Yaadon Ki Baaraat

4.5
Yaadon Ki Baaraat
「Yaadon Ki Baaraat」

 今でこそインド娯楽映画は、そのさまざま娯楽要素を詰め込んだ作りから日本を含む世界中で「マサーラー映画」と呼ばれ、その起源は、映画登場前のインドで大衆に人気だったパールスィー劇場やその他の大衆舞踊劇までさかのぼって語られることが多い。だが、現代のインド娯楽映画の完成形を初めて世に提示した作品として多数の学者たちから指摘される作品はそれほど古くない。それは、1973年11月2日公開の傑作「Yaadon Ki Baaraat(思い出の婚列)」である。

 監督はナースィル・フサイン。「3 Idiots」(2009年/邦題:きっと、うまくいく)や「Dangal」(2016年/邦題:ダンガル きっと、つよくなる)で日本でも有名なアーミル・カーンの叔父である。音楽監督はRDブルマン、作詞はマジュルー・スルターンプリー。脚本はサリーム=ジャーヴェード。

 主演はダルメーンドラ。「Mera Gaon Mera Desh」(1971年)や「Seeta Aur Geeta」(1972年)などの大ヒットを受けて、当時既に押しも押されもしないスーパースターであった。ヒロインはズィーナト・アマン。1970年のミス・インディアであり、「Haré Rama Haré Krishna」(1971年)の成功によって注目の女優になっていた。

 他に、ヴィジャイ・アローラー、ターリク・カーン、ラヴィンドラ・カプール、アジート、イムティヤーズ・カーン、サティエーン・カップー、アナーミカー、アーシュー、ナスィール・カーン、ジャラール・アーガーなどが出演している。また、ランビール・カプールの母親にあたるニートゥー・スィンが端役で出演している他、アーミル・カーンが子役で出演している。

 シャンカル、ヴィジャイ、ラタンの三人兄弟は、画家の父親(ナスィール・カーン)と歌のうまい母親(アーシュー)と共に幸せに暮らしていた。母親は誕生日に「Yaadon Ki Baaraat」という歌を歌っていた。

 あるとき家に三人組が押し入り、父親と母親を殺害する。シャンカルとヴィジャイは逃げ出し、ラタンは乳母と共に身を隠した。逃亡中にシャンカルとヴィジャイも離れ離れになる。シャンカルは不良少年ウスマーンと仲良くなり、泥棒になる。ヴィジャイは、大富豪デーヴィープラサードの執事に拾われる。ラタンは乳母に育てられた。

 両親の殺害から15年後。シャンカル(ダルメーンドラ)はウスマーン(ラヴィンドラ・カプール)と共に泥棒をして生計を立てていた。彼は、両親を殺害した三人組への復讐を忘れていなかった。三人組の一人、ジャック(サティエーン・カップー)だけ逮捕され刑務所で服役していた。シャンカルはジャックから他の2人の情報も聞き出そうとして刑務所に通っていたが、看守は面会を認めなかった。シャンカルはジャックの釈放を待ち続ける。ようやく釈放されたジャックから、彼は両親を殺した犯人の特徴を聞く。

 ヴィジャイ(ヴィジャイ・アローラー)は、デーヴィープラサードの娘スニーター(ズィーナト・アマン)と恋に落ちる。だが、ヴィジャイは王子だと身分を偽っていた。スニーターと結婚するには財産が必要だと実感したヴィジャイは、ある日突然彼女の前から姿を消す。ラタン(ターリク・カーン)はミュージシャンになっており、各地でライブをして回っていた。彼はライブで必ず「Yaadon Ki Baaraat」を歌い、生き別れになった2人の兄を探していた。

 シャンカルはシャーカール(アジート)という密輸王に雇われ、仕事をするようになっていた。シャーカールはボンベイでホテルを経営しており、ヴィジャイはそのホテルで給仕として働き出す。また、ラタンは同じホテルのレストランで演奏をしていた。だが、3人ともお互いが兄弟だとは気付かなかった。あるときスニーターはレストランを訪れ、ヴィジャイと再会する。ヴィジャイの正体がスニーターにばれてしまうが、スニーターは気にしなかった。二人は仲直りする。

 シャーカールは、デーヴィープラサードの所有する宝飾品に目を付け、シャンカルにスニーター誘拐を指示する。シャンカルは命令通りスニーターをシャーカールのところに連れて行く。そのとき、シャンカルはシャーカールこそが両親の仇であることに気付く。また、ラタンが演奏した「Yaadon Ki Baarat」によって、ヴィジャイとラタンが弟であることにも気付く。シャンカルはヴィジャイの恋人スニーターを助け出し、ヴィジャイとラタンと合流しようとする。だが、その動きを察知したシャーカールに阻止され、ヴィジャイとラタンは捕まってしまう。シャーカールはシャンカルに、デーヴィープラサードの宝飾品を入手し、秘密の滑走路まで来るように命令する。シャーカールは国外に逃亡しようとしていた。

 滑走路には、自動車に乗ったスニーターが一人で現れ、宝飾品を渡そうとする。だが、隠れていたシャンカルとウスマーンがシャーカールの息子ルーペーシュ(イムティヤーズ・カーン)を人質にする。シャーカールはヴィジャイとラタンを解放するが、途中で乱闘が発生する。その混乱の中、シャーカールとルーペーシュは逃げ出す。シャーカールは線路に足を挟まれて動けなくなり、列車にひかれて死んでしまう。

 「Yaadon Ki Baaraat」には娯楽映画として優れたポイントがいくつもある。インド映画の特徴のひとつはストーリーの途中に挿入される歌と踊りだが、まず「Yaadon Ki Baaraat」はその使い方が非常にうまかった。途中で景気づけに入れられたダンスシーンもいくつかあるのだが、特に、冒頭でまず流れ、序盤で繰り返され、そして終盤の転機でリフレインされるタイトル曲「Yaadon Ki Baaraat」は、インド映画の教科書といってもいいくらいの絶妙な歌詞、絶妙なタイミングの使われ方で、素晴らしい相乗効果を生み出していた。

 また、マサーラー映画特有のストーリーラインとして、「生き別れと再会」と「復讐」がある。「Yaadon Ki Baaraat」では、両親を殺された三兄弟シャンカル、ヴィジャイ、ラタンが生き別れとなり、再会を経た後、最後に両親の仇であるシャーカールに復讐を果たす。典型的なマサーラー映画の構造になっている。しかも、兄弟の再会を演出するのが、タイトル曲「Yaadon Ki Baaraat」なのである。生き別れになった兄弟が、自分の兄や弟を探すのに手掛かりになったのがこの曲であった。三男のラタンはミュージシャンとなってあちこちでライブをし、この曲を演奏して、兄弟が聞いていないか探し回っていたのである。これが功を奏し、ラタンはシャンカルとヴィジャイを見つけることができた。この曲の冒頭の歌詞を紹介しよう。

यादों की बारात निकली है आज दिल के द्वारे
सपनों की शहनाई बीते दिनों को पुकारे दिल के द्वारे

思い出の婚列が今日心の扉から出発した
夢の笛が過ぎ去った日々を心の扉に呼んだ

 幼い日々の思い出が、まさにその思い出を喚起する歌詞とメロディーによってよみがえり、生き別れになった兄弟を結びつけたのである。涙なくしては観られないシーンだ。

 また、ヴィジャイとラタンが堅気の道に進んだのに対し、長男シャンカルは道を踏み外していたのもポイントとなる。シャンカルはヴィジャイの恋人スニーターの誘拐に加担し、命の危険にもさらされていた。シャンカルが、ヴィジャイとラタンが自分の弟たちであることに気付いたとき、彼らは目の前にいたが、シャンカルはただ涙を流すだけで声を上げ彼らを抱きしめることができなかった。なぜならそうすることでシャーカールの一味にヴィジャイとラタンが血縁であることが知れてしまい、彼らの命まで危険にさらされる可能性があったからだ。

 シャーカールに対する復讐は、シャンカルが自ら手を下すことなく果たされた。彼は線路の分岐器に足をはさまれ動けなくなる。シャンカルは彼をナイフで刺そうとするが、後ろから列車が迫っているのに気付いて、彼の死を走り来る列車に託す。血生臭い復讐で閉じず、因果応報の鉄槌に裁定を委ねるこの結末は、ギリギリ許容される非暴力主義だといえる。

 生き別れになった兄弟の再会と復讐の実現が物語の基本軸なのだが、マサーラー映画らしく、その他の要素にも十分な時間が割かれている。特に長い時間描写されるのが、ヴィジャイとスニーターの階級差恋愛である。ヴィジャイの父親はスニーターの父親の家で執事をしていた。普通ならば認められない恋愛である。スニーターに一目惚れしてしまったヴィジャイは、王子と身分を偽ってスニーターに近づく。そして次に、ガンを患って余命あとわずかだと嘘を付いて彼女の関心を引いて、最終的に彼女の心を射止める。病気の嘘は、彼女の気持ちを確認した直後に自らばらすが、本当の身分については直接明かすことができなかった。もしそれを明かしたら、それで関係が終わってしまう可能性が濃厚だったからだ。だが、意外にスニーターの父親は寛大で、スニーター自身もヴィジャイが貧しい出であることを気にしなかった。ヴィジャイとスニーターの恋愛は、どちらかといえばその後の誘拐事件につなげるためのサイドストーリーであり、「Yaadon Ki Baaraat」をロマンス映画に分類できるほど大きな要素ではなかった。それでも、二人が関係を深めていく様子はコミカルに演出され、前半のハイライトになっていた。

 他に、ズィーナト・アマンの出世作「Haré Rama Haré Krishna」の中のヒット曲「Dum Maro Dum」が使われていたり、シャーカールのアジトがいかにも悪の秘密基地といった内装だったり、はたまたセスナ機を飛ばしたり列車を走らせたりしてアクションシーンにも力が入っていたりと、マサーラー映画の定番娯楽要素には事欠かない映画であった。

 悪の道には知りながらも正義を遂行するもっともかっこいい役はダルメーンドラが演じた長男シャンカル役だったといえる。だが、意外に出番は少なかった。代わりに、もっとも目立っており、もっとも魅力的に映っていたのは、次男ヴィジャイ役を演じた、当時まだ新人に近かったヴィジャイ・アローラーであった。ズィーナト・アマン演じるヒロインのスニーター役と恋愛を繰り広げるのも、ダルメーンドラではなくヴィジャイの方だった。三男ラタン役を演じたターリク・カーンは、ナースィル・フサイン監督の甥にあたり、アーミル・カーンの従兄になる。当時新人であり、この映画の成功で注目されたが、その後俳優として大成はしなかった。

 ストーリーともっとも深く共鳴し、もっとも感動を呼ぶのはタイトル曲「Yaadon Ki Baaraat」だが、後世もっとも人々の耳に残り口ずさまれることになったのは、2つのワイングラスがぶつかる音から始まるラブソング「Chura Liya Hai Tumne Jo Dil Ko」かもしれない。ヴィジャイとの恋に落ちたスニーターの乙女心がシンプルな言葉で歌われている。歌っているのはアーシャー・ボースレーだ。

 「Yaadon Ki Baaraat」は、現代的なマサーラー映画の完成形として後世まで名を残すことになった不朽の名作である。マサーラー映画に必要なあらゆる要素がそこにあり、インド娯楽映画の教科書といってもいい作品だ。まだ幼いアーミル・カーンが子役で出演しているのもポイントが高い。必見の映画である。