ティグマーンシュ・ドゥーリヤーは渋い作品を作ることで知られる映画監督だ。彼の監督作としては「Paan Singh Tomar」(2012年)がもっとも有名だが、「Saheb Biwi aur Gangster」(2011年)も高い評価を受けた。2013年3月8日に公開された「Saheb Biwi aur Gangster Returns」は、その題名の通り、「Saheb Biwi aur Gangster」の続編である。ヒンディー語映画界には、続編でありながら前作とストーリー上のつながりがないことが多いが、このシリーズはきちんとつながっており、前作を観てから本作を観る必要がある。
監督は前作に引き続きティグマーンシュ・ドゥーリヤーである。題名の「Saheb Biwi aur Gangster」とは、「旦那、奥様、ギャング」という意味になる。主演のジミー・シェールギルとマーヒー・ギルは変わらず、それぞれ旦那と奥様を演じている。前作ではランディープ・フッダーがギャングであったが、最後には殺されてしまっているため、本作ではイルファーン・カーンが後任となってギャングを演じる。また、新ヒロインとしてソーハー・アリー・カーンが出演している。
他に、プラヴェーシュ・ラーナー、ディープラージ・ラーナー、ラージ・バッバルなどが出演している。また、ムグダー・ゴードセーがアイテムナンバー「Media Se」にアイテムガール出演している。
ウッタル・プラデーシュ州デーヴガル。地元で最有力の王族であるアーディティヤ・プラタープ・スィン(ジミー・シェールギル)は、前作で銃撃を受けて車椅子生活を余儀なくされていた。妻のマーダヴィー(マーヒー・ギル)が代わりに州議会議員となっていたが、全く政治には関心がなかった。州の政界では州分割案が議論されていたが、アーディティヤはそれに反対していた。彼は、近隣の王族政治家にも反対票を投じるように強要する。また、アーディティヤは既婚でありながら、州議会議員ブリジェーンドラ・プラタープ(ラージ・バッバル)の娘ラーンジャナー(ソーハー・アリー・カーン)と無理矢理結婚しようとする。とりあえず二人の婚約式が執り行われた。 ビーレーンドラは、元王族で現在はゴロツキに身を落としているインドラジート・プラタープ・スィン(イルファーン・カーン)にアーディティヤの暗殺を依頼する。インドラジートの家系とアーディティヤの家系には古い遺恨があった。インドラジートは、アーディティヤをただ殺すだけでなく、彼の権力を失墜させてから殺すことにする。また、実はインドラジートはラーンジャナーの恋人であった。彼女をアーディティヤと婚約させたのは、ブリジェーンドラの策略でもあった。 夫が新しい妻を迎えようとしていることに衝撃を受け、政治家としての仕事を始めたマーダヴィーにインドラジートは接近し、彼女の秘書となる。マーダヴィーはインドラジートに操られ、州分割案に賛成の立場を取り、与党に入党する。だが、一方でラーンジャナーはインドラジートがマーダヴィーとただならなう関係にあることを知り、アーディティヤに肩入れするようになる。こうして、インドラジートの情報がアーディティヤの漏れるようになる。 インドラジートは、アーディティヤの腹心で、既に死んだはずのカナイヤー(ディープラージ・ラーナー)から襲撃を受ける。インドラジートの弟で警察官になっていたパラムジート・スィン(プラヴェーシュ・ラーナー)はカナイヤーを殺そうとするが、アーディティヤの返り討ちに遭う。また、アーディティヤはマーダヴィーに与して州分割案に賛成しようとしていた州議会議員を幽閉し、その法案を否決に追い込む。 今度はインドラジートがマーダヴィーと共謀してアーディティヤに反撃する。彼は自殺し、マーダヴィーの協力を得てアーディティヤに容疑が掛かるように仕組んだ。アーディティヤは逮捕され、マーダヴィーは州議会議員としてますます権力を握るようになった。一方、インドラジートを失い、アーディティヤとも離れ離れになったラーンジャナーは酒に溺れる毎日を送るようになる。
インドにはかつて何百もの藩王国が存在した。英領インド時代においても、それらの藩王国は英国の直轄地とは別扱いになっており、世襲の支配者によって支配されていた。だが、英国人は「失権の原理」などを振りかざして、それらの藩王国の統合を徐々に行った。独立後、藩王国はインドに統合され、王族たちも段階的に特権を失って行った。完全に彼らの特権が消失するのは、インディラー・ガーンディー時代の1971年である。しかしながら、元々藩王国だった地域では、元王族は、今でも地元の人々から事実上の王と見なされていることが多い。「Saheb Biwi aur Gangster」シリーズが舞台とするのは、そんな中世的な雰囲気がまだ残る、ウッタル・プラデーシュ州の架空の地デーヴガルである。
映画を観ていると、デーヴガルのみならず、近隣の地域でも、まだ元王族が権力を維持しており、州議会議員になったりしている。だが、どこも古い家系であるため、過去に遺恨を残していることがある。「サーヒブ(旦那)」であるアーディティヤと、「ギャングスター」であるインドラジートも、曾祖父の代から遺恨のある家系であった。
「Saheb Biwi aur Gangster Returns」は地方政治ドラマであるが、メインとなるのは外の政敵との争いではない。むしろ、家庭内の争いである。キーパーソンとなるのは「ビーウィー(奥様)」であるマーダヴィーだ。新しい妻を迎えようとする夫に対抗し、急に政治に関心を持ち始め、「ギャングスター」を秘書として迎え入れる。しかも、アーディティヤが新たに結婚しようとするラーンジャナーは、その「ギャングスター」の恋人であった。こうして、とても複雑な人間関係が築かれる。
また、ラーンジャナーは当初、政争の道具にされる憐れな女性であったのだが、インドラジートの裏切りを知ってからは、この政争に積極的に関わるようになる。彼女はアーディティヤに献身的に尽くすようになり、インドラジートからもたらされる情報を彼に流すようになる。「ビーウィー(奥様)」の中には、マーダヴィーのみならずラーンジャナーも含まれると考えていいだろう。
政治ドラマは俳優たちのベストの演技を引き出しやすい。ジミー・シェールギル、イルファーン・カーン、マーヒー・ギルの3人は、一切の妥協がない重厚な演技を披露し、映画を盛り上げていた。ソーハー・アリー・カーンについては、その3人に比べたら一段劣るものの、彼女なりに好演していたと言えるだろう。アーディティヤの右腕カナイヤーを演じたディープラージ・ラーナーの演技も渋かった。また、台詞が研ぎ澄まされていたのも「Saheb Biwi aur Gangster Returns」の特徴である。
劇中ではウッタル・プラデーシュ州の分割案が議論されていたが、これは実際に検討されている案である。ウッタル・プラデーシュ州はインド最大の人口を抱える州である。議席数も多く、下院選挙では、この州を制した党が選挙を制するとまで言われている。様々な政治的思惑から、ウッタル・プラデーシュ州を4分割する案が俎上に載せられるが、すぐには実現しなさそうだ。
実際の撮影は、前作と同じく、グジャラート州のデーヴガル・バーリヤーで行われたようである。アーディティヤの住む邸宅は、デーヴガル・バーリヤー・パレスであろう。それはいいのだが、市街地のシーンでグジャラーティー文字が見えた。この辺りの考証はしっかりして欲しいところである。
「Saheb Biwi aur Gangster Returns」は、2011年に公開されたティグマーンシュ・ドゥーリヤー監督の「Saheb Biwi aur Gangster」の続編である。前作に引き続き、家族内の対立が地域を巻き込む政争に発展すると言ったプロットであり、前作とストーリーのつながりがあるため、鑑賞する際は前作を観てからの方がいいだろう。重厚な人間ドラマになっており、俳優たちの絶妙な演技のぶつかり合いを楽しむことができる。