Mokssh

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Mokssh
「Mokssh」

 マハーラーシュトラ州特有の祭礼に「ワーリー」がある。中部インドが雨季に入る6月~7月頃に行われる集団巡礼であり、同州各地から多くの巡礼者が南部パンダルプルのヴィトーバー寺院を目指す。800年以上の伝統があり、毎年100万人近くが参加するとされている。ヴィトーバー神は「ヴィッタル」などとも呼ばれるが、これはヴィシュヌ神またはクリシュナ神のことである。ワーリーに参加する巡礼者は「ワールカリー」と呼ばれる。13世紀から17世紀にかけて、ギャーネーシュワルやトゥカーラームといった聖人たちが残してきた宗教詩が編纂され、ワールカリーたちの心の拠り所になっている。「The Lunchbox」(2013年/邦題:めぐり逢わせのお弁当)で弁当配達屋をしていたのもワールカリーの人々であり、彼らの歌う歌が印象的に使われていた。

 2013年12月27日公開の「Mokssh(解脱)」はワーリーを題材にした映画である。監督はアジト・P・バイラヴカル。彼がその前に作ったマラーティー語映画「Gajaar: Journey of the Soul」(2011年)をヒンディー語に引き換えただけの作品のように見える。体裁はヒンディー語の映画になっているが、マラーティー語のセリフも多く、ヒンディー語のセリフ部分では口の動きが合っていない。

 キャストは、チンマイ・マンドレーカル、スカンダー・ヤシュ、エドワード・ソネンブリック、スハース・スィルサトなどである。ヒンディー語映画界で有名な俳優は一人もいないが、英国人俳優エドワードは後に「RRR」(2022年/邦題:RRR)などに出演している。

 映画の主人公はパールト(チンマイ・マンドレーカル)である。ムンバイーで映画監督を目指していたがなかなか成功せず、恋人のギーターリー・シャルマー(スカンダー・ヤシュ)に頼って生きていた。ある日、文化人類学を学ぶ英国人エリック(エドワード・ソネンブリック)に頼まれ、ワーリーのドキュメンタリー映画を撮ることになる。パールトは、旧友のアウディヤー(スハース・スィルサト)にガイド役を頼み、エリックやギーターリーと共にワーリーに参加する。

 当初、パールトは自己中心的な人間として描かれており、周囲の人々に当たり散らしてばかりだった。だが、ワーリーに参加する内に彼の利己心は徐々に融解していき、全てを受け入れられるようになっていく。実はパールトの祖父もワールカリーであり、彼は祖父の姿を巡礼者たちの中に見ていた。ワーリーが終わった後、パールトはギーターリーと結婚する。また、ワーリーが終わった途端にムンバイーから大きなプロジェクトの話が舞い込み、彼のキャリアに光が差し込む。

 「Mokssh」では、おそらく実際のワーリーの映像が使われている。ワーリーに同行し、徒歩でパンダルプルを目指す巡礼者たちの姿を背景にしながら、パールトの内面的な「解脱」を追うストーリーを展開させている。パールトが撮ったという設定で、ドキュメンタリー映画的にワーリーに関わる人々のインタビュー映像も所々に出て来る。それらは演技かもしれないが、いくつかは本物のインタビュー映像なのではないかと思われた。

 そのような特徴を持った映画であるため、最大の見所もワーリー関連の映像だ。ワールカリーたちが信仰する詩人たちの教えが随所に盛り込まれ、ワーリーの途中で行われるいくつかの儀式の様子も見ることができる。ワールカリーはコミュニティーごとに「ディンディー」と呼ばれるグループに分かれており、それらを単位として行動する。このような巡礼行事はインド各地にもあるが、大体はカオス状態になる。しかしワーリーに関しては、あらかじめ設定されたスケジュールに従い、非常に組織的に運営されていることで知られている。ワールカリーの通る町や村では警察が警備に当たるが、ワールカリーたちは統制が取れており、警備の負担はないという。むしろ、映画の中のインタビュー映像では、ワーリーが行われる期間、軽犯罪が減るので助かっているとまで語られていた。

 実際のものと思われるワーリーの映像はさすがに臨場感があるのだが、逆にいえば、それ以外の見所には乏しい映画である。パールトの自己中心的な言動のせいで、ギーターリー、エリック、アウディヤーなどが離れていくが、最後にパールトが改心したことでチームは再び一緒になるという過程がストーリー部分の主な筋書きになるが、大してストーリー性もなかったし、編集も雑だった。

 「Mokssh」は、マハーラーシュトラ州独特の祭礼ワーリーを題材にした、半分ドキュメンタリー映画的な作品である。ストーリー映画としては未熟であるが、実際のワーリーの映像が使われ、その一部始終を追うことができるのは貴重な体験だ。ワーリーを知るための教材として使い道がある映像作品だといえる。