Tum Bin…

4.0
Tum Bin...
「Tum Bin…」

 2001年7月13日公開の「Tum Bin…(君なしには)」は、同年を代表するロマンス映画の一本だ。新人の監督が新人の俳優たちを起用して撮った低予算映画ではあったが、脚本が優れており、ヒットした。ただし、この映画の公開時には、「Lagaan」(2001年/邦題:ラガーン クリケット風雲録)と「Gadar: Ek Prem Katha」(2001年)という化け物級の映画がロングランヒットをしているところで、それらの影に隠れて埋もれてしまった感がある。2023年9月12日に鑑賞しこのレビューを書いている。

 監督はアヌバヴ・スィナー。この後、「Ra.One」(2011年/邦題:ラ・ワン)や「Thappad」(2020年)などの名作を撮るようになるスィナー監督だが、この「Tum Bin…」がデビュー作になる。音楽監督はニキル・ヴィジャイなどである。

 「Tum Bin…」では複数の俳優もデビューした。主演はプリヤーンシュ・チャタルジーとサンダリー・スィナー。サンダリーの方は伸びなかったが、プリヤーンシュは一定の活躍をする。また、助演としてヒマーンシュ・マリクが出演しているが、彼にとっても本作がデビュー作だ。他に、ラーケーシュ・バーパト、ヴィクラム・ゴーカレー、アムリター・プラカーシュ、ディーナー・パータク、マノージ・パーワー、ラージェーシュ・ケーラー、ラージェーンドラ・グプター、ナヴニート・ニシャーン、ヴラジェーシュ・ヒールジーなどが出演している。

 ムンバイー在住の実業家シェーカル・マロートラー(プリヤーンシュ・チャタルジー)は、パーティーでカナダの企業シャー・インダストリーズの社長アマル・シャー(ラーケーシュ・バーパト)と出会う。アマルはパーティーに出席した後、空港へ向かっていたが、シェーカルの運転する自動車が誤ってアマルをひいてしまう。シェーカルは逃亡し、アマルは死亡する。デメロ警部補(マノージ・パーワー)はひき逃げ犯を追うが、証拠が見つからず、事件は迷宮入り寸前になる。だが、デメロ警部補は諦めなかった。

 シェーカルは事故以来、罪の意識に苛まれていた。生前、アマルはカルガリーにピヤー(サンダリー・スィナー)という許嫁がいると話していた。シェーカルは思い切ってカナダへ飛び、アマルの家族に会う。そして、アマルの父親ギルダリー(ヴィクラム・ゴーカレー)に、自分がアマルを殺したと打ち明ける。だが、ギルダリーはアマルを失ったショックで植物人間になっていた。シェーカルは、他の遺族に打ち明ける勇気を絞り出せなかった。

 アマル亡き後、シャー・インダストリーズはピヤーが一人で支えていた。だが、シャー・インダストリーズの株は暴落し、社員も次々に辞めてしまった。シェーカルはピヤーに会いに行き、無給で働くと申し出る。シャー・インダストリーズの業績はシェーカルの手腕によってV字回復する。いつしかシェーカルはピヤーのことを愛するようになり、ピヤーもシェーカルのことを愛するようになっていた。だが、アマルを殺したという罪悪感に苛まれるシェーカルはピヤーに愛を打ち明けることができずにいた。

 シャー・インダストリーズの立て直しの一環で、シェーカルとピヤーは実業家アビギャーン(ヒマーンシュ・マリク)と出会う。アビギャーンはピヤーに一目惚れし、シャー・インダストリーズの株式を40%取得する提案をする。ピヤーはそれを受け入れようとするが、シェーカルは反対だった。この意見の対立から、二人の間に亀裂が走る。シェーカルはカナダを去ることを決意する。

 シェーカルがインドに帰ろうとしていることを知り、ピヤーは空港まで駆けつける。ピヤーはシェーカルに愛の告白をするが、シェーカルは彼女を振る。アビギャーンはピヤーと契約を交わすと同時に、彼女にプロポーズする。シェーカルに振られたピヤーはそれを受け入れ、二人は婚約する。シェーカルはやはり我慢できず飛行機を降りるが、そこへデメロ警部補がやって来て、アマルひき逃げの容疑で彼を逮捕する。

 シェーカルからこれまでの経緯を聞いたデメロ警部補は、シェーカルがピヤーに電話をすることを許す。シェーカルは電話でピヤーに、本当はピヤーを愛していること、そして自分がアマルを殺した犯人であることを打ち明ける。それを聞いたピヤーは泣き崩れ、ギルダリーに相談する。ギルダリーは突然しゃべり出し、シェーカルは誠実な男性だと言う。ただ、そのときシェーカルは交通事故に遭って病院に搬送されていた。ピヤーは病院に駆けつける。何とか命に別状はなさそうだった。アビギャーンはピヤーをシェーカルに譲る。

 今でこそアヌバヴ・スィナー監督はヒンディー語映画業界において一目置かれた映画監督だが、デビュー当時の彼の撮り方を見ていると、カメラワークが退屈だったり、編集が雑だったりして、未熟な点が散見される。ただ、それを差し引いても、「Tum Bin…」には名作と呼べるだけの要素がいくつもある。

 映画全体でもっとも工夫されている仕掛けは、冒頭で電話越しにピヤーがアマルに聞かせた詩だ。

तुम बिन जिया जाए कैसेトゥム ビン ジヤー ジャーエー カェセー
कैसे जिया जाए तुम बिनカェセー ジヤー ジャーエー トゥム ビン
सदियों से लंबी हैं रातेंサディヨーン セ ランビー ハェン ラーテーン
सदियों से लंबे हुए दिनサディヨーン セ ランベー フエー ディン
आ जाओ लौट कर तुमアー ジャーオー ラォト カル トゥム
यह दिल कह रहा हैイェ ディル ケヘ ラハー ハェ

君なしにどのように生きればいいのか
どのように生きればいいのか君なしに
数世紀のように長い夜
数世紀のように長い日
君よ、戻って来ておくれよと
この心が言っている

 この詩はピヤーがアマルのために作ったものであり、アマルしか知らないはずだった。だが、アマルをひいて、鳴り響いていた彼の携帯電話を拾ったシェーカルは、ピヤーが朗読するこの詩を聞くことになり、彼の脳裏に強烈に刻み込まれた。映画の最後、どうしてもピヤーに自分がアマル殺しの犯人であることを打ち明けられなかったシェーカルは、電話越しにこの詩をピヤーに聞かせた。それによってピヤーはシェーカルがアマルの死に関わっていたことを察知するのである。

 この詩はそのまま「Tum Bin」という挿入歌の歌詞となって、映画中で使われている。映画中に差し挟まれる歌と踊りはインド映画の最大の特徴である。この歌と踊りをストーリーの重要な転機に活用しているインド映画はポイントが高くなる。最後の盛り上がりに詩を活用した「Tum Bin…」は正にインド映画の特徴を最大限に活かした映画だ。

 「Tum Bin…」は贖罪のロマンス映画だといえる。シェーカルがアマルをひき殺してしまったのは、わざとではなかった。だが、ひき逃げは大きな罪だ。たまたま目撃者がおらず、大した証拠もなかったため、警察は犯人を捕まえられなかった。それでも罪の意識は誠実なシェーカルを悩ました。シェーカルは、アマルの家族が住むカナダを訪れ、アマルの父親ギルダリーの前で勇気を振り絞って謝罪をする。だが、ギルダリーは植物人間になっており、シェーカルの言葉を聞くことはできたが、反応をすることができなかった。アマルはそれ以上、謝罪をすることができなかった。

 代わりに彼が選んだのは、アマルの死後に倒産の危機にあったシャー・インダストリーズの立て直しである。罪滅ぼしのため、彼はアマルの許嫁ピヤーを助け、シャー・インダストリーズのために無給で働く。だが、ピヤーは魅力的な女性であり、シェーカルが彼女に惚れてしまうのも時間の問題だった。もっとも贖罪しなければならない相手と恋愛関係になってしまうことは、シェーカルにとって許しがたいことだった。シェーカルは、愛を認めることも、愛を否定することもできないという板挟み状態に陥ってしまう。このどうしようもなさが「Tum Bin…」の肝である。

 これだけだったら比較的シンプルなラブストーリーだったかもしれないが、「第三の男」となるアビギャーンの登場により、多少の複雑さが出て来る。アビギャーンがピヤーを愛していることはシェーカルの目にも明らかだった。贖罪とピヤーの幸せ、両方を同時に実現するならば、アビギャーンとピヤーの結婚を喜んで後押しすべきであった。アビギャーンは紙切れ同然になっていたシャー・インダストリーズの株式の40%を取得することも提案してくれた。ビジネスにおいてもプライベートにおいても、ピヤーにとってアビギャーンは最高の相手だった。

 だが、ピヤーを愛してしまったシェーカルにはそれが容易に認められなかった。シェーカルは取締役会でアビギャーンによる株式取得に反対し、ピヤーと仲違いして、カナダを去ることを決意する。ピヤーを愛してしまったシェーカルにとっては、エゴを出さざるを得なかったのである。シェーカルを完全無欠の主人公にしていないところが逆に現実感を生み、共感を呼ぶ結果になったと感じられる。

 プリヤーンシュ・チャタルジー、サンダリー・スィナー、ヒマーンシュ・マリク、ラーケーシュ・ボーパトと、メインキャラクター全てに新人を起用しており、これは大胆なキャスティングだ。ただ、監督も新人だったため、有名な俳優は出演してくれなかっただけかもしれない。まだ演技が固い部分もあったが、4人とも熱演していたといえる。サンダリーも決して悪い女優ではなく、この映画だけで判断するならば、売れてもおかしくない人材だ。彼女が大成しなかったのは残念なことである。

 タイトルソング「Tum Bin」も良かったが、それ以上に何度もリフレインされていたのが、ジャグジート・スィンが歌うガザル曲「Koi Fariyaad」だ。悲哀に満ちた歌詞とメロディーの曲で、映画の雰囲気にピッタリだった。名曲である。

 「Tum Bin…」は、アヌバヴ・スィナー監督のデビュー作にして、プリヤーンシュ・チャタルジーやヒマーンシュ・マリクなどの俳優たちが新人として出演している王道のロマンス映画だ。罪と愛の板挟みに遭う主人公の心情描写が素晴らしく、歌や詩もストーリーを盛り上げている。インド製ロマンス映画の代表作だ。