Anwar Ka Ajab Kissa

4.0
Anwar Ka Ajab Kissa

 「Anwar Ka Ajab Kissa(アンワルの奇妙な物語)」は、ナワーズッディーン・スィッディーキー主演のダークコメディー映画である。2013年10月17日にBFIロンドン映画祭でプレミア上映されたが、劇場一般公開はされておらず、2020年11月20日からEros Nowで配信開始された。

 監督はブッダデーブ・ダースグプター。ベンガル語映画界の巨匠の一人であり、国家映画賞を何度も受賞している。この「Anwar Ka Ajab Kissa」は、彼の生涯の中で、ヒンディー語で撮った2本目の長編映画である。

 主演のナワーズッディーン・スィッディーキーの他には、アナーンニャー・チャタルジー、パンカジ・トリパーティー、ニハーリカー・スィン、アムリター・チャットーパーディヤーイ、マクランド・ブラーフメー、ソーヒニー・ポールなどが出演している。

 「奇妙な物語」と称するだけあって、不思議な浮遊感のある映画だった。ロジカルな一本の軸がなく、様々なエピソードをコラージュしたような構成になっている。スクリーンに映し出されている情景が現実なのか空想なのか次第に分からなくなってきて、幻想的に幕を閉じる。ベンガル人監督らしい文学的な映画であり、観る人によって解釈や評価が分かれるだろう。

 主人公のアンワル(ナワーズッディーン・スィッディーキー)は、探偵会社で働く下っ端の探偵であった。過去10年間、探偵をしているが、彼の仕事振りを見るとまるで素人である。ボスからも愛想を尽かされているが、なぜかクビにはなっていない。アンワルが、仕事上、もしくは仕事から離れた場面で出会う人々との交流で映画を前に進めていく。

 アンワルが出会うのは、恋人と密会する女性、自殺した男性のゲイ友達、旅行好きな独り暮らしの老婆、行方不明になった11歳の子供を探す老人、家に帰って来なくなった夫を探す女性、そしてその夫などである。また、若い頃の恋人アーイシャー(ニハーリカー・スィン)も何度か登場する。

 ただ、いくつかの出会いは幻想的である。たとえば序盤でアンワルは荒野の中で突然アーイシャーと再会する。そしてアーイシャーは彼にキスをする。そうかと思えば終盤にはやはり荒野の中でアーイシャーと出会い、今度は彼女はアンワルの前で衣服を脱ぐ。おそらくこれらはアンワルの妄想であろう。

 とは言っても、映画で描かれた全ての出会いが幻想というわけではなく、ほとんどは現実と捉えることができる。ひとつひとつの出会いが、どこかネジの外れたアンワルの精神に影響を与えていく。おそらくもっとも影響があったのは、独り暮らしをする老婆であろう。老婆はインド中を旅行しており、アンワルにも旅行をするように言う。アンワルは、ボスからアモールという男性を探す仕事を与えられるが、仕事そっちのけで荒野を旅する。その荒野でなぜかアモールと出会うのだが、これも幻想だと思われる。

 終盤で描かれる荒野は、アンワルの子供時代を象徴していると解釈することができる。そこでは、死んだはずの両親の幻影も見えたし、自分の子供の頃と思われる少年も現れる。そして、祖母の家だったと思われる廃墟で彼は横たわる。アンワルは子供の頃、休みに祖母の家に遊びに行っていたと語っていた。その廃墟に置かれた古いグラモフォンの中をのぞき込むと、女性が踊っているのが見える。そして映画は終幕となる。

 アンワルが飼っているラールーの存在も重要である。ラールーは捨て犬で、アンワルが拾って育てていた。年は8歳だという。アンワルの唯一の友であり、彼は夜な夜な酔っ払ってラールーに語りかけていた。だが、彼の住むアパートにはイスラーム教徒が多く、酒を飲み、犬と飼うアンワルはとうとう追い出されてしまう。アンワルは仕方なくラールーを売ろうとするが、やはり取り戻し、彼と旅に出る。その先が、祖母の家と思われる廃墟だったのだ。

 序盤でアンワルはラールーに、いつか祖母の家に連れて行くと約束していた。終盤でそれを実現させたことになる。だが、子供時代の思い出の世界に入り込んで行く幻想的なラストは、彼の死を匂わすものだ。その伏線として、序盤から中盤にかけて自殺や死にまつわる事件がいくつか提示される。おそらくアンワルは物語を通して生から死へと向かって行っている。

 映画の中でもっとも印象的だったのは、荒野の中の道を数人の人影が行き交う様子を長回しで撮ったものだ。太鼓とエークターラーの音が交差し、何とも言えない幻想的な雰囲気を醸し出している。そして誰もいなくなった道をアンワルとラールーが歩く。このシーンこそ、生と死の転換点かもしれない。

 「Gangs of Wasseypur」(2012年)シリーズで一躍注目の俳優となったナワーズッディーン・スィッディーキーが主演を務め、彼の絶妙な演技を存分に堪能できる映画になっている。間の取り方や台詞の話し方など、やはり非常にうまい俳優である。ナワーズッディーンと双璧を成す個性派男優パンカジ・トリパーティーも最後に少しだけ登場し、二人の共演が見られるのも大きな見所だ。

 「Anwar Ka Ajab Kissa」は、著名なベンガル人監督が撮った、サティヤジト・ラーイ監督などの流れを汲む、いかにもベンガル語映画らしい文学的なヒンディー語映画である。明確な筋が提示されておらず、観客が自由に解釈する余地が残されている。主演ナワーズッディーン・スィッディーキーの演技も大きな見所だ。あまり知名度がない映画だが、隠れた名作である。