2006年9月12日に米国で公開された映画「Outsourced」は、米国からあらゆる仕事がアウトソーシングされていく時代を反映した越境ロマンス映画である。完全な米国映画ではあるが、会社の業務がインドにアウトソーシングされ、主人公が監督責任者としてインドに赴くという筋書きで、インドが主な舞台になる映画であるため、ここで取り上げたい。
監督はジョン・ジェフコート。いわゆる一発屋の監督であり、この「Outsourced」が好評だったために、そのTVドラマ版の監督も務めた。その後、日本を題材にした「Big in Japan」(2014年)も撮っているが、表舞台から消え去ってしまった。
主演は、「エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ」(2018年)のジョシュ・ハミルトンと、「スター・ウォーズ エピソード2 クローンの攻撃」(2002年)や「The Mistress of Spices」(2005年)に出演のインド系英国人女優アーイシャー・ダールカル。他に、アースィフ・バスラー、マット・スミス、スダー・シヴプリーなどが出演している。
鑑賞しこのレビューを書いているのは2024年3月13日である。
米国シアトルのノベルティー会社に勤めるトッド・アンダーソン(ジョシュ・ハミルトン)は、上司のデイヴ(マット・スミス)からコールセンターのアウトソーシング先に監督責任者として派遣されることになり、ムンバイーに降り立つ。空港で出迎えのタクシー運転手と落ち合えないミスはあったが、何とか現地マネージャーのプロー(アースィフ・バスラー)と会うことができた。プローは彼を予め決められていたホテルではなく、世話焼きのおばさんの家に連れて行って住まわせる。オフィスもまだ建設中で、インド人コールオペレーターたちが思い思いに働いていた。 トッドは数々のインドの洗礼を受けながらも、次第にインド式の思考法に染まっていく。部下のアーシャー(アーイシャー・ダールカル)とも親しくなり、一夜を共にするが、彼女には婚約者がいた。トッドは、現地オフィスの一件あたりの解決時間(MPI)を6.0にすることを目標にさせられていた。それが達成されなければトッドは米国に帰れなかった。米国式のやり方をインド人に押しつけている間はその達成は夢のまた夢だったが、インド式に切り替えてみるとみるみる成績が上がった。 MPIが急上昇したことでデイヴがインドまで視察にやって来る。トッドは彼を案内するが、ちょうどそのときオフィスには灌漑用の水が流れ込んできて洪水になっていた。トッドは、屋上にオフィスを移し、街灯から盗電して業務を続けるという適応力の高さを見せつけた。彼らは遂にMPI6.0以下を達成した。 ところがデイヴは、アウトソーシング先はインドから中国に切り替えたことを伝える。インドの現地オフィスはこれで閉鎖となった。デイヴはトッドを上海オフィスに送ろうとするが、彼は拒否する。代わりにプローを推薦する。米国に戻ったトッドはアーシャーからの電話を受け取る。
インドに全く理解のない外国人がインドの洗礼を受け、やがてインドに染まっていく様子を描いた作品だった。筆者も長くインドに住んだことがあるため、インドにおいて主人公トッドの身に起きる出来事の数々はまるで自分の体験を追いかけているようだった。全てのインド好き外国人に捧げたい作品だ。
インドに足を踏み入れる外国人は大きくふたつに分けられる。ひとつは自ら望んでインドに来た者、もうひとつは無理矢理インドに行かされた者だ。可哀想なことにトッドは後者であった。
そんなトッドの目には、当初インドで直面するあらゆる出来事はネガティブに映る。喧噪と混乱、急な予定変更、気味の悪い女神、インド式の便器、下痢などなどである。彼は未熟なコールオペレーターたちに「まずは米国のことを学べ」と教えるが、なかなか成績は上がらない。だが、彼はホーリー祭で地元の人々と色まみれになって遊んだことで、まずは自分がインドのことを学ぶべきだったと悟る。そこで彼はオペレーターたちにインド式で仕事をさせてみた。彼らが最初に望んだのは、自分のワークスペースを自分色にすることだった。彼らは仕事場を家族の写真や神様の像で飾った。会社の商品をご褒美にしてインセンティブを付けてみたら、これもうまくいった。トッドはインド人の心を掴み始め、いつの間にかインドに愛情を抱くようになっていた。
インドで生活する内に彼は「ジュガール」も身に付けていた。「ジュガール」とはあり合わせのもので何とかする臨機応変力だ。オフィスが水浸しになっても彼は仕事を諦めず、パソコンを屋上に上げて、街灯から盗電して業務を継続させた。また、インド人が家族を大切にする様子を見て、トッドも自分の親への態度を少しだけ改める場面もあった。
監督はインドの魅力をよくスクリーン上に再現できていたと思うが、アーシャーとの恋愛についてはインド離れしていたと感じた。アーシャーには4歳のときに親によって婚約させられた許嫁がいたが、トッドと二人きりになるタイミングがあり、一夜を共にする。そしてトッドが米国に帰る前にも彼らは情事に耽る。そういうことがインドにはないとはいわないが、こういう道徳的に問題のある恋愛を美しく見せるのはインド的ではない。インド人が観たら不快に感じるであろう。トッドとアーシャーを肉体関係にせずに処理できていたらもっと好意的に鑑賞できた。
会社のオフィスはマハーラーシュトラ州のガーラープリー(Gharapuri)という町にあった。おそらく架空の町である。マハーラーシュトラ州で単にガーラープリーといった場合、どうも世界遺産の石窟寺院群があるエレファンタ島になるようだ。米国から送られた荷物が誤ってエレファンタ島に届いてしまい、トッドとアーシャーはそれを取りに行かなくてはならなくなった。
「Outsourced」は基本的にコメディー映画ではあったが、そこにはアウトソーシングによって米国人の仕事が奪われていく恐怖感も込められていたように感じた。2000年代のインドは、米国との時差がちょうど12時間前後という偶然の立地条件を活かし、コールセンター業務の請け負いで外貨を稼ぐようになった。それはインドの経済発展やインド人の収入増加をもたらしたが、逆に米国では米国人の仕事がなくなっていっていた。主人公のトッドもアウトソーシングによって仕事を奪われ、インドに行かなければならなくなってしまった一人だった。アーシャーの口からは、「私が米国に行って仕事を奪う」というセリフも耳にした。米国人にとって、この映画は本当は笑っていられない内容だったのではなかろうか。
ただ、映画の最後ではトッドの勤める会社はアウトソーシング先をインドから中国に移していた。その理由は、中国の方が賃金がさらに安いからとのことだった。どちらかといえばインドよりも中国の方が先に経済発展し、賃金も上昇したと記憶しているし、英語で対応できるオペレーターの数もインドの方が多いと思うのだが、2000年代後半にはそういうことが起きていたのだろうか。
「Outsourced」は、インドのアウトソーシング事業が米国を席巻している時代に作られた、インド版「ロスト・イン・トランスレーション」(2003年)的なカルチャーショック型コメディー映画である。インドを体験した者なら思わずうなずいてしまうような出来事が満載で、とても楽しく鑑賞できる。インド好きな人にお勧めしたい。