Don (1978)

4.5
Don
「Don」

 1978年5月12日公開の「Don」は、同年最大のヒット作になり、カルト的人気を誇る傑作アクションスリラー映画である。脚本家コンビ、サリーム=ジャーヴェード最盛期の作品であり、主演アミターブ・バッチャンの人気をさらなる高みに押し上げた。この映画の人気は、ジャーヴェード・アクタルの息子ファルハーン・アクタル監督が約30年後にシャールク・カーンを主演に起用してこの映画をリメイクし「Don」(2006年/邦題:DON 過去を消された男)を作ったことからもよく分かる。この新「Don」はシリーズ化され、「Don 2」(2011年/邦題:闇の帝王DON ベルリン強奪作戦)も作られている。

 オリジナルの「Don」のプロデューサーはナリーマン・A・イーラーニーである。元々撮影監督だったイーラーニーは「Zindagi Zindagi」(1972年)でプロデューサーに転向したが、この作品は大失敗し多額の負債を抱えることになった。起死回生のために再び彼が製作した映画が「Don」である。前述の通り「Don」は大ヒットになったが、イーラーニーは映画の完成を見る前に亡くなった。

 監督はチャンドラ・バーロート。助監督としてキャリアを積んできたが監督は本作が初だった。つまり、今でこそカルト的な人気を誇る「Don」であるが、プロデューサーも監督も大物ではなかった。音楽監督はカリヤーンジー=アーナンドジーである。

 主演はアミターブ・バッチャン。ヒロインはズィーナト・アマン。他に、プラーン、イフテカール、オーム・シヴプリー、サティエーン・カップー、Pジャイラージ、カマル・カプール、ヘレン、アルパナー・チャウダリー、マック・モーハンなどが出演している。

 サリーム=ジャーヴェードを題材にしたドキュメンタリー・シリーズ「Angry Young Men: The Salim-Javed Story」(2024年)がきっかけで、改めて「Don」を見返してみたくなり、2024年9月3日に鑑賞しこのレビューを書いている。

 ドン(アミターブ・バッチャン)はボンベイの密輸業を牛耳っていた。インターポールのRKマリク(オーム・シヴプリー)はボンベイに来訪し、ボンベイ警察のデシルヴァ警部(イフテカール)と共にドン逮捕に全力を傾ける。警察はドンの取引の現場を押さえ、逃げる彼を追う。銃弾を受けたドンはデシルヴァ警部の前で息を引き取る。ドンのみならず悪党を一網打尽にしたかったデシルヴァ警部は一計を案じ、その死を警察や世間に伏せることにした。

 デシルヴァ警部は、ドンと瓜二つな大道芸人ヴィジャイ(アミターブ・バッチャン)を知っていた。ヴィジャイは父親とはぐれた2人の子供、ディープーとムンニーを引き取り育てていた。デシルヴァ警部は、ディープーとムンニーの教育を引き受け、彼にドンの振りをする任務を与える。訓練を受けたヴィジャイは、ドンとして仲間のもとに戻ることに成功する。当初は記憶喪失を装い、生前のドンの情報を集めることにした。

 一方、ドンに兄ラメーシュを殺されたローマー(ズィーナト・アマン)は、柔道や空手を習得し、ドンに復讐するために彼の組織に潜り込んでいた。ドンが行方不明になった後も組織に残っていたが、ドンが生きていると聞き喜ぶ。だが、ドンが記憶を失っている内は殺すのを控えていた。

 ヴィジャイは、ドンが金庫に保管していた日記の存在を知る。その日記にはドンと関係のある悪人の名前や連絡先が全て記載されていた。ヴィジャイは金庫から日記を持ち出し、デシルヴァ警部に渡そうとする。だが、ドンが記憶を取り戻したと信じたローマーは密かにヴィジャイを尾行し、彼を殺そうとする。そこに現れたデシルヴァ警部はローマーに、ドンは既に死に、ドンの振りをしているのはヴィジャイであると明かす。ヴィジャイは日記をデシルヴァ警部に手渡す。

 ところで、ディープーとムンニーの父親はジャスジート、通称JJ(プラーン)という金庫破りのプロだった。ドンの右腕ナーラング(カマル・カプール)のために働いていたが、途中で悪の道から足を洗い、サーカスで軽業師として働いていた。だが、妻が病気になり、サーカスもクビになったことで金が必要になり、再びナーラングと仕事をすることになった。仕事はうまくいくが、分け前を持って病院に辿り着くとデシルヴァ警部が待っていた。JJは足を撃たれて逮捕され、妻は手遅れになって死んでしまった。その後、路頭に迷ったディープーとムンニーをヴィジャイが引き取っていたのだった。

 服役していたJJは刑期を終えて出所し、デシルヴァ警部を殺そうとする。だが、ヴィジャイから連絡を受けたデシルヴァ警部はこれからギャングたちを一網打尽にしようとしているところだった。また、デシルヴァ警部はディープーとムンニーの居所を知っていた。JJはすぐには復讐をせず、デシルヴァ警部が帰ってくるのを待つことにした。

 ドンの生存と復帰を祝い、取引相手が一堂に会していた。そこへデシルヴァ警部率いる警察が踏み込んでくる。だが、何者かにデシルヴァ警部は撃たれ、死んでしまう。他のギャングと共にヴィジャイも逮捕されてしまうが、デシルヴァ警部が死んだことで彼がドンではないことを証明できる人物がいなくなってしまう。ヴィジャイは、ドンの日記があれば自分の主張を信じてもらえると思うが、デシルヴァ警部が保管していたはずの日記は何者かに奪われていた。仕方なくヴィジャイは逃げ出し、ローマーと合流して日記を探すことにする。

 日記はJJが持っていた。JJはナーラングに日記を売ろうとし、マリクの家を訪れる。だが、マリクこそが密輸業の黒幕ヴァルダーンだった。ヴァルダーンはヴィジャイを捕まえるためにディープーとムンニーを拉致していた。マリクの家でディープーとムンニーに再会したJJは彼らを救い出す。ヴィジャイが追ってきて、JJとの間に子供を巡る戦いが始まるが、ディープーとムンニーがヴィジャイとJJに真相を教え、二人は仲間となる。

 ヴァルダーンは日記を手に入れるため100万ルピーを用意し、その金をローマーに渡して、JJと取引させることにした。JJはローマーに日記を渡し、ローマーはJJに金を渡す。そこへヴァルダーンやナーラングが現れ、二人を殺そうとする。隠れていたヴィジャイが救援に入り、乱闘が始まる。デシルヴァ警部の部下ヴァルマー警部補が駆けつけ、ギャングたちを逮捕する。日記も無事だった。これでヴィジャイの無実が証明された。

 新人監督による作品ということで荒削りな部分は少なくないが、それらを補って余りある優れたストーリーとキャラクター設定である。それらが効果的に絡み合い盛り上げているおかげで全く退屈しない。さらに、一人二役に挑戦したアミターブ・バッチャンはドンとヴィジャイをしっかり演じ分けており、それぞれの役で異なった魅力を出せていた。

 大道芸人のヴィジャイが、たまたまドンと瓜二つだったことで、警察のインフォーマーとして死んだドンに成りすまして組織に潜入することになる。「Don」のストーリーの核になるのがこの部分だ。しかし、改めて「Don」を見直してみると、そのギミックだけで全編が引っ張られているわけでもない。JJは妻の仇討ちとしてデシルヴァ警部を狙い、ローマーは兄の仇討ちとしてドンを狙う。さらに、ヴィジャイとJJはディープーとムンニーの育ての親と実の親という関係であり、これも伏線になっていた。畳みかけるように、インターポールを名乗っていたマリクは実は密輸王ヴァルダーンだったというどんでん返しまで用意されている。

 アミターブ・バッチャンも良かったが、陰の主役はJJを演じたプラーンだ。彼は1940年代から活躍するベテラン俳優であり、1970年代には脇役や悪役を熱演することで知られる、ヒンディー語映画界になくてはならない人物だった。「Zanjeer」(1973年)でもシェール・カーン役を演じ、はまっていたが、「Don」でのJJもドンを食うほどのインパクトを生みだしており、貫禄を感じる。

 ヒロインのズィーナト・アマンも、アクションシーンで軽快な動きを見せ、ヒンディー語映画界にアクションヒロインという新境地を切り拓く活躍ぶりだった。おそらくアクションシーンはスタント俳優によるものだと思われるが、それによって彼女の貢献が低くなることはない。

 盛りだくさんのストーリーを3時間弱の映画に無理矢理押し込めたため、展開は早すぎるほど早い。場面の切り替えや展開が早すぎて、まるで紙芝居を見ているかのようである。ただ、それがテンポの良さにもつながっており、決して映画全体の足を引っ張ってはいなかった。

 基本的にはギャング映画なので、歌と踊りを最小限に抑えた硬派な路線の映画にすることもできただろうが、「Don」には5曲の挿入歌が差し込まれている。それらのいくつかは蛇足にも感じる。しかし、それぞれが非常に良いのも確かだ。ストーリーの進行を妨げるほど場違いなのは「Khaike Paan Banaraswala」なのだが、一番陽気で一番踊り出したくなるのもこの曲である。「Yeh Mera Dil」や「Jiska Mujhe Tha Intezaar, Jiske Liye Dil Tha Bekaraar」の歌詞はダブルミーニングになっており、どちらも殺意を秘めた誘惑の歌になっている。

 サリーム=ジャーヴェード作品は映画史に残る名セリフが多い。「Don」でもっとも有名なセリフといえば、ドンが映画中何回か口にする以下のものである。

डॉन को पकड़ना मुश्किल ही नहीं, नामुमकिन है।ドン コ パカルナー ムシュキル ヒ ナヒーン ナームムキン ハェ
ドンを捕まえるのは難しいだけでなく不可能だ。

 「Don」は、アミターブ・バッチャンが一人二役を演じ、瓜二つの別人の入れ替わりをストーリーの核にした作品である。だが、それだけでは言い尽くせないような娯楽要素と魅力にあふれた映画だ。多少、細かいところに目をつぶる必要もあるが、一度この世界に入り込んだら、結末まで見通してしまうだろう。シャールク・カーン主演「Don」を最大限楽しむためにも、このアミターブ・バッチャン主演「Don」の前知識は欠かせない。