクマールは全身蜂に刺され、入院することになる。ジョンは反撃するが、やはり周到におびき出され、高圧電流に触れて感電してしまう。最後までリンゲーサンの復讐に警戒していたヴァースデーヴァンも、知らない間にウイルスを身体に入れられ、象皮症のような病気になってしまう。

 一方、ディヤーは自分を誘拐した人物がリンゲーサンであることに気付く。ディヤーは、人里離れた場所に二人だけのユートピアを作っていた。ディヤーはリンゲーサンをそこに連れて行き、彼の治療をする。

 映画は、全身瘤だらけのセムシ男が美女を誘拐するシーンから始まる。これが現在のシーンになり、合間には、それまでの経緯を説明する回想シーンが差し挟まれる。過去のシーンの主人公はボディービルダーのリンゲーサンで、彼がボディービルディング大会で優勝し、スーパーモデルのディヤーとお近づきになれて、自身もモデルの仲間入りをするサクセスストーリーが描かれる。一見関係なさそうなエピソードに見えるのだが、徐々にそのリンゲーサンこそが、現在シーンに登場したセムシ男であることが明らかになってくる。

 当初は、リンゲーサンがそのような姿になったのは、遺伝子の病気が原因であるとされる。ところが終盤になり、それは人為的に注入された「インフルエンザH4N2ウイルス」、通称「I」ウイルスの仕業だということが分かる。では、誰が何のために彼の体内に「I」ウイルスを注入したのか?彼に恨みを持つ人物は複数おり、彼らは共謀していた。だが、意外なところから黒幕が現れる。それは、リンゲーサンとディヤー、両者と親しかった医者ヴァースデーヴァンであった。ヴァースデーヴァンは親子ほど年齢が離れたディヤーに異常な性愛を抱いており、柔和な笑顔の下に凶暴な素顔を隠していた。ヴァースデーヴァンは、ディヤーと婚約したリンゲーサンを排除しただけでなく、彼女の結婚相手として自ら名乗り出るわけではなく、周囲から推挙されるのを待ち続ける狡猾さも持ち合わせていた。

 全てを知ったリンゲーサンは復讐に乗り出す。だが、ヴァースデーヴァンが彼を殺さず、ウイルスで醜い姿にしたのと同様に、リンゲーサンもラヴィ、ジョン、オズマ、インドラクマール、そしてヴァースデーヴァンを殺すことはしなかった。代わりに彼らが苦しみながら生きるように仕向けたのである。おかげでこの映画は、主役のリンゲーサンのみならず、悪役たちも次々に異形に成り代わっていく。シャンカル監督がこの映画でもっともやりたかったのも、このトランスフォーメーションであろう。海外の人材も活用して相当な予算をつぎ込み、VFXや特殊メイクなどによってそれを実現している。

 また、主筋とはあまり関係ないところでも贅沢な作りが見られる。インド映画としては珍しく中国ロケが敢行されており、東川紅土地、紅海灘、漓江、蘇州など、特に風光明媚な土地が選ばれ、撮影が行われている。また、大ヒットした「ロボット」の興奮冷めやらない中、撮影が行われたと見え、セルフパロディーが随所に見られる他、ARレヘマーン作曲の挿入歌にも「ロボット」の延長線上のような楽曲があった。「ロボット」のファンには嬉しいサービスだ。

 しかしながら、主筋と関係ないところにも手を抜かず、全部盛りの旺盛なサービス精神を遺憾なく発揮しているために、3時間以上ある大長編の映画になっている。そこまで内容があるわけでもなく、やはり回想シーンやダンスシーンに必要以上に時間を割いた結果の長尺だ。「I」は大ヒットしたのだが、長さに関しては否定的な評価もあるようである。ただ、シャンカル監督はオマケのシーンにも本気で取り組んでおり、それが映画を質を悪化させているとは感じなかった。むしろ、隅から隅まで楽しめた映画だった。

 主演のヴィクラムは、ボディービルダーとして自信満々のリンゲーサンと、醜いセムシ男になった後の日陰者になったリンゲーサンの両方を自身で演じていた。セムシ男のシーンでは特殊メイクの力を借りているものの、外見が変わり果ててしまったことで性格も変わってしまった様子を、おどおどした演技で演じ切っていた。

 「Ekk Deewana Tha」(2012年)や「Yevadu」(2014年)に出演した英国人女優エイミー・ジャクソンも、声は吹き替えであることを差し引いても、好演していたといえる。外見は高嶺の花のスーパーモデルというイメージにピッタリであるし、リンゲーサンとのロマンスや、行方不明になった彼を健気に待ち続ける姿、そして謎の醜男に誘拐され幽閉された後の反応など、悲劇のヒロインをよく演じていた。

 その他のキャストの中で目を引くのは、ヒンディー語映画に出演してきたウペーン・パテールが悪役として起用されていたことだ。ヒンディー語映画界では主役を張れる可能性がなくなったと見切り、タミル語映画界の悪役に活路を見出したのだと思われる。悪役は彼だけではなかったが、もっともルックスも良く、最後まで残っているメインの悪役を堂々と演じていた。

 「I」は、「ロボット」の余勢を駆ってシャンカル監督が送り出した、娯楽要素満載のマサーラー映画だ。あまりに多様な要素が詰め込まれており、どのジャンルに分類していいか迷うが、復讐劇でありロマンス映画であるとまとめてしまっても大きな間違いにはならないだろう。VFXや特殊メイクを使ってとにかく思い付いたことは何でもやってみたといった感じで、3時間以上あるものの、全く退屈しない。「ロボット」に派手さでは負けるが、楽しさでは負けていない作品である。