2013年3月8日公開の「Saare Jahan Se Mehnga…(どこよりも高い)」は、インドの庶民を苦しめる物価高を風刺したコメディー映画だ。2009年以降、インドではインフレ率が10%を超える年が続いていた。この物価高の原因は、政府が農作物の調達価格を引き上げたことで起こったとされている。インド人民党(BJP)政権が樹立した2014年以降はインフレが収まり、モーディー首相の人気を下支えした。ちなみに、題名は、国民歌「Saare Jahaan Se Accha Hindustan Hamaara(インドはどこよりも素晴らしい国だ)」のもじりである。
監督はアンシュル・シャルマー。「No Smoking」(2007年)や「Dev. D」(2009年)などで助監督を務めた経験があるが、監督は初である。キャストは、サンジャイ・ミシュラー、プラガティ・パーンデーイ、ザーキル・フサイン、ヴィシュワ・モーハン・バドーラー、ランジャン・チャーブラー、ディシャー・パーンデーイ、スィーターラーム・パンチャールなどである。
2023年9月22日に鑑賞しており、今回のレビューは過去を振り返ってのものとなる。
インド国民は物価高に悩まされていた。ハリヤーナー州ソーニーパト在住のプッタンパール(サンジャイ・ミシュラー)も例外ではなく、何とかこの物価高を乗り切れないかと考えていた。プッタンパールの妻ヌーリーは自宅の一角でビューティーパーラーをしており、弟のゴーパール(ランジャン・チャーブラー)は12年生の試験を合格できず、無職だった。父親ナーグパール(ヴィシュワ・モーハン・バドーラー)は早く孫の顔を見たがっていたが、プッタンパールとヌーリーの間に子供はできなかった。そこでナーグパールはゴーパールの結婚を急かしていた。 ある日、プッタンパールは政府の「ウダイ・バーラト就職プラン」の存在を知る。このプランに応募すれば、起業のために、10年生卒の学歴の若者は10万ルピー、12年生卒の学歴の若者は20万ルピーのローンを借りることができ、3年後に無利子で返済すればよかった。プッタンパールは、ゴーパールを使って100万ルピーのローンを借り、それを資金にして3年分の生活必需品を買い込んで、物価高に備えることを思い付く。プッタンパールの給料から毎月3,000ルピーを返済資金として貯金していけば、3年後には10万ルピー以上が貯まる計算だった。ナーグパール、ヌーリー、ゴーパールもプッタンパールの計画に乗る。 こうして政府から10万ルピーを借りた一家は、3年分の生活必需品を買い込み、倉庫に貯蔵する。ところが、ローン受け取りから2週間後に、ローン監査官(ザーキル・フサイン)が訪ねてくる。監査があることを知らなかったプッタンパールとその一家はうろたえる。そこで、監査官の目をごまかすため、ビューティーパーラーの一角に小さな店を構えた。商品は置いていたが客が来ても売らず、監査官が来るのを待っていた。 監査官はプッタンパールたちが偽の店を出したと勘付き、観察し出す。プッタンパールもさくらの客を雇ってごまかそうとする。とうとう監査官は警察を連れて店にやって来て、彼らを逮捕しようとする。だが、プッタンパールは物価高で生活できなくなっていることを切に訴え、監査官の心を動かす。監査官は、毎日店頭に立つことなどを指示して去っていく。また、どさくさに紛れてゴーパールは恋人のスマン(ディシャー・パーンデーイ)と結婚する。
物価高が連日トップニュースになっていた時代の世相をよく反映した映画だ。映画でも度々物価高が取り上げられており、例えば「Peepli Live」(2010年)には「Mehngai Dayain(物価高魔女)」という歌があって人気を博した。「Saare Jahaan Se Mehnga…」の中では、物価高の原因は富裕者が違法に海外に溜め込んだ裏金280兆ルピーのせいだとされていた。そして、それを取り戻せば、国民一人あたり40万ルピーが支払われるといういい加減な言説もあった。もしそれだけの現金が市場に流入したらさらにインフレが進行するのだが、そんなことはお構いなしだ。確かに当時、汚職を撲滅すれば物価高も抑制されると信じられていたように記憶している。
この物価高に対抗するために主人公プッタンパールとその家族が採った手段は興味深い。政府から無利子のローンを10万ルピー借り入れ、それで3年分の生活必需品を買い込み、3年後の返済に向けて給料から積立をしていくというものだ。今後3年間このままインフレが続くとすると、その3年間の中でもっとも物価が安い現在に買えるだけ買っておくのがもっとも出費が少ない。よく考えるものだ。
ただ、そのローンは、無職の若者が店を開いて職と収入を得るために使われるべきものだった。監査官がおり、受給者がちゃんと店を開いているか確認しにきたため、プッタンパールたちは危機に陥る。もし不正がばれたら刑務所行きだ。彼らは必死でごまかそうとする。
うさんくさいキャラを演じさせたら右に出る者のいない個性派俳優サンジャイ・ミシュラーがプッタンパール役を老練に演じていた。特に、終盤において、物価高に苦しむ庶民の叫びを代弁する長い独白を監査官に聞かせるシーンは圧巻であった。客席から拍手喝采が起こったことだろう。監査官を演じたザーキル・フサインもサンジャイ・ミシュラーに負けず劣らずねちっこい演技をしていた。
ただ、政府系ローンの不正利用を助長するような内容の映画でもあり、模倣犯が現れなかったかが心配である。
サイドストーリーではあったが、ゴーパールの縁談を巡るゴタゴタもよく見ると面白い。あまりに物価高が進んだ社会では、持参金も現金ではなく現物支給が好まれるようになると予言されていた。しかも、自動車やバイクのような経費の掛かるものよりも、ガソリンや食料などが要求されていた。ただ、ゴーパールにはスマンという恋人がおり、彼女との結婚を求めた。スマンは親から無理矢理結婚させられそうになり、18歳の年齢証明書を持ってゴーパールの家に飛び込んでくる。インドの成人年齢は18歳であり、成人になれば結婚相手を自分の意志で選ぶことができる。ゴタゴタの結果、スマンの両親も渋々娘がゴーパールと結婚することを認める。
もう少し掘り下げても良かったのでは、と感じたのは、プッタンパールの妻ヌーリーである。ヌーリーはビューティーパーラーを経営しており、客にさらにお金を使わせる話術にも長けていた。物価高の時代において、客の財布の紐を緩める話術を持つ者は有利だ。どうしてもプッタンパールの方にスポットライトが当たってしまっていたが、ヌーリーを主体にして物価高を乗り越える映画にしても面白かったのではなかろうか。
「Saare Jahaan Se Mehnga…」は、毎年物価が10%上がっていた時代にそれを風刺した作品であり、また、政府のローン制度を不正利用してでも物価高を乗り越えようとするタフな家族の物語でもある。ヒンディー語映画界切っての曲者俳優であるサンジャイ・ミシュラーとザーキル・フサインの競演も見物だ。観て損はない映画である。