Baromas

3.5

 オシアンス・シネファン映画祭で「Patang」(2011年)に続き鑑賞したのは、マハーラーシュトラ州ヴィダルバ地方を舞台にした「Baromas」。サダーナンド・デーシュムクの同名マラーティー語小説を原作としているものの、映画の言語は基本的にヒンディー語である。ヴィダルバ地方はかつてマディヤ・プラデーシュ州の一部だったこともあり、一般にヒンディー語が話されているとの監督の弁であった。監督自身はマラーティー語話者で、ヒンディー語はそこまで得意そうではなかった。「Baromas」は「12ヶ月」「1年中」という意味だが、英語の題名はなぜか「Forever」となっている。

監督:ディーラジ・メーシュラーム
制作:パッリプラム・サジート、プリヤンカー・スード
原作:サダーナンド・デーシュムク「Baromas」
音楽:ラヴィーンドラ・ジャイン
出演:スィーマー・ビシュワース、スディール・パーンデーイ、デーヴィカー・ダフタルダール、ベンジャミン・ギーラーニー、スブラート・ダッター、ジャティン・ゴースワーミー、ローヒト・パータクなど
備考:スィーリー・フォート・オーディトリアム1で鑑賞。オシアンス映画祭。

 マハーラーシュトラ州ヴィダルバ地方の農村に住むエークナート(スブラート・ダッター)は都会で教育を受けたが、社会運動に関心を持ち、村に戻って、社会活動家ナルバーウの指導の下、農民たちの組織化や地位向上に尽力していた。一方、エークナートの弟マドゥカル(ジャティン・ゴースワーミー)も高学歴だったが無職で、仲間と共に地面を掘ってお宝探しに明け暮れていた。エークナートにはアルカー(デーヴィカー・ダフタルダール)という妻がいたが、母親シェーワンター(スィーマー・ビシュワース)やマドゥカルとの仲はよくなかった。あるときマドゥカルと喧嘩をし、実家に帰ってしまう。父親スバーンラーオ(ベンジャミン・ギーラーニー)は農民であったが、ここのところ日照り続きで農業はうまく行っていなかった。

 サルパンチ(村長)のダグルー・マハーカール(スディール・パーンデーイ)は高利貸しで、困窮した村人たちに金を貸しては、利子や担保を搾取していた。最近もバリという農民が借金に借金を重ねた挙げ句自殺をしてしまった。

 あるときマドゥカルは大学時代の友人スレーシュと出会う。スレーシュは就職して裕福な生活を送っていた。スレーシュはマドゥカルに対し、就職するには贈賄は必須だと吹き込み、州議会議員の個人秘書が知り合いだから、今度口利きをしてやると言う。マドゥカルはあと一歩で就職できそうになるが、そのためには20万ルピーの賄賂が必要だった。マドゥカルは両親を説得し、畑を担保にしてダグルーから20万ルピーを借りる。10万ルピーは前金として支払った。

 ちょうどそのときエークナートは収穫物を売るために街の市場に出掛けていて2~3日留守にしていた。家に帰って来たエークナートは、マドゥカルが畑を担保にしたことを知って怒る。また、マドゥカルが就職のあてにしていた州議会議員は不正が発覚して姿をくらましてしまった。つまり、10万ルピーは無駄になってしまった。スバーンラーオは畑を失ったことで眠れない夜を過ごす。何とか10万ルピーを作って畑を取り戻さなくてはならなくなったマドゥカルは、夜な夜なハイウェイで強盗をするようになる。スバーンラーオはダグルーに畑を返してくれるように頼みに行くが、ダグルーは承知しない。絶望したスバーンラーオは毒を飲んで自殺しようとする。村の長老の機転によりスバーンラーオは一命を取り留めるが、そのときの治療がトラウマとなり、スバーンラーオはある日忽然と姿をくらましてしまう。

 州議会選挙が近付いていた。エークナートは師匠ナルバーウに説得され、立候補することになる。対立候補はサルパンチのダグルーであった。日頃から農民や漁師のために働いて来たエークナートは信望厚く、彼の選挙集会には多くの人々が集まった。ダグルーは落選の危機を感じる。そのときダグルーをマドゥカルが訪ね、20万ルピーを返そうとして来た。ダグルーは選挙後に借金返済の手続きをすると言って彼を返すが、同時にマドゥカルがなぜそんな大金を手にしたのか疑問に感じる。部下に調査させたところ、マドゥカルとその一味が夜な夜な強盗をしていることが分かる。ダグルーは、部下にナルバーウを殺させ、マドゥカルが強盗を繰り返す現場に置き去りにする。マドゥカルは逃亡するが、仲間の多くは警察に捕まってしまい、強盗を白状する。エークナートは、弟が強盗の容疑で逃亡中ということで、一気に不利な選挙戦を戦うことになってしまう。

 しかし、ナルバーウの殺人があった夜、偶然エークナートとマドゥカルの友人チャンドラ(ローヒト・パータク)が、現場近くでダグルーの部下を目撃していた。チャンドラはメーラー(祭り)でその男を発見し、逃亡中のマドゥカルと共にとっちめる。マドゥカルとチャンドラは警察に捕まり、連行される。もし部下が全てを白状したら、今度はダグルーの立場が危うくなる。そこでダグルーは策略を巡らせ、部下はマドゥカルがナルバーウを殺す現場を目撃したために命を狙われたことにする。警察もダグルーの話の方を信じ込む。怒ったマドゥカルは警察が所持していた銃剣を奪ってダグルーの腹部を刺す。ダグルーは死んでしまう。立候補者が殺されたことでこの選挙区の選挙は延期となる。

 数ヶ月後、再び選挙が行われることになった。エークナートは、ダグルー亡き今、そして師匠を失い、父親が行方不明で、弟が服役する中、もはや選挙を戦う理由はないと、立候補を断念する。しかし母親は、父親がエークナートの社会活動・政治活動を誇りに思っていたと明かし、立候補するように説得する。立候補したエークナートは見事当選を果たす。

 マハーラーシュトラ州ヴィダルバ地方と言うと、農民の自殺が多いことで知られる地域である。世界史の授業でデカン高原は綿花栽培が盛んであると習ったと思うが、正にヴィダルバ地方の農民自殺問題は綿花農業、つまり商品作物農業の問題と直結しており、その視点抜きではなかなか深い理解は得られない。「Baromas」はそのヴィダルバ地方の農村を舞台にした作品であるため、農民自殺問題がテーマの映画であろうと容易に推測される。だが、「Baromas」はむしろより広範な問題を取り扱う作品であった。

 劇中にはもちろん自殺する農民が出て来るのだが、借金問題のみと結びつけられており、その奥にある本当の問題まで掘り下げられていなかった。「Baromas」が主に注力していたのは高利貸しによる搾取と農村の若者の就職問題だと言える。サルパンチのダグルーは困窮する農民に高利のローンを与え、借金漬けにして支配していた。また、借金の担保として農地を獲得し、大麻の栽培などをしていた。一方、マドゥカルは大学を出た後も就職できず、農村で無為に過ごしていた。就職には多額の賄賂が必要だと知り、家の農地を担保に借金をするが、うまく就職できず、家に大きな損失をもたらす。その損失を補填するためにマドゥカルは強盗をするようになり、転落の一途を辿って行く。だが、最後にはダグルーを刺し殺し、高利貸しの横暴に一矢を報いる。

 これだけだと救いようがないのだが、社会運動家エークナートの存在が希望の光として提案される。エークナートは農民や漁師を組織し、政府の横暴に立ち向かう。州議会選挙においてダグルーの対立候補として立候補し、民主主義的手段によって農民の生活向上を図る。次から次へと悲劇が続く映画なのだが、エークナートが当選するシーンで映画は終了となり、楽観主義的・理想主義的なエンディングとなっていた。

 インドの農村の問題をテーマにした映画はいくつもあるが、それらの中で傑出した美点がある作品とまでは評価できなかった。基本的に重厚な作りなのだが、ヒンディー語映画の影響であろう、アイテムナンバーが挿入されていたりして、多少グラマラスな雰囲気を出そうともしていたが、蛇足に感じた。農民を巡る問題は、より大きなシステムの欠陥と有機的に結び付いていることを提示したかったと思うのだが、あらゆる問題を広く浅く取り扱い過ぎているような印象を受けた。農村描写に定評のある小説家プレームチャンドの長編小説「Godan(牛供養)」や短編小説「Bade Ghar Ki Beti(裕福な家庭の娘)」などとも共通点が多い。

 それでもいくつかのシーンは特筆に値する。特に、毒を飲んで自殺を図ったスバーンラーオを村の長老が救うシーンはこの映画のハイライトだ。一刻も早く何とかして毒を完全に吐き出させなければならなかった。多少は吐き出したものの、まだ体内に毒が残っていた。そこで長老は子供のウンチを持って来るように言う。そして苦しむスバーンラーオの前でウンチをコップに入れかき混ぜる。同時に長老はマドゥカルに、ターメリックなどを混ぜた水を持って来るように耳打ちする。長老はウンチをかき混ぜたものを飲ませる振りをしてターメリック水を飲ませる。ウンチを飲ませられていると勘違いしたスバーンラーオはとうとう全ての毒を吐き出す。ただ、スバーンラーオは一命を取り留めたものの、ウンチを食べたことがトラウマとなり、ある日忽然と姿を消してしまう。

 スィーマー・ビシュワースやベンジャミン・ギーラーニーをはじめとして、皆迫真の演技であった。マドゥカルを演じたジャティン・ゴースワーミーは中でも非常にパワフルであった。

 「Baromas」はヴィダルバ地方の農民を舞台とした重厚なドラマ。主人公の家族を中心に、農民を取り巻く様々な問題に少しずつ触れており、よくできた映画だ。それらの問題に深い理解を提供する性格の映画ではないが、十分監督の真摯な努力が感じられる出来となっている。