Neelakasham Pachakadal Chuvanna Bhoomi (Malayalam)

3.5
「Neelakasham Pachakadal Chuvanna Bhoomi」

 2013年8月9日公開のマラヤーラム語映画「Neelakasham Pachakadal Chuvanna Bhoomi(青い空、緑の海、赤い大地)」は、ケーララ州在住の青年2人がロイヤルエンフィールドのバイクにまたがってナガランド州を目指すというロードムービーである。日本では2021年にイスラーム映画祭で「青い空、碧の海、真っ赤な大地」の邦題と共に上映されたことがある。

 監督はサミール・ターヒル。音楽はレックス・ヴィジャヤン。主演は、マラヤーラム語映画界の大スター、マンムーティの息子ドゥルカル・サルマーン。ヒロインは、マニプリー語映画女優のバラー・ヒージャム。他に、サニー・ウェイン、イーナー・サーハー、アビジャー・シヴァカラー、シェーン・ニガム、ジョイ・マシュー、ドリティマーン・チャタルジー、ヴァニター・クリシュナチャンドラン、パローマー・モナッパ、アヴァンティカー・モーハン、スルジート・ゴーピーナートなどが出演している。

 ケーララ州トリシュール(旧トリチュール)の工科大学に通うカースィム、通称カースィー(ドゥルカル・サルマーン)は、親友のスニール・ラクシュミー、通称スニー(サニー・ウェイン)と共にロイヤルエンフィールドのブレットに乗って北上を始める。カースィーは、大学の同級生アッスィー(バラー・ヒージャム)との結婚を家族から反対され、アッスィーはカースィーに何も告げずに姿を消してしまった。カースィーはアッスィーを探しにナガランド州に向かうことにしたのだった。

 二人は途中、暴徒に襲われるが、バイク乗りの一団に救われ、そのまま一緒にオリシャー州プリーのビーチに行く。そこでサーフィンなどをして過ごす内にカースィーはプドゥチェーリ(旧ポンディシェリウー)から来たタミル人女性サーファー、イシター(パロマ・モナッパ)と出会う。カースィーはイシターに惹かれつつも、ナガランド州を目指してスニーと共に出発する。

 二人はオリシャー州と西ベンガル州の州境辺りでナクサライトの指導者ビマル(ドリティマーン・チャタルジー)が住む村に立ち寄る。村人たちは手作業で米を粉にしていた。二人は工学の知識を活用し、スクーターの動力を使った製粉機を作成する。スニーはビマルの娘ゴウリー(イーナー・サーハー)と仲良くなる。だが、ビマルに促され、二人は村を去る。

 二人はコールカーターに立ち寄った後、アッサム州に入る。そこで暴動に巻き込まれ、カースィーは母親の幻影を見て、ホームシックになる。だが、旅の目的を思い出し、再びナガランド州へ発つ。ただ、スニーはゴウリーの待つ村へ戻っていった。

 カースィーはナガランド州でホーンボル・フェスティバルを見学した後、アッスィーを探す。アッスィーは祖母の家におり、彼を歓迎する。だが、アッスィーの父親がアッサム・ライフル部隊の隊員だったことから地元民とトラブルを抱えており、襲撃を受ける。カースィーはアッスィーを連れて逃げ出し、アルナーチャル・プラデーシュ州タワンへ向かう。

 映画の始まりはスローテンポだ。カースィーがバイクで旅に出ると、途中で親友のスニーが待ち構えており、彼も同行することになる。この段階では観客には彼らの旅の目的が説明されないが、とりあえずヒマーラヤ山脈を目指していることだけは分かる。一見するとはっきりした目的地のない漫然としたツーリングのように感じられる。

 二人が立ち寄るのは、オリッサ州プリーのビーチ、コナーラクの太陽寺院、オリシャー州と西ベンガル州の州境にある部族の村、コールカーター、アッサム州などである。特にプリーと部族の村ではしばらく逗留し、人々と交流する。そして、人々との会話の中で、徐々に彼らの旅の目的が回想シーンと共に明らかにされていくという構成になっている。

 カースィーは、恋人アッスィーの住むナガランド州を目指して旅をしていた。なぜわざわざバイクで行こうと思い立ったのかは明解されていない。ただ、元々バイクが好きで、インド亜大陸を縦断するような一生に一度のロングツーリングに憧れていたことは容易に推測できる。ユアン・マクレガーとチャーリー・ブアマンの著した旅行記「Long Way Down」(2007年)を愛読しており、影響を受けたとも考えられる。

 ここでインド特有の宗教、地域、言語が関係してくる。カースィーはケーララ州のイスラーム教徒であり、マラヤーラム語を母語としていた。一方、アッスィーは、マラーター人の父親とナガランド人の母親から生まれており、おそらくキリスト教徒である。母語はマラーティー語とナガ諸語だと思われるが、英語も流暢だった。また、彼女はケーララ州の大学で学ぶ内にマラヤーラム語も少し覚えていた。アッスィーの両親は騒乱に巻き込まれて死んでいた。カースィーとアッスィーは恋に落ち、結婚を決めるが、属するコミュニティーがあまりに違いすぎた。特にカースィーの家は、厳格なイスラーム教徒である上に政治家一家でもあって、異宗教間結婚はタブーに近かった。カースィーはアッスィーを家族に紹介するが、特に女性メンバーから歓迎されず、あるときアッスィーは気を利かせて自ら身を引き、どこかへ行ってしまう。カースィーは彼女を探すために旅立ったのである。

 いわば、恋人を探して数千里といったところなのだが、そういう明快な目的がありながら、どうも二人の旅には寄り道が多く、差し迫った感じがしない。目的がはっきりするまでは、映画に軸が感じられず、このままダラダラとインドをバイクで漫遊する姿を見せられるのかと思っていた。目的がはっきりした後は、今度は突然カースィーがホームシックにかかったりしてブレがあり、アッスィーと再会した後はあっけなくエンディングになってしまった。カースィーはアッスィーをアルナーチャル・プラデーシュ州のタワンに連れていくはずだったが、この旅は描かれずに終わる。前半の漫然とした進行と後半の尻切れトンボがどうにも気持ち悪かった。

 ロードムービーとして観るとそんな不満も感じるのだが、むしろ彼らが途中でしばらく滞在したところでのドラマがこの映画の見どころだった。プリーでは、カースィーとイシターが惹かれ合いながらもくっ付かない、微妙な関係を見せる。オリシャー州と西ベンガル州の州境では、ナクサライトの指導者として部族たちの権利を守るために企業に立ち向かい、そして敗北したビマルと出会い、人生について学ぶ。西ベンガル州で出会ったパンク修理屋のラーガヴァンもいい味を出していた。

 ラーガヴァンは「Neelakasham Pachakadal Chuvanna Bhoomi」でもっとも興味深いキャラクターだったかもしれない。彼はマラヤーリー(ケーララ人)であったが、何らかの事件を起こして故郷にいられなくなり、流れ流れてこの地でパンク修理屋を営んでいた。彼は道路にクギを仕掛け、それに引っ掛かってパンクした自動車やバイクを修理して金を稼いでいた。カースィーもその罠に掛かった一人だった。カースィーとスニーはそこで二晩ほど過ごし、ラーガヴァンがどのように稼いでいるのかも目の当たりにする。普通の人だったら「だまされた」と思ってラーガヴァンに詰め寄るところだが、二人は寛大で、「してやられた」と笑い合うだけだ。インドで生活していても、こういう不思議な寛容さをインド人から時々感じられることがあるため、自分にとっては特に琴線に触れたベストシーンだった。

 「Neelakasham Pachakadal Chuvanna Bhoomi」はケーララ州でヒットし、おかげで若者の間でバイクブームが起きたという。カースィーとスニーの乗っているのはロイヤルエンフィールドのブレット500だ。空冷単気筒のリズミカルな排気音が小気味よく、映画を象徴する効果音になっている。ただ、重いバイクなので、砂浜に入り込んだり悪路を走ったりするのには向いていない。

 マラヤーラム語映画なので言語は基本的にマラヤーラム語なのだが、インド亜大陸を縦断する物語であるため、地域ごとに地元言語が異なってくる。その中で登場人物同士の共通語として機能していたのはヒンディー語だった。また、西ベンガル州のシーンでは、ベンガル語によるバウル曲が使われていた。

 「Neelakasham Pachakadal Chuvanna Bhoomi」は、インドにおけるツーリング映画の元祖ともいえる作品だ。その割にはバイク旅の楽しさや苦労といったものはあまり盛り込まれておらず、構成も中途半端かつ尻切れトンボだったが、ケーララ州ではヒットし、若者の間にバイクブームを引き起こした。バイク好きなら観て損はないだろう。