インドでは映画は何よりもまず先に娯楽のためのものであり、娯楽の中心は笑いである。インド映画にはコメディー映画の長い伝統があり、人々に愛されている。僕はコメディーをインド映画の真髄と考えている。しかしながら、コメディーはその国の社会、文化、歴史、そして国民性に強く依存するジャンルであり、コメディーの輸出はおそらく最も難しい。インドのコメディー映画が分かったらインドが分かったと言っても過言ではないだろう。そういう意味でも、コメディー映画はインド映画の真髄なのである。
2014年8月8日公開のヒンディー語映画「Entertainment」はコテコテのコメディー映画である。マルチプレックスの普及に伴って、都会派のオシャレなコメディー映画やインテリ層向けの知的なコメディー映画、それに痛烈なブラックコメディー映画や風刺映画も増えて来たのだが、「Entertainment」は昔ながらのコテコテ路線を突っ走っている。
監督はサージド・ファルハドという二人組。彼らは「Golmaal Returns」(2008年)や「Housefull 2」(2012年)など多くのコメディー映画の脚本を務めて来ており、今回が監督デビューとなる。プロデューサーはティップス・インダストリーズのラメーシュ・S・タウラーニー。作曲はサチン・ジガル、作詞はマユール・プリー、プリヤー・パンチャール、アーシーシュ・パンディト。
主演はアクシャイ・クマールと「Himmatwala」(2013年)のタマンナー。他にスタンドアップ・コメディアンのクルシュナ、同じくコメディアンのジョニー・リーヴァル、「Dabangg」シリーズの歴代悪役であるソーヌー・スードとプラカーシュ・ラージ、ミトゥン・チャクラボルティーなどが出演し、リテーシュ・デーシュムク、シュレーヤス・タルパデー、ダリープ・ターヒル、ヴラジェーシュ・ヒールジー、ダルシャン・ジャリーワーラーなどがカメオ出演している。
アキル・ローカンデー(アクシャイ・クマール)は、病気で入院した父親(ダルシャン・ジャリーワーラー)の医療費を稼ぐために様々な仕事をしていたが、どれも長くは続かなかった。また、アキルにはサークシー(タマンナー)というTVドラマ女優の恋人がいた。アキルは彼女にプロポーズをするが、サークシーの父親(ミトゥン・チャクラボルティー)は認めなかった。彼が条件として出したのは億万長者になることだった。アキルはその挑戦を受けて立つが、今まで何をやってもうまく行かなかった彼に億万長者になることは不可能と思えた。 ところがある日、アキルは自分の父親が実の父親でないことを知る。アキルの母親は、父親に捨てられ、幼児のアキルを連れて移動しているときに列車事故に遭って死んだと言う。アキルの父親は、遺族に支払われる補償金目当てにアキルの母親を自分の妻だと偽り、アキルを育てて来たのだった。アキルは実の父親を探そうとし、家にあった古い箱の中から両親の手掛かりを見つける。なんと、アキルの実の父親は億万長者のダイヤモンド貿易商パンナーラール・ジョホリー(ダリープ・ターヒル)であった。これでサークシーと結婚できると喜んでいると、パンナーラールの訃報がテレビから流れて来る。パンナーラールは300億の遺産を遺して死んでおり、相続者は誰もいないとのことだった。アキルは早速、血縁を証明する数々の物品を持って、パンナーラールの大豪邸があるバンコクへ飛ぶ。 パンナーラールの邸宅では葬式が行われている最中だった。アキルはその中に飛び込み、暗に遺産を求める。そこに出て来たのが弁護士ハビーブッラー・シェーク(ジョニー・リーヴァル)であった。ハビーブッラーはアキルがパンナーラールの息子であることを疑わなかった。だが、パンナーラールは遺書を遺しており、それによると、彼の遺産は全て、別の者に相続されることになったとのことだった。誰かと思って聞いてみると、生前パンナーラールが可愛がっていた犬だった。その犬の名前はエンターテイメントだった。 アキルは、自分を追ってバンコクまで来た親友のジュグヌー(クルシュナ)と共にエンターテイメントの世話係となり、犬を殺すチャンスをうかがった。だが、エンターテイメントに命を救われたことでアキルは改心し、以後、エンターテイメントの良き友となる。 ところがそこへ、カラン(プラカーシュ・ラージ)とアルジュン(ソーヌー・スード)という兄弟が現れる。彼らはパンナーラールの従兄弟であり、やはり300億ルピーの遺産を狙っていた。彼らはエンターテイメントという会社の取締役をしていたことから、パンナーラールが相続人として遺書に記したのは自分たちの会社であると主張する。裁判の結果、カランとアルジュンが勝ち、豪邸や300億ルピーの遺産は彼らのものになってしまう。エンターテイメントは哀れにも身ぐるみ剥がされて追い出される。 アキルはエンターテイメントが家と遺産を取り戻す手伝いをする。まずは、バンコクに来ていたサークシーの協力を得てカランとアルジュンの仲を裂こうとするが、二人の絆は固く、なかなか成功しなかった。しかし、彼らは裁判官を買収したことを口にする。その様子をバッチリ撮影したが、それを記録したDVDの取り合いになる。エンターテイメントがDVDをくわえて走り出し、カランとアルジュンの手下たちがそれを追った。アキルは彼らを打ちのめす。だが、カランはアキルを銃で撃とうとするが、エンターテイメントがかばい、撃たれてしまう。アキルはエンターテイメントを病院に連れて行き、何とか蘇生させる。 サークシーの父親は、エンターテイメントがアキルの命を何度も救ったこと、そしてアキルがそんな勇敢なエンターテイメントに愛されていることを知って、アキルを評価するようになり、サークシーとの結婚を認める。こうしてアキルとサークシーの結婚式が行われた。なぜかエンターテイメントも可愛い仔犬と結婚した。
「脳みそは家に置いて映画館へ」型のチープなコメディー映画であった。コント劇をつなぎ合わせて何とか物語の体裁を整えたような作品で、インドのB級コメディー映画の典型である。ストーリーの運び方、映像技術、編集などで未熟な部分が散見された。だが、プロのコメディアンを起用しているだけあって、ひとつひとつのコミックシーンは秀逸で、抱腹絶倒は必至だ。興行的にも地方を中心に成功を収め、総合的にはセミヒットとなっている。こういう映画が好きな層は根強く存在するので、この興行成績も異常なものではない。
「Entertainment」にユニークな点があるとすれば、それは犬を主人公に据えたことである。300億ルピーの遺産を相続したエンターテイメントという犬が物語の中心であり、映画の題名にもなっている。もちろん、よく訓練された本物の犬を使って撮影している。ジュニアという名前で、タイで飼育されている犬だ。トレーナーが付いての撮影だったが、それでも非常に苦労したと思われる。
「Entertainment」に登場する人間の多くはどうしようもない輩ばかりで、一番「人間としてできている」のがこのエンターテイメントだ。忠実で勇敢で思いやりがあり、そして賢い。インドでは「犬」という言葉はよく使われる罵詈雑言のひとつだが、実は犬の方がよほど人間よりも偉いということが、コメディーを交えながら語られていた。アクシャイ・クマール演じるアキルの台詞に、「今後誰かから『犬』と呼ばれたら、悪口ではなく褒め言葉として捉える」というものがあった。また、取って付けたようにペットを飼う楽しさも啓蒙されていた。
様々な種類のコメディーが詰め込まれていたが、特に特徴的だったのが、クルシュナ演じるジュグヌーの話し方だ。彼は映画のDVD屋をしており、台詞の中にヒンディー語映画のタイトルや俳優の名前を織り込んで行く癖がある、という設定になっていた。ヒンディー語映画を見込んでいる人にとっては楽しめるギミックだ。
「Entertainment」はコメディー映画であるため、まずは笑えるか笑えないかが評価の基準となる訳だが、間違いなく笑える映画であり、一定の基準は満たしている。しかしながら、笑いの先には、取って付けたような動物愛護のメッセージがあるだけで、薄っぺらい映画だ。興行的には成功しているが、一般の日本人の鑑賞に耐えられる出来ではない。