Turning 30!!!

4.0
Turning 30!!!
「Turning 30!!!」

 ヒンディー語映画の2010年代は女性の時代であったが、2011年1月14日公開の「Turning 30!!!」は「Aisha」(2010年)と並んでその先駆者と呼ぶべき女性中心映画である。30歳を前にした女性の心理がよく描かれている。とはいえ、公開当時インドに住んでいたものの、この映画は見逃していた。この映画の監督アランクリター・シュリーヴァースタヴァは、後に「Lipstick Under My Burkha」(2016年)で名を知られるようになり、ヒンディー語映画界の女性映画監督として非常に重要な人物になった。「Turning 30!!!」は彼女のデビュー作ということで押さえておかなければならないと考え、2023年3月26日に鑑賞した。

 シュリーヴァースタヴァ監督は、「Raajneeti」(2010年)などの監督で知られるプラカーシュ・ジャーの弟子にあたる。ジャーは「Turning 30!!!」のプロデューサーも務めている。主演は元ミス・インディアのグル・パナーグ。才色兼備の女優で、インテリ女性役が似合う。撮影当時、彼女は本当に30歳前後であった。もっといえば、シュリーヴァースタヴァ監督自身も30歳前後であった。

 グル・パナーグは、名はある程度知られた女優ではあるが、スターではない。その他のキャストにもスターは見当たらない。プーラブ・コーリー、スィッダールト・マッカール、ティロッタマー・ショーム、ジェネバ・タルワール、アニター・カンワル、ビクラムジート・カンワルパール、サティヤディープ・ミシュラー、イラー・ドゥベーなどが出演している。

 ナイナー(グル・パナーグ)は、もうすぐ30歳になる独身女性であった。ムンバイーの広告代理店adZに勤めており、リシャブ(スィッダールト・マッカール)という恋人がいた。リシャブとは結婚の話もし始めていた。大学時代からの友人、ルクサーナー(ジェネバ・タルワール)とマーリニー(ティロッタマー・ショーム)とよく会っておしゃべりをしていた。

 ナイナーは仕事上でミスを犯し、解雇されそうになる。また、リシャブが親の決めた結婚相手ヤーミニー(イラー・ドゥベー)との結婚を決める。30歳の誕生日まであと1週間というときに、彼女は仕事でもプライベートでも絶体絶命の危機を迎える。

 そんなとき、ナイナーは偶然、大学時代に付き合っていた写真家ジャイ(プーラブ・コーリー)と再会する。ジャイは写真家として研鑽を積むため、ナイナーを捨ててロンドンへ行ってしまったが、最近ムンバイーに戻ってきていた。30歳の誕生日にナイナーはジャイからプロポーズをされるが、リシャブへの未練があり、すぐには返事をしなかった。

 ナイナーは会社を辞めることも考えていたが、中年女性向けの広告プロジェクトを引き受け、会社に残ることを決める。顧客は彼女の提案を気に入り、予算を増やしたが、それを見た同僚が彼女をチームから外し、手柄を横取りした。それに憤ったナイナーは会社を辞め、ハラスメントで会社を訴える。また、いつまでも返事がもらえなかったジャイは彼女の元を去っていく。

 マーリニーはナイナーの文才を見出し、出版社を紹介する。マーリニーは「Turning 30」という自伝を出版することになり、執筆活動に入る。1年後、ナイナーの31歳の誕生日に本のローンチが行われ、そこにはリシャブやジャイも駆けつける。リシャブはヤーミニーとの結婚を止めており、彼女とやり直したいと申し出るが、ナイナーは断る。そしてジャイを追いかけ、彼にプロポーズする。

 公開当時に観なかったことを申し訳なく思うくらい、いい映画だった。女性監督が女性視点で作った映画のためか、登場人物の会話中心にストーリーが進み、シーンとシーンの有機的なつながりに弱さを感じたが、これは男性監督との感性の違いだろうか。しかしながら、30歳を前にした女性の心理描写が秀逸で、アランクリター・シュリーヴァースタヴァ監督の才能の片鱗が既にデビュー作に現れていることを確認できる。

 主人公ナイナーはムンバイーの会社に勤めるモダンなキャリアウーマンであり、映画は主に3つの要素から成っていた。ひとつは仕事、ひとつはプライベート、そしてひとつは年齢である。女性にとって30歳が大きな節目になるのはどこの国でも同じことで、ナイナーも30歳を前にして特別な気持ちになっていた。しかし、物語開始当初の彼女には恋人リシャブがおり、結婚も視野に入っていた。だから、30歳という年齢にも堂々と向き合うことができていた。ところが、リシャブが突如として別の若い女性との結婚を決め、途端に彼女の未来は暗転する。しかも、仕事でトラブルになり、解雇の危機にあった。30歳を前に、まるで厄年のように、あらゆる問題が噴出したのだった。

 リシャブとは半分同棲状態にあり、彼の荷物も家に置いてあったが、リシャブは出て行ってしまった。一人残されたナイナーの孤独が、まるで監督自身の体験を再現しているかのように、赤裸々に描き出されていた。普段は強気のキャリアウーマンだったナイナーも、その孤独の前には軽々と押しつぶされそうになっていた。

 また、リシャブが別れ話を切り出したときの言い方も非常にリアルだった。ナイナーは、「君のことを愛しているし、これからも愛し続けるけど、結婚はできない」と言われた。なるべく彼女を傷付けないようにとの言葉だったのだろう。リシャブの人の良さが出ているが、それがかえって彼女の心を深く傷付けるのだった。

 プライベートでのトラブルがストーリーの中心ではあったが、ナイナーの職場も小さくないウエイトを占めていた。ナイナーは優秀なコピーライターだったが、職場の男性同僚たちは、彼女の手柄をかすめ取ろうとしていた。彼らは、ナイナーというよりは、女性の出世を面白く思わない連中だったのだろう。職場に蔓延する男尊女卑の雰囲気をナイナーは強く感じ取る。普段のナイナーだったらそんなものははねのけてしまえそうだったが、30歳という節目を前にし、プライベートが安定しなくなった彼女にとっては、大きな打撃だった。

 とはいえ、捨てる神あれば拾う神ありで、ナイナーは大学時代の恋人ジャイと再会し、昔の恋心が復活するのを感じ取る。ナイナーの親友ルクサーナーとマーリニーも、ひどく落胆したナイナーの人生にジャイが戻ってきたことを歓迎する。だが、ナイナーはリシャブとの破局から完全に抜け出せていなかった。ジャイからプロポーズされても彼女は即答せず、そのまま答えを引き延ばした。とうとうジャイはしびれを切らして彼女の元から去っていってしまう。

 しかしながら、「Turning 30!!!」は女性の弱さのみをあげつらった映画ではなかった。むしろ、30歳になった女性の吹っ切れを強調しており、インドの女性たちに30歳になっても人生は続くということを訴える内容になっていた。むしろ、30歳から女性の人生は本番だというメッセージを発信しているといっていいだろう。

 吹っ切れたナイナーは会社を辞めたばかりか、会社をハラスメントで訴える。また、マーリニーの助けもあって作家としての道を歩み始めることを決め、自分の新境地を拓く喜びを感じ始める。仕事上で向かうべき目的地が見つかった彼女は、リシャブへの未練も振り払うことができた。ジャイと身体の関係を結びつつもリシャブとの復縁を強く望み続けていた彼女も、この頃になると、リシャブを寄せ付けないようになっていた。こうしてナイナーは作家デビューし、リシャブのアプローチを受け流して、ジャイのプロポーズを受け入れることができるようになる。

 ナイナーの人生が本筋だが、彼女の親友ルクサーナーとマーリニーの人生もサイドストーリーとして少し描かれていた。ルクサーナーは大学時代から付き合い結婚したサーヒルと仲睦まじく暮らしていた。リシャブと別れたナイナーの目に二人の仲はまぶしく映った。ところがナイナーはたまたまサーヒルが職場の若い女性と浮気しているところを目撃してしまう。ルクサーナーは離婚の危機を迎えるが、妊娠が発覚したことでサーヒルは浮気を止め、家庭に戻ってくる。子供が生まれると再びサーヒルは浮気癖を発症したが、かわいい子供を得たルクサーナーにとってはどうでもいいことになっていた。一方、芸術家志向のマーリニーはレズビアンであることをカミングアウトする。

 また、ナイナーはマーングリクであるとも語られていた。彼女がマーングリクであることがストーリーに何らかの影響を及ぼすことはなかったが、インド人女性の一部が抱える問題のひとつとして、蛇足的にではあるが、触れられていたと思われる。

 「Turning 30!!!」は、30歳を迎えた女性監督が、30歳前後の女優を主演にし、30歳前後の女性の心理描写に焦点を当てて作った女性中心映画である。興行的には大失敗に終わっているが、正当に評価されなかった不幸な映画で、それに惑わされてはならない。特に女性観客の共感を呼ぶことだろう。