Love in Tokyo

2.5
Love in Tokyo
「Love in Tokyo」

 インドは世界でも有数の親日国として知られているが、インド人の日本に対する親近感や憧れを決定付けたヒンディー語映画がある。1966年11月18日公開の「Love in Tokyo」である。1964年の東京オリンピック後で、東京を中心に日本各地で撮影が行われ、高度経済成長期の日本の街並みを背景に、笑いありロマンスありアクションありのドタバタ劇が繰り広げられる。日本語も多く使われており、特に挿入歌「Sayonara Sayonara」は「さよなら」という日本語の挨拶をインド人の脳裏に刻み込んだ。そもそも当時のインド映画において海外ロケ自体が珍しく、その異国情緒は海外に行きたくても行けない大半の一般大衆を大いに魅了したものと思われる。興行的にも成功した。「Love in Tokyo」の影響は21世紀になってもひしひしと感じる。

 監督はプラモード・チャクラヴォルティー。脚本はサチン・ボウミク。音楽はシャンカル=ジャイキシャン、作詞はハスラト・ジャイプリーとシャイレーンドラ。

 主演はジョイ・ムカルジー。1930年代からヒンディー語映画に関わってきた名門ムカルジー家の出身で、1960年代から70年代に掛けて当代切ってのロマンスヒーローであった。ヒロインはアーシャー・パーレーク。10歳の頃から子役として映画に出演し、1960年代には飛ぶ鳥を落とす勢いだった。ジョイとアーシャーは既に「Ziddi」(1964年)などいくつかの映画で共演しており、ヒット率も高く、黄金コンビと呼ばれていた。つまり、「Love in Tokyo」は当時のトップスターが起用された作品ということで間違いない。

 他に、メヘムード、プラーン、ショーバー・コーテー、ドゥマール、ラリター・パーワル、アスィト・セーン、モーハン・チョーティー、マダン・プーリー、ウルハース、タルン・ボース、ラター・ボース、ムラードなどが出演している。

 上流階級の老婦人ガーヤトリー・デーヴィー(ラリター・パーワル)の長男は母親の意向に逆らい、日本へ行って日本人女性と結婚した。長男は死に、最近その妻も亡くなった。二人の間にはチークーという名前の子供がおり、ガーヤトリーは次男アショーク(ジョイ・ムカルジー)を日本に送ってチークーを連れて来るように言う。また、アショークの親友マヘーシュ(メヘムード)も、恋人シーラー(ショーバー・コーテー)を追って日本に渡った。

 日本に着いたアショークはチークーと会うが、チークーはインド行きを拒否し逃げ出す。脱走中にチークーは、叔父プクラージ(マダン・プーリー)から息子モーハン(モーハン・チョーティー)との結婚を強要され逃げ出したアーシャー(アーシャー・パーレーク)と会う。プクラージはアーシャーの捜索願を出しており、協力者には賞金まで用意していた。チークーとアーシャーはパートナーになり一緒に逃げる。そのままの姿では見つかってしまうため、アーシャーは男装してサルダールジーになり、チークーは女装して少女になった。

 二人はアショークに見つかる。チークーはすぐにアショークにばれるが、男装したアーシャーはなかなかばれなかった。アショークに好意を寄せていたアーシャーは、彼が自分のことを好きだと知ると、恋愛研究家を名乗って彼の恋愛に協力する。だが、アショークはサルダールジーがアーシャーであることに気付く。二人は恋仲になる。また、アショークとマヘーシュは日本で再会する。アショークはマヘーシュとシーラーの結婚に協力する。

 ガーヤトリーは、アショークを知人ジャイワント(ウルハース)の娘サリター(ラター・ボース)と結婚させようとしていた。アショークはそれを拒否し続けており、日本行きも言い訳にしていた。アショークがなかなか帰国しないことに苛立ったガーヤトリーは、ジャイワントとサリターを連れて日本にやって来る。そして、アショークが見知らぬ女性と仲良くしているのを見て激怒し、アーシャーを追い出す。ショックを受けたアーシャーは自殺しようとし、アショークがそれを止めようとする。だが、アショークはモーハンの運転する自動車に轢かれ重傷を負う。

 アショークは病院に搬送され手術を受ける。インド人の医者PCロイ(タルン・ボース)は、命に別状はないが失明するかもしれないと言う。サリターはアショークに眼球を提供することを拒否したが、アーシャーは自ら進んで眼球を提供すると主張した。結局アショークは失明せずに済んだが、アーシャーの献身を見たガーヤトリーはアーシャーをアショークの結婚相手に選ぶ。

 そのまま日本でアショークとアーシャーの結婚式が行われることになった。ところが、プクラージはチークーを誘拐して人質にし、アーシャーを脅迫する。アーシャーはチークーの命を救うためアショークとの結婚を拒否する。そこでアーシャーはモーハンと結婚することになったが、亡き父親の遺書が開封され、アーシャーはプクラージの子供であることが発覚する。プクラージはアーシャーにモーハンとの結婚を強いたことを後悔するが、モーハンはアーシャーを連れ去り、ヘリコプターに乗せる。アショークが追いすがり、モーハンをヘリコプターから落としてアーシャーを助け出す。

 「Love in Tokyo」のストーリーはお世辞にもまとまっているとはいえない。マヘーシュ役を演じた人気コメディアン俳優メヘムードが主役を食うくらい大暴れすることもあって、最初から最後まで基本的にしっちゃかめっちゃかな展開が続き、それを消化するので精いっぱいなのに、本筋である肝心のアショークとアーシャーの恋愛もかなり斜め上の方向に進んでいく。なぜかやたら欲深い人間に囲まれ彼らは引き裂かれようとするし、アーシャーがサルダールジーに変装してアショークの気持ちを確かめようとする場面も冗長で、下手なコントのようだ。アショークが日本に来た目的であるはずの甥チークーが放っておかれる時間帯も長い。突っ込み所には事欠かない映画である。

 だが、それゆえに日本ロケがこの映画の成功に貢献したことがより強調される。日本ロケがなければ十中八九、単なる失敗作として歴史の影に埋もれていたことだろう。「Love in Tokyo」は挿入歌の良さでも知られるが、それも日本をモチーフにした「Sayonara Sayonara」などがあったから際立ったのだと感じられる。日本ロケがあったからこそこの作品はインド人の脳裏に永遠に刻まれることになったのであり、それは日本人にとって、そして日印関係にとって、逆にこの映画の価値を高めている。

 とはいっても、「Love in Tokyo」では、日本を主な舞台にしながらも、ストーリーの中心にいるのはインド人ばかりであり、日本人はエキストラ程度の出番しかない。有名な日本人俳優も出演していないはずである。アショークが交通事故に遭って入院したシーンでも、彼の手術をするのは「たまたま日本にいたインド人医師」という設定であった。屋外のシーンの大半は日本で撮影されたことが確実だが、屋内のシーンは日本ロケの前後にインドで撮影されたものと思われる。そういうことを考え合わせると、どうも真の意味での日印コラボレーションとは少し違うようで、実態は単に日本でインド映画が撮影されたというだけであろう。

 あまり日本人と接点がないということもあって、日本に対する偏見や誤解のようなものは感じなかった。逆に、多くの自動車が走る道路やネオンの光る高層ビル群などに羨望の眼差しが見え隠れするし、茶道や芸者といった日本の伝統文化にも触れようと努力した様子がうかがえる。「Sayonara Saoynara」ではアーシャー・パーレークが着物を着てチョコチョコと動き回って踊るし、「もしもし」「ありがと」「さよなら」といった簡単なフレーズも積極的に使われている。また、半世紀以上の歳月が経った今では、それらイーストマンカラーで撮影されたカラフルな映像は、高度成長期の日本の風景を捉えた貴重な映像にもなっている。

 「Love in Tokyo」を掲げながらも、実はロケ地は東京だけにとどまらない。映画に登場するランドマークとしては、東京では、東京タワー、銀座歌舞伎座、上野恩賜公園、日比谷公園、東京国際空港(羽田空港)、東京モノレールなどが挙げられるが、広島県の原爆ドームや厳島神社、京都府の平安神宮、それに兵庫県の六甲髙山植物園や山口県の錦帯橋などもロケ地になっているのが確認できる。

 「Love in Tokyo」の楽曲は、ムハンマド・ラフィー、ラター・マンゲーシュカル、そしてマンナー・デーが歌っている。人気プレイバックシンガーばかりである。いい曲がそろっているが、特に何度も言及している「Sayonara Sayonara」がずば抜けて有名だ。タイトル曲である「Love in Tokyo」も、「Le Gai Dil Gudiya Japan Ki(日本人形が心を奪っていった)」という歌詞が印象的だ。そして、これらが日本モチーフの楽曲といえる。だが、日本とは全く関係ないラブソングなどにも意外にいい曲が目白押しだ。ストーリー自体はまとまっていないのだが、挿入歌がいいために満足感が高い。

 ところで、アショークがアーシャーを見初めるのは、彼女がテレビ番組に出演して踊りを踊っているのを見たときである。実はインドでテレビ放送が始まるのはこの映画の公開前後であり、テレビ自体がインドから来たばかりのアショークには珍しかったのである。他にも、アショークがエスカレーターに慣れていない様子も少しだけ映し出されていた。

 「Love in Tokyo」は、インド人の脳裏に世代を越えて親日感情や日本への憧憬を植え付けた記念碑的な作品であり、公開から半世紀以上経った今でもインド人から愛され続けている。それは日本人にとってうれしいことなのだが、冷静に鑑賞してみると、意外に完成度の低い作品だ。それでもヒットしたということは、逆に日本ロケの効果が際立つ。日本人なら、「Mera Joota Hai Japani(私の靴は日本製)」で有名な「Shree 420」(1955年)と合わせて、押さえておくべき作品だ。


Love In Tokyo (1966) - Superhit Full Hindi Movie | Joy Mukherjee, Asha Parekh, Mehmood, Pran