Ekkees Toppon Ki Salaami

4.0

 英国の植民地だったときからの習慣だが、インドには礼砲の文化がある。元々は藩王国の王族に対して敬意を表明するときに、決まった数の大砲が撃たれていた。回数は藩王国のステータスに従って変わる。最低が2回で、ハイダラーバード藩王国などの大藩王国になると21回になる。英国王は最高数の101回である。独立後は、独立記念日や共和国記念日などの式典時に加え、大統領、首相、州首相など、特別に功績のあった政治家や、殉死した兵士の国葬時に21回の礼砲が撃たれる。

 2014年10月10日公開のヒンディー語映画「Ekkees Toppon Ki Salaami(21発の礼砲)」は、21回の礼砲を巡るユニークなブラックコメディー映画である。監督はラヴィンドラ・ガウタム。TVドラマの監督として有名な人物で、映画の監督は本作が初となる。キャストは、アヌパム・ケール、ディヴィエーンドゥ・シャルマー、マヌ・リシ、ネーハー・ドゥーピヤー、アーディティ・シャルマー、ラージェーシュ・シャルマーなど。

 プルショッタム・ナーラーヤン・ジョーシー(アヌパム・ケール)は、ムンバイー市局で蚊対策のために街中で殺虫剤を撒く仕事をする下っ端の公務員だった。元々は軍人を目指し、国のために殉死して、21回の礼砲を受けたいと考えていたが、正直者すぎて世渡りがうまくなく、軍人にはなれなかった。

 プルショッタムの2人の息子シェーカル(マヌ・リシ)とスバーシュ(ディヴィエーンドゥ・シャルマー)は父親とは異なり不正をすることに何の躊躇もない人間だった。兄のシェーカルは市局で働き、弟のスバーシュは、マハーラーシュトラ州の与党、民衆社会党の党員として仕事をしていた。

 スバーシュの恋人ターニヤー(アーディティ・シャルマー)は、スバーシュの口利きで、汚職にまみれた州首相ダヤーシャンカル・パーンデー(ラージェーシュ・シャルマー)のスピーチライターをしていた。ダヤーシャンカル州首相は、元女優の愛人ジャヤプラバー(ネーハー・ドゥーピヤー)に違法な手段で自宅として政府の土地を与えたスキャンダルに見舞われていた。

 プルショッタムは定年退職を前にしてスバーシュとターニヤーの結婚を認める。彼が定年前最後の出勤日に職場に出ると、上司から身に覚えのない汚職をなすりつけられ、停職処分となってしまう。37年間、正直に仕事をしてきたプルショッタムにとって耐えられる屈辱ではなく、体調を崩して寝込んでしまう。シェーカルとスバーシュは、父親の退職金を当て込んでいたこともあって、プルショッタムに謝罪をさせて事件の幕引きをしようとする。だが、プルショッタムは息子たちのそういう態度に失望し、そのまま絶命してしまう。

 スバーシュは、父親の葬儀に21回の礼砲を撃つという約束をしてしまった。プルショッタムの訃報を聞いて多くの人々が集まってきたのを見て、父親が誠実な仕事振りによって多くの人々から尊敬を集めていたことを初めて知り、礼砲を実現するために奔走する。

 ちょうどその頃、ダヤーシャンカル州首相が突然死し、21回の礼砲と共に国葬されることになる。スバーシュは、遺体を入れ替えて父親に21回の礼砲を受けさせるように計画を立てる。州首相の自宅は厳重な警戒態勢が敷かれていたが、ターニヤーの協力もあって、プルショッタムの遺体を運び込んで入れ替えることに成功する。

 火葬の会場であるシャヒードパークに運ばれたプルショッタムの遺体は、21回の礼砲と共に火葬された。その火を付けたのは、ターニヤーが用意したスピーチによって選ばれたシェーカルであった。こうして、誰にも気付かれずにプルショッタムの遺志だった、21回の礼砲を伴った火葬を実現する。

 2011年にアンナー・ハザーレーが主導した汚職撲滅運動の影響はヒンディー語映画界にも顕著に表れるようになり、汚職を題材にした映画がたくさん作られるようになった。「Ekkees Toppon Ki Salaami」もその延長線上に位置づけることができるだろう。37年間、誠実に仕事をし、ムンバイー市民に尽くしてきた下級公務員と、私腹を肥やすことしか頭にない汚職政治家を対比させ、最後に名もない市民たちに対する最大限の敬意と彼らの勝利を、21回の礼砲と共に映して見せた。

 また、世代間対立の物語でもあった。父親プルショッタムはとにかく誠実に仕事をするのを美徳とする人物で、周囲がどんなに不正に手を染めようとも耐え忍んできた。彼の人生は不運の連続だった。学校のスピーチコンテストで優勝し、表彰される寸前に、ジャワーハルラール・ネルー首相が死去し、表彰式は中止となった。彼の結婚式も、インディラー・ガーンディー首相による緊急事態宣言発令によって中止となった。国のために命を捧げるつもりで軍への入隊試験を受けたが、不正な競争のせいで挫折した。それでも彼は腐らず、文句を言わず、ひたすら自らの成すべき仕事をしてきた。明示はされていなかったものの、その生き方から、彼をガーンディー主義者と呼んで差し支えないだろう。また、元々軍人だったアンナー・ハザーレーとの共通点も見出せる。

 その一方で、プルショッタムの2人の息子、シェーカルとスバーシュは、なるべく楽をして最大限の利益を出すのが大好きな今時の青年たちだった。プルショッタムの実直な生き方にはとても付いていけなかった。だが、プルショッタムの死をきっかけに、彼らも改心する。

 汚職の象徴として描写されていたダヤーシャンカル州首相は、特定の政治家をモデルにしているというよりは、インドの汚職政治家の特徴を凝縮させたような存在だと考えた方がいいだろう。彼の所属する民衆社会党も、インドの二大政党である国民会議派(INC)とインド人民党(BJP)を合わせたような特徴を持っていた。ダヤーシャンカル州首相の弔問をしに訪れた女性政治家は、INCのソニア・ガーンディー党首を思わせたし、スバーシュが下っ端のボランティアとして働く様子は、BJPの母体である民族義勇団(RSS)のシャーカーという活動を思わせた。

 主演は一応、「Pyaar Ka Punchnama」(2011年)のディヴィエーンドゥ・シャルマーになるだろうが、あまり主演がはっきりしている映画ではなかった。アヌパム・ケールやラージェーシュ・シャルマーといったベテラン俳優たちも重要な役を演じており、むしろ彼らの方が目立っていた。ネーハー・ドゥーピヤーの妖艶な演技も良かった。

 「Ekkees Toppon Ki Salaami」は、正直な庶民と汚職にまみれた政治家の対比をしながら、日々社会を支える名もなき庶民たちに最大限の敬意を払う内容の風刺映画である。キャストに派手さはないが、脚本はしっかりしており、思わず笑ってしまうシーンも多い、優れた映画だ。観て損はない。