2006年8月4日公開の「Anthony Kaun Hai?(アンソニーは誰だ?)」は、アンソニーという登場人物と、10億ルピー相当のダイヤモンドを巡ってタイ在住のインド人たちが引き起こす騒動を描いたスリラー映画である。
監督はラージ・カウシャル。主演は、サンジャイ・ダット、アルシャド・ワールスィー、そしてミニシャー・ラーンバー。サンジャイとアルシャドはヒット作「Munna Bhai M.B.B.S.」(2004年)に続いてコンビを組んだ。ミニシャーは「Yahaan」(2005年)でデビューした女優である。他に、ラグヴィール・ヤーダヴ、アヌシャー・ダンデーカル、グルシャン・グローヴァー、ラヴィ・バスワーニー、アヌパム・シャームなどが出演している。また、音楽を担当したヒメーシュ・レーシャミヤーがエンドクレジットナンバー「Ishq Kiya Kiya」で特別出演している。
舞台はタイの首都バンコク。殺し屋のマスター・マダン(サンジャイ・ダット)は、パップー(アヌパム・シャーム)からアンソニー・ゴンザルベス(アルシャド・ワールスィー)という男の抹殺を請け負い、彼の滞在するホテル、オムニタワーに殴り込む。そこでアンソニーを捕まえるが、彼はアンソニーではないと言い出す。そこでマダンは彼の話に耳を傾ける。 彼の本当の名前はチャンパク・チャウダリー、通称チャンプであった。タイで偽造パスポートなどを作って生計を立てていた。ローザ(アヌシャー・ダンデーカル)という恋人がいたが、彼女との結婚式の日、公文書偽造で逮捕され、刑務所にぶち込まれる。刑務所でチャンプはラグヴィール・シャルマー(ラグヴィール・ヤーダヴ)という手品師と出会う。彼は15年間服役していた。ラグヴィールはチャンプに、刑務所から出してくれたら10億ルピー相当のダイヤモンドの半分を渡すと持ちかけられる。6ヶ月後、釈放されたチャンプはローザに会いに行くが、彼女は既に別の男と結婚していた。そこでチャンプは、ラグヴィールを偽造文書によって出所させ、ダイヤモンドを入手することにする。 チャンプはラグヴィールを刑務所の外で迎えるが、文書偽造がすぐにばれ、警察から追われる身となる。そこでチャンプは、旧知の医者ラーシュワーニー(ラヴィ・バスワーニー)に頼み、死んだばかりの人間とIDをすり替えてもらう。こうしてチャンプはアンソニー・ゴンザルベスに、ラグヴィールはレヘマト・アリーになった。ところが、レヘマトは単なるタクシー運転手だったが、アンソニーは殺し屋に命を狙われるジャーナリストであった。アンソニーは、大富豪の御曹司ラッキー・シャルマーが女性を絞め殺すところを録画しており、ラッキーを脅迫していた。ラッキーはパップーにアンソニーの暗殺を命じ、殺し屋たちがアンソニーを殺したのだった。しかし、アンソニーが生きていることが分かると、再び殺し屋が送られる。 また、ラグヴィールにはジヤー(ミニシャー・ラーンバー)という娘がいた。15年振りに会ったジヤーは美女に成長していた。ラグヴィールは、アンソニーを殺しにきた殺し屋たちの流れ弾に当たって死んでしまう。ラグヴィールからジヤーを託されたチャンプは彼女と共に逃亡する。ジヤーもダイヤモンドの在処を知っており、二人で探しに行くが、15年前にラグヴィールがダイヤモンドを埋めた場所は刑務所の敷地内に入ってしまっていた。そこでチャンプは、インド人警官スーラジ・スィン警部補(グルシャン・グローヴァー)のところへ行き、命を狙われていると訴える。そして、刑務所が一番安全だから刑務所に入れて欲しいと希望する。こうして首尾良くチャンプはダイヤモンドが埋めてある刑務所に入ることができた。 チャンプはダイヤモンドを掘り当て、伝書鳩を使ってダイヤモンドを塀の外にいるジヤーに届けた。そして出所するが、彼女に愛の告白をすることができなかった。ジヤーはインドでの就職が決まっており、もうすぐインドに発つ予定だった。ジヤーはダイヤモンドをオムニタワーの一室に隠していた。チャンプは部屋に入るが、そのときにマダンが押し入ってきたのだった。 マダンはチャンプにダイヤモンドを探させる。ダイヤモンドと一緒にジヤーからの手紙もあった。そこには、インドに去る飛行機の出発時間があり、最後にお別れを言いに来て欲しいと書かれていた。そこまで聞いたマダンは彼を逃がし、ダイヤモンドも渡す。空港に駆けつけたチャンプはジヤーにプロポーズをする。
題名通り、正にアンソニーが誰なのかというサスペンスが最後の最後まで引っ張られ、観客の興味を引いて止まない作品だった。危険な案件に首を突っ込んでしまったジャーナリストのアンソニーは、殺し屋から命を狙われる存在になる。そして、主人公のチャンプは、自分はアンソニーではないと言い張り、別人のIDを乗っ取ったと主張する。彼は、殺し屋のマダンに、アンソニーになるまでの経緯などを説明し、それがフラッシュバックとして映像で観客に提示される。
だが、もちろん、チャンプが語ったストーリーが真実とは限らない。何しろチャンプはパスポートなどを偽造して生計を立てていた犯罪者なのだ。自分の身を守るためにストーリーをでっち上げることは朝飯前である。賢明な観客ほど、チャンプの身の上話が全くの嘘である可能性を残しながら映画を最後まで観ることになる。それは、眼光鋭いマダンも同じことで、最後まで彼の言うことを100%信じていなかった。
それでも、マダンは恋する人間には優しかった。おそらくマダンも過去にいろいろあったのだろう。ジヤーに愛の告白をすることができなかったチャンプに、最後のチャンスを与える。しかも、彼が入手したダイヤモンドや、自分が乗ってきたフェラーリまで与える太っ腹振りだ。こういう男気のある役を演じさせたらサンジャイ・ダットの右に出る者はいない。
果たして、空港に辿り着いたチャンプは本当にジヤーと会うことになる。ここまできてようやくチャンプの話が真実だったことが分かるのである。後は、よくあるロマンス映画のラストの空港シーンだ。チャンプは今まで表現できなかった気持ちをジヤーにぶつけ、プロポーズする。
もう1点、ジヤーがチャンプを騙すという可能性も捨てきれなかった。何しろ10億ルピー分のダイヤモンドである。だが、父親が刑務所に15年間も入っている間、埋められたダイヤモンドを掘り起こそうとしなかったところを見ると、彼女はとても純粋な人間だといえる。ジヤーは全てのダイヤモンドをチャンプのために残していったし、彼のプロポーズも快く受け入れる。
「Anthony Kaun Hai?」は、全編がタイで撮影されている。タイからの映画ロケ誘致に応じたのであろう。元々タイにはインド系移民もいるし、タイはインド人にとって人気の海外旅行先になっているので、全く突拍子もない設定ではない。タイの史跡や自然を活用して撮影されていた。
非常に秀逸なストーリーではあったが、音楽とダンスが弱かった。ヒメーシュ・レーシャミヤー作曲だが、いい曲がほぼ皆無で、映画の質を下げてしまっていた。ダンスも古風なものが多かった。
「Anthony Kaun Hai?」は、アンソニーという謎の人物を巡る騒動を描いたスリラー映画である。「Munna Bhai M.B.B.S.」のサンジャイ・ダットとアルシャド・ワールスィーが再びコンビを組んでおり、息の合った掛け合いを見せる。緊張感ある中で、思わずクスッと笑ってしまうようなギャグが差し挟まれている。音楽とダンスが弱かったが、秀逸なスリラー映画である。