
1967年8月11日公開の「Aman(平和)」は、明確な反戦・反核メッセージの込められた悲恋物語である。主人公のインド人医師が、広島・長崎の被爆者を治療するために日本を訪れる。「Love in Tokyo」(1966年)に続き、日本ロケが行われたインド映画としても注目される。
監督はモーハン・クマール。音楽はシャンカル=ジャイキシャン、作詞はハスラト・ジャイプリーとシャイレーンドラ。この作曲家と作詞家の組み合わせは「Love in Tokyo」と共通しており、日本モチーフの音楽にも共通点が感じられる。
主演はラージェーンドラ・クマールとサーイラー・バーヌー。どちらも1960年代を代表する大スターであり、二人はモーハン・クマール監督の「Ayee Milan Ki Bela」(1964年)で既に共演していた。
他に、オーム・プラカーシュ、バルラージ・サーニー、チェータン・アーナンド、チャーンド・ウスマーニーなどが出演している。若き日のナスィールッディーン・シャーとジャグジート・スィンがエキストラ出演しているのも注目される。さらに、1950年にノーベル文学賞を受賞したバートランド・ラッセルが特別出演している。
1942年、ラングーンで日本軍による爆撃があり、インドへ逃げる途中、まだ幼かったガウタム(ラージェーンドラ・クマール)は母親を失った。インドに着いた父親(バルラージ・サーニー)は弁護士として成功し、ガウタムは英国に留学して医師資格を取った。父親はガウタムの帰国を心待ちにしていたが、ガウタムは1945年に広島と長崎に原子爆弾が落とされ多くの犠牲者が出た上に、今でもその後遺症に苦しむ人々がいることを知って心を痛め、インドではなく日本で医師として働くことを決意する。
ガウタムはミチコ記念原子病病院で勤務することになった。アキラ院長(チェータン・アーナンド)はガウタムを歓迎する。ガウタムはアキラ院長の娘メーローダー(サーイラー・バーヌー)と出会い、恋に落ちるが、原爆後遺症治療のための研究も続け、ついに治療方法を確立する。この快挙は世界中で報道され、父親にも届く。また、ガウタムはメーローダーとの結婚を決める。
ところが、八島という場所で核実験が行われ、複数の漁師が被爆したとのニュースが飛び込んできて、ガウタムは危険を顧みず漁師たちを助けに向かう。ガウタムは被害者を全員船に乗せて連れ帰るが、自身は黒い雨を浴びてしまう。ガウタムは失明し、急速に衰弱していった。ガウタムはメーローダーに、別の人と結婚するように言うが、メーローダーはガウタムと結婚する。ガウタムは記者たちに平和のメッセージを伝え息を引き取る。
ガウタムの遺体はインドに運ばれ、彼を慕う人々によって盛大に迎えられる。
インドの下院では、毎年8月6日に、広島・長崎で原子爆弾の犠牲になった人々に黙祷を捧げている。インド人の多くは、原子爆弾の被害に遭った日本に対し深い同情の念を寄せてくれていると同時に、敗戦によって焼け野原になった国が戦後目覚ましい復興を遂げたことに驚異と尊敬の眼差しを向けてもくれている。インド人にとって広島は「日本」と聞いて真っ先に思い浮かべる都市であるようだ。「Love in Tokyo」では広島の原爆ドームでロケが行われていたが、「Aman」ではさらに踏み込み、被爆者を主題として、核兵器の恐ろしさを訴えかけ、反戦と平和のメッセージを広める作品に仕上がっている。
ただし、「Aman」公開時にはインドはまだ核保有国ではなかったことも念頭に置かなければならない。インドが初めて核実験を行ったのは1974年5月18日である。ただ、核開発計画自体は独立後すぐに始まっていたし、1962年の中印国境紛争での敗戦や、1964年の中華人民共和国による核実験などを受けて、インドでも核保有への機運が高まっていた。インドが本格的に核保有国に名乗りを上げたのは1998年である。以来、核保有はインドの「核心的利益」であり、その是非を疑うような論説はほとんど出て来ない。おそらく現代インドでは「Aman」のように反核のメッセージを込めた映画は作りづらくなっているのではないかと思われる。
「Love in Tokyo」では、日本を舞台としつつも登場人物はインド人ばかりであった。方やこの「Aman」では、日本人キャラは登場するのだが、それを演じているのはインド人俳優であり、しゃべる言葉も、多少の日本語は混じるものの基本的にはアラビア語・ペルシア語混じりのヒンディー語である。ヒロインのメーローダーも、日本人の名前には全く思えないし、演じているのはインド人女優のサーイラー・バーヌーで、しゃべる言葉もヒンディー語であるが、完全なる日本人という設定だ。シャーンティニケータンに留学経験があり、インド文化に詳しいということになっている。
監督をしたモーハン・クマールや脚本を書いたランジャン・ボースがどこまで原爆や後遺症のことについてリサーチをしてこの物語を構想し始めたのか分からないが、どうもいろいろなことが正確ではないように思える。たとえば、東京から約200マイル(320km)北西にあるという謎の島「八島」で突如として核実験が行われ、被爆した漁師を助けるために現地に向かったガウタムが「黒い雨」を浴びて被爆してしまうというシーンがあった。確かに広島では原爆投下後、放射能を帯びた「黒い雨」が降ったが、「Aman」の描写の仕方では、原爆の爆発や核実験などよりもその後に降る雨が人体に影響を及ぼすから雨に当たらなければ無事なのだと理解してしまう恐れがある。そもそもそんな場所でどこの国が核実験をしたのだろう。1954年の第五福竜丸を意識しているのだろうか。
反戦・反核・平和のメッセージが込められた「Aman」であるが、物語の軸になっているのはガウタムとメーローダーの恋愛である。一応ガウタムは日夜研究して原爆後遺症の治療方法を確立したことになっているが、メーローダーとの愛が育まれていく甘い時間も複数のソングシーンを交えてじっくりと描写される。「Love in Tokyo」に比べると日本語歌詞は控え目だが、「Mera Watan Japan Kitna Hasin Hai」では「愛する」や「ふるさと」という日本語が出て来る。
「Aman」で特定できた日本のランドマークは、東京国際空港(羽田空港)、東京モノレール、東京タワー、新幹線、富士五湖と富士山、鎌倉大仏殿高徳院、日光、奈良公園、金閣寺、平安神宮、そして広島平和記念資料館である。若干、「Love in Tokyo」と共通のロケーションもあるが、基本的にはわざとかぶらないようにずらしてあるように感じる。
「Aman」は、「Love in Tokyo」に引き続き日本でロケが行われたインド映画である。やはりロマンスが中心だが、広島平和記念資料館に展示されている資料も活用して、原爆の被害は爆発した瞬間のみではなく、その後も延々と続くことが示されている。死んだ方が幸せだったと思えるほど、今でも後遺症に苦しむ被爆者たちがたくさんいることがよく分かる内容で、我々日本人としては身の引き締まる思いのする作品である。こういう映画を作ってくれたインドに対して感謝しなければならない。ただし、「Love in Tokyo」と異なり、本作は興行的には失敗したため、インド社会に与えた影響は限定的だったと思われる。
