Mere Dad Ki Maruti

3.0
Mere Dad Ki Maruti
「Mere Dad Ki Maruti」

 インドの自動車市場は日本の自動車メーカー、スズキの独壇場である。スズキは日本では軽自動車メーカーとして知られ、トヨタやホンダなどと比べると小さな企業というイメージが強いが、インドでは押しも押されぬナンバー1だ。スズキの現地会社であるマールティ・スズキはかつて5割以上のマーケットシェアを誇っていたが、最近では世界中の自動車メーカーが相次いでインドに進出し追い上げられている。それでも、スズキの市場占有率は4割前後をキープしている。何より、世界の自動車メーカーの中でいち早くインド市場に進出し、30年以上前からインド人消費者の心を勝ち取って来たスズキの人気は簡単に揺るぐものではない。インドは先行者利益の高い国であり、一度消費者の脳裏に刻まれたブランドは簡単には消えてなくならない。

 2014年1月、マールティ・スズキ社は排ガス規制の強化を受けてマールティ800の生産を終了した。マールティ800は同社が初めてインド市場に投入した軽自動車であり、インド人にマイカーの夢を与えたシンボル的なモデルだった。マールティ800生産終了のニュースがインド中を駆け巡ると、マールティ800にまつわるセンチメンタルな想い出記事が新聞に数多く掲載された。それほどインド人の心に深く根付いた自動車だった。

 インド人がいかにマールティ・スズキを愛しているか。もしくは愛して来たのか。2013年3月15日公開の「Mere Dad Ki Maruti」からもそれがよく見て取れる。この映画は、マールティ・スズキの全面協力を得て作られた、マールティ・スズキのためにあるような作品で、このような構造の映画は稀である。似たようなコンセプトで「Ferrari Ki Sawaari」(2012年)というフェラーリの映画もあるが、さすがにフェラーリは庶民と簡単に結び付く自動車ではない。他に特定の製品名や企業名が映画のタイトルになっている例では、「Bullett Raja」(2013年)があるくらいであろうか。

 「Mere Dad Ki Maruti」はヤシュラージ・フィルムスの一部門で、若者向け映画を専門とするYフィルムスの制作。監督はアーシマー・チッバル。本作でデビューの女性監督だ。キャストは、サーキブ・サリーム、リヤー・チャクラボルティー、ラーム・カプール、プラバル・パンジャービー、ラヴィ・キシャン、ベーナズィール・シェーク、カラン・メヘラーなど。主演のサーキブ・サリームは「Mujhse Fraaandship Karoge」(2011年)の男優、ヒロインのリヤー・チャクラボルティーはテルグ語映画「Tuneega Tuneega」(2012年)に出演済みだが、ヒンディー語映画は本作が初となる。音楽はサチン・グプターとパンジャービーMC。作詞はクマールとアンヴィター・ダット・グプタン。題名の「Mere Dad Ki Maruti」とは、「俺の親父のマールティ」という意味である。

 チャンディーガル。パンジャーブ大学に通う大学生のサミール(サーキブ・サリーム)は、大学では負け犬の部類に入る人間だった。大学のアイドル、ジャスリーン(リヤー・チャクラボルティー)に惚れていたが、彼女に話し掛けることすらできずにいた。また、サミールは父親のテージ・クッラル(ラーム・カプール)と犬猿の仲で、家にいると叱られてばかりいた。家では姉ターンヴィー(ベーナズィール・シェーク)の結婚式の準備が進められていた。ターンヴィーの結婚相手はラージ(カラン・メヘラー)という好青年だった。また、サミールにはガットゥー(プラバル・パンジャービー)という相棒がいた。

 テージはターンヴィーとラージのためにマールティ・スズキの7人乗りミニバン、アルティガ(Ertiga)を購入した。サミールは自分のための自動車ではないと知ってガッカリし、父親への不満を強める。サミールはバイクすら持っておらず、大学で女の子に振り向いてもらえなかった。

 ところでジャスリーンにはダルジートという、スポーツカーを乗り回すボーイフレンドがいたが、サミールの眼前でジャスリーンは彼を振る。そしてたまたまその場に居合わせたサミールを、その晩のパーティーのエスコート役に指名する。舞い上がったサミールはアルティガをこっそり持ち出して、ジャスリーンをパーティー会場まで送る。ところがパーティーが終わってガットゥーと共に外に出てみると、アルティガが盗まれてしまっていた。

 困ったサミールはガットゥーと共にとりあえず警察署へ行くが、父親に連絡されそうになり、逃げ出す。翌朝、サミールは車庫の鍵を隠して時間稼ぎをし、マールティ・スズキのショールームへ行く。同じ赤色のアルティガの値段を聞くが、100万ルピーと手が出ない。とりあえず試乗を口実に家に乗って帰り、昼食時に家に帰って来るテージにアルティガがあるのを見せる。そしてまた試乗車をショールームに返す。

 次にサミールとガットゥーは盗難車の売買をするフサイン・バーイー(ラヴィ・キシャン)のところへ行く。ちょうどアルティガの在庫があったが白色で、父親の買った赤色とは異なった。そこで赤色に塗装を依頼する。納車は翌日となったが、50万ルピーを用意しなければならなかった。また、時間稼ぎのためにどこかでアルティガを一時的に調達する必要もあった。

 そこで今度はレンタカー業者のダヒヤーを訪ねる。ダヒヤーもちょうど赤色のアルティガを持っていた。サミールは父親から盗んだ高級時計と引き替えにアルティガを借り、それで場を持たせる。また、サミールはこの間、ジャスリーンとデートを繰り返していたが、実は彼女はターンヴィーの結婚相手ラージの妹だということが発覚する。ジャスリーンもサミールの直面する問題を知ってしまい、騒動に巻き込まれて行く。

 翌日、サミールとジャスリーンはダヒヤーにアルティガを返しに行くが、期限をオーバーしてしまっていたために殺されそうになる。ところがダヒヤーが心臓発作を起こしたため、彼を病院に連れて行く。次にサミール、ガットゥー、ジャスリーンの三人はフサイン・バーイーのところへ行く。50万ルピーは準備できていなかったが、何とかなると考えての行動だった。フサイン・バーイーはアルティガを赤に塗装し、新品同様にしていた。そこへちょうど警察の急襲があり、三人は何とか逃げ出す。

 結婚式の当日、サミールの電話にフサイン・バーイーの部下から連絡があり、フサイン・バーイーが逮捕されたこと、赤いアルティガを持って行っていいことを伝えられる。サミールは喜び勇んでフサイン・バーイーのガレージへ行くが、それは警察の罠だった。サミールは自動車泥棒の一味と見なされ、警察署に連行される。サミールはターンヴィーに助けを求め、ラージが保釈のために駆け付ける。そこへちょうど、偽の交通警察が赤いアルティガをレッカー移動しているとの通報があった。番号からテージの購入したアルティガであった。ラージとサミールは警察と共にレッカー車を追い掛け、アルティガを取り戻す。汚れてしまっていたが、サミールはそれを清掃し、花で飾り付けて、何とかヴィダーイー(花嫁を送る儀式)までに家に届けることに成功する。

 ところが、サミールに続きガットゥーも赤いアルティガに乗って来る。さらにジャスリーンまでもが赤いアルティガに乗って来る。3台のアルティガが揃ってしまった。ガットゥーは試乗キャンペーンで当選しアルティガを手に入れた一方、ジャスリーンはダヒヤーの命を助けたことで感謝され、アルティガを譲ってもらえたのだった。嘘を付き通せなくなったサミールはテージに全ての事情を話す。テージは、アルティガ1台のためにマフィアや警察に接触したことを怒るが、彼の失敗は責めなかった。また、ラージがアルティガを受け取るのを拒否したため、そのアルティガはサミールのものとなった。

 クッラル家の駐車場には3台のマールティ・スズキ自動車が駐まっていた。1台目は、クッラル家が最初に購入したマールティ800。2台目は、クッラル夫妻が結婚10年目を記念して買ったスイフト。そして3台目は、娘の結婚を記念して贈呈するために買ったアルティガ。マールティ・スズキの各モデル名がそのままインドの自動車の発展史、そして一般中流家庭の家族史を象徴していて興味深かった。税込価格でマールティ800は20万ルピー、スイフトは50万ルピー、アルティガは100万ルピーのレンジの自動車であり、収入の増大に伴って、より上のランクの自動車に手が届くようになっている。もちろん発売時期もこの順で、インド人中流家庭が順調に収入を増やし、そしてそれを吸収するべくメーカー側も上のランクの自動車を発売して来た様子が分かる。インドにおいて、このように何十年ものスパンの中でインド人家庭と寄り添って発展して来た様子が見られるのはマールティ・スズキのみだ。これはマールティ・スズキでなければできなかった映画である。

 チャンディーガルを舞台に選んだのも緻密な計算の上のことだろう。まず、マールティ・スズキの工場がハリヤーナー州にあるため、同州の州都であるチャンディーガルで撮影を行うことに対して一定の便宜が図られたと予想される。また、チャンディーガルは計画都市なので道路が広く、自動車を主体にした映画を撮影しやすいこともあるだろう。また、インド人の中でも特にマシーン好きなパンジャービー人のフレーバーを映画にふんだんに採り入れる口実にもなる。劇中で「ゲーリー」と呼ばれる、四輪車や二輪車によるスタントアクションがあったが、これはチャンディーガルで実際に行われているもののようである。また、チャンディーガルでは自動車を持っていないと女の子を口説けない、という台詞があったが、それも現実から遠くない事実だと思われる。だだっ広く、裕福な住民の多いチャンディーガルでは、自家用車がなければ生活が不便そうだ。

 ストーリーは予想できる範囲内だった。数日続くインドの典型的な結婚式の進行と共にストーリーが進んで行く手法も、「Hum Aapke Hain Koun..!」(1994年)や「Monsoon Wedding」(2001年)で使い古されたものである。しかし、笑い、恋愛、サスペンス、家族の絆再確認など、主要な要素は入っており、娯楽作品としてきれいにまとまっていた。この辺りはさすがヤシュラージと言ったところであろう。主演の2人、サーキブ・サリームとリヤー・チャクラボルティーについては、もしかしたらもっと適した俳優がいたかもしれないと感じたが、まずまずだったのではないかと思う。

 言語はヒンディー語と言うよりもパンジャービー語色が濃厚だった。音楽も正真正銘のパンジャービーで、特にパンジャービー音楽を代表する2人の歌手ミカ・スィンとヨー・ヨー・ハニー・スィンが共演する「Punjabiyan Di Battery」は非常に豪華だ。「Mere Dad Ki Maruti」のサントラアルバムは隠れた名盤だと思う。

 「Mere Dad Ki Maruti」は、いろいろ評価すべき点があるが、まずは何より、日本の自動車企業の社名が映画のタイトルになってしまったという点で、我々日本人にとっては名誉となる作品だ。記念碑的作品として、観ておいても損はないのではないかと思う。