Undertrial

1.5
Undertrial
「Undertrial」

 2007年2月9日公開の「Undertrial」は、3人の娘をレイプした容疑で逮捕され刑務所に勾留された男を巡る物語である。2002年に起こった実際の出来事にもとづく映画だとされている。

 監督はアズィーズ・カーン。音楽はアヌ・マリクとシャミール・タンダン。主演はラージパール・ヤーダヴ。いかにも何かしでかしそうな顔をした小柄のコメディアン俳優であるが、その定着したイメージに挑戦もしており、今回は完全にシリアスな役柄を演じている。

 他に、モニカ・カステリーノ、カーダル・カーン、プレーム・チョープラー、ラージェーシュ・プリー、ムケーシュ・ティワーリー、プラティマー・カーズミー、ムケーシュ・バット、ラージーヴ・クマール、ライラー、ナフィーサー・カーン、シカーなどが出演している。

 映画公開時にはインドに滞在中だったが、こんな映画があったとは知らなかった。2026年9月1日に鑑賞しこのレビューを書いている。

 ムンバイーの中央刑務所にサーガル・フサイン(ラージパール・ヤーダヴ)という未決勾留者が新しく入ってきた。サーガルは、3人の娘をレイプした容疑で妻のサビーナー(モニカ・カステリーノ)から訴えられて逮捕され、判決が下されるまで勾留されることになった。彼は早速囚人たちからリンチを受け、セーフゾーンに移動となる。そこでサーガルは知的な囚人ナーディル(ムケーシュ・ティワーリー)と出会う。サーガルは入所以来誰とも口を利かなかったが、ナーディルにだけは心を開いた。

 サーガルの裁判は、女性判事ジャヤー・レッディー(プラティマー・カーズミー)が裁判長を務め、検察はPPヴァルマー(プレーム・チョープラー)だった。サーガルの親友イムダード・アリー(ムケーシュ・バット)はラヴィ・ヴィシュノーイー(カーダル・カーン)に弁護人を依頼しようとするが金が足りず、彼の部下アープテー(ラージェーシュ・プリー)が代わりに弁護をした。だが、彼は無能で、まともに弁護ができなかった。裁判は終始ヴァルマーの思い通りに進み、サーガルの有罪は避けられない状態になっていた。

 裁判が行われている間、長女のバーノー(ライラー)が自殺したことをサーガルは知る。サーガルは他の娘たちの命も危ないと感じ、自分の無罪を陳情する手紙を書く。その手紙を読んだナーディルは、何としてでもそれをヴィシュノーイーに渡すようにサーガルに言う。サーガルはレッディー裁判長にヴィシュノーイーを法廷に呼ぶように頼み、手紙を渡す。

 その手紙を読んだヴィシュノーイーはサーガルの弁護人を引き受ける。そして、サーガルが無実であることをひとつひとつ証明していく。

 サビーナーは娘たちをダンスバーで踊らせて金を稼いでいた他、売春もさせていた。サーガルは、一番下の娘ルビーナー(シカー)の水揚げを阻止するために彼女たちを脅し、家に閉じこめるが、サビーナーを裏で操っていた自称NGO代表ヴィジャイ・アームレー(ラージーヴ・クマール)が逃がしてしまう。そしてサビーナーは夫を、娘たちを繰り返し強姦してきたと訴える。

 また、バーノーの死は自殺ではなかった。バーノーはイムダードに弁護士を雇う費用を渡そうとしたが母親やヴィジャイに見つかり、殺され、自殺を偽装されたのだった。その様子は、彼女が設置した携帯電話が録画していた。これが強力な証拠になり、サビーナーとヴィジャイは逮捕され、サーガルには無罪判決が下された。

 サーガルは刑務所に囚人たちに見送られ、外に出る。

 俳優たちはオーバーアクティングな大根役者ばかりだし、監督や脚本家にも才能は感じられない。普段はコミックロール要員で脇役ばかり演じているラージパール・ヤーダヴは今回主演のチャンスを得たが、彼の持ち味が出ていたとは思えない。押し黙っている時間帯が長く、口を開いても特に見せ場はなかった。例外的に演技面で評価できるのは、カーダル・カーンとプラティマー・カーズミーくらいである。

 一番盛り下がるのは、サーガルを刑務所にぶち込んだ張本人サビーナーが余りにお粗末だったことだ。演技もお粗末だが、その前に彼女の存在そのものが映画をぶち壊している。序盤では、ボサボサな前髪の奥からギラギラと目を開かせながらもダークなオーラを放ち殻に閉じこもっているサーガルが娑婆で一体どんな不幸を背負って刑務所に入れられたのか、一定のサスペンスがある。だから、この映画の成否を決めるのは、彼の入所の理由になる。3人の娘を8年間以上レイプしてきたということだが、それは本当であろうか。もしそれが本当ならなぜ?それが嘘ならば誰が何の目的で彼をはめたのか?この真実にこそこの映画の面白さが凝縮されているはずだった。

 だが、いざ蓋を開けてみるとサビーナーが極端な悪女すぎて呆れざるをえない。娘を性的に搾取していたのはサーガルではなくむしろサビーナーの方であった。娘たちをダンスバーで踊らせ、売春の斡旋までしていた。こんなことをしていて、よく夫をレイプで訴えられたものだ。もし裁判になって身辺調査が行われたら、こんなことはすぐに明るみに出てしまうだろう。

 娘たちも娘たちで、金欲しさに自ら進んでダンスバーで踊ったり売春をしていたりしたようであった。サーガルは娘たちに「尊厳」を売ることを戒めるが、娘たちは貧しい父親をなじり、「女性の尊厳など単なる尿を出す場所」とまで言い放っていた。これはフェミニズムとかそういった類のものではなく、女性を見下しているだけだ。

 アズィーズ・カーン監督が「Undertrial」を通して世間に訴えたかったのは、こと強姦に関わる犯罪の場合、訴えられた男性は、それが真実であるか否かにかかわらず、訴えられた瞬間に社会的に抹殺されてしまうという現実への注意喚起であろう。確かにサーガルは有罪判決が下されていないときから、刑務所の囚人たちにすらも最低最悪の強姦魔扱いされていた。だが、このケースならば、サビーナーの脇が甘すぎて、簡単に彼女の嘘を立証し本性を暴けたはずだ。足りなかったのは腕の立つ弁護士だけで、ひとたびそれが手に入ったら裁判はたやすくひっくり返ってしまった。これでは興ざめである。

 サーガルが勾留された中央刑務所には、サイドストーリーを持った囚人たちが何人かいた。監督に才能があれば、それらをメインストーリーにうまく練り込むことができただろうが、構成が下手で、ひとつひとつのサイドストーリーが分裂してまとまりを乱していた。むしろない方がよかったサイドストーリーもあった。刑務所の描写もきちんと考証されたものとは思えなかった。

 監督がイスラーム教徒であることと何らかの関係があるのか分からないが、登場人物にはイスラーム教徒のキャラが明らかに多い。主人公のサーガルもムスリムである。セリフにも必要以上にウルドゥー語のテイストが入る。もっとも、法律用語には元々アラビア語・ペルシア語の語彙が多いので、裁判シーンでウルドゥー語優勢になるのは自然なことである。

 「Undertrial」は、コメディアン俳優として知られるラージパール・ヤーダヴが、妻の裏切りによって「3人の娘を性欲の慰み物にした鬼畜」に突き落とされた未決勾留者役を演じる。普段の彼が提供してくれるような笑いを期待してはならない。無名の人物が監督し、無能な俳優たちがオーバーアクティングをする、ほとんど救いようのない駄作であり、鑑賞する価値はほとんど見当たらない。


Undertrial full movie | Rajpal Yadav, Moniva Castelino, Prem Chopra | Rajpal Yadav Bollywood Movies