
1960年10月6日公開の「Chaudhvin Ka Chand」は、巨匠グル・ダットが「Kaagaz Ke Phool」(1959年)の興行的失敗の後にプロデュースしたロマンス映画であり、主演も自身が務めている。題名を直訳すると「十四夜の月」になる。日本では満月は「十五夜」というイメージがあるが、イスラーム世界では新月の夜から第1夜が始まるため、満月は第14夜になる。よって、「十四夜の月」は「満月」と同義である。
グル・ダットは「Kaagaz Ke Phool」を最後に監督業から足を洗っており、「Chaudhvin Ka Chand」の監督はMサディークに任せた。また、「Baazi」(1951年)の頃からコンビを組んできたSDブルマンとは「Kaagaz Ke Phool」をきっかけに仲違いしており、「Chaudhvin Ka Chand」の音楽監督はラヴィに替わっている。作詞はシャキール・バダーユーニー。映画はサギール・ウスマーニーのウルドゥー語短編小説「Jhalak」を原作としている。
主演グル・ダットの相手役は彼のミューズであるワヒーダー・レヘマーン。他に、レヘマーン、ジョニー・ウォーカー、ミーヌー・ムムターズ、ムムターズ・ベーガム、トゥン・トゥンなどが出演している。
舞台はラクナウー。ナワーブ・ピャーレー・ミヤーン(レヘマーン)はメーラー(縁日)でブルカーを着たジャミーラー(ワヒーダー・レヘマーン)の顔を見て一目惚れする。ピャーレーの妹リハーナーの誕生日に彼女も来ており、侍女のナスィーバン(トゥン・トゥン)に身元を調べさせるが、ナスィーバンのミスにより、異なる女性の住所をピャーレーに教えてしまう。その後もピャーレーは一目惚れした女性の正体を正確に掴めず、勘違いしたままになる。
ところで、ピャーレーの母親(ムムターズ・ベーガム)は死ぬ前にハッジ(巡礼)を夢見ていた。だが、ここのところ体調を崩しており、医者は彼女がハッジへ行くのを止めていた。そこで知己のイマーム(宗教指導者)が彼女の代わりにハッジへ行くことになる。代理のハッジでも当人に恩恵が得られた。ただ、イマームは条件としてハッジの前に結婚適齢期の娘の結婚を先にしたいと言う。母親はピャーレーにイマームの娘と結婚するように言うが、ピャーレーは一目惚れした女性のことが頭にあり、それを断る。その代わり、親友のアスラム(グル・ダット)の名前を出す。アスラムは両親を失った後、ピャーレーの母親によって我が子のように育てられてきた。彼は今では独り立ちして市場で商売をしていた。アスラムはピャーレーの家族に多大な恩義を感じていた。ピャーレーの申し出をアスラムはふたつ返事で受け入れる。こうしてアスラムとイマームの娘の結婚式が行われたが、その娘がジャミーラーだった。結婚式では花嫁は顔を隠しているため、ピャーレーにもそれが分からなかった。
ジャミーラーは満月にもたとえられるほど美しい女性で、アスラムはこのような素晴らしい女性との結婚の機会を与えてくれたピャーレーに感謝しながら幸せな結婚生活を送っていた。一方、ピャーレーは、今度はアスラムの従妹ナスィーマーを意中の人だと勘違いしていた。それを知ったアスラムはピャーレーとナスィーマーの縁談をまとめる。
あるとき、ピャーレーがアスラムの家を訪れると、ちょうどマルダーナー(男性居住区)でジャミーラーが刺繍をしており、彼に顔を見られてしまう。それでもピャーレーはジャミーラーをナスィーマーだと考えていた。その出来事を聞いたアスラムは違和感を感じ、ピャーレーに写真を見せて確かめてみる。ピャーレーはジャミーラーをナスィーマーだと考えていたことが分かり、アスラムはショックを受ける。
アスラムは、ジャミーラーへの愛よりもピャーレーへの友情や恩義を優先することにし、わざとジャミーラーから嫌われるような行動を取り始める。アスラムは花街へ行って、踊り子タミーザン(ミーヌー・ムムターズ)のところへ入り浸りになる。タミーザンは、ピャーレーとアスラムの親友ミルザー・ムサッラーディーク・シャーイダー(ジョニー・ウォーカー)の恋人でもあった。
ジャミーラーの家族はアスラムの奇行を問題視し、彼に詰め寄る。アスラムは離婚を受け入れようとするが、離婚後ジャミーラーはピャーレーと結婚するように言う。ジャミーラーが身体を張って止めたため、その話はそれ以上進まなかったが、そうこうしている内にピャーレーとナスィーマーの結婚式が近づいてきてしまった。
アスラムは、自分が死ねば結婚式は中止になると考え、最期にジャミーラーに花嫁衣装を着せる。だが、それをピャーレーが目撃し、全てを悟る。ピャーレーは式場に戻って式は中止だと叫び、部屋に閉じこもってしまう。後を追ってきたアスラムがピャーレーを呼びかけるが、ピャーレーはダイヤモンドを飲んで死んでしまう。
舞台はアワド藩王国のお膝元ラクナウーだが、時代は特定されていない。だが、アワド藩王国が英国東インド会社に併合される前、ワージド・アリー・シャーの治世となる19世紀半ばと考えていいだろう。登場人物の大半はイスラーム教徒貴族であり、特に3人の親友たちの間で、一人の美しい女性の身元に誤解があったために生まれた喜劇と悲劇を描いている。
前半と後半で雰囲気がガラリと変わる映画である。前半はほぼコメディータッチで進む。ピャーレーはメーラーで顔をチラ見した美女ジャミーラーに一目惚れするが、さまざまな行き違いがあり、別の身元の女性を追いかけてしまう。イスラーム教徒女性は公共の場でブルカーをかぶり、家の中でも男性のいる場には顔を出さないために起こった勘違いだ。片思い中だったピャーレーは母親からイマームの娘との縁談を持ちかけられるがそれを断り、代わりに親友のアスラムにイマームの娘との結婚を持ちかける。アスラムはピャーレーの親友だったばかりか、彼の家族に恩義もあり、結婚相手を確かめもせずに縁談を受け入れる。だが、皮肉にもその女性こそがピャーレーの意中の人ジャミーラーであったのだ。
観客にはこの勘違いが最初から分かっているため、アスラムとジャミーラーの結婚がいつか爆発する時限爆弾に感じられる。だが、意外にこの勘違いを長く引っ張っており、このドキドキ感は思いのほか長く続く。ピャーレーはなかなかその致命的なミスに気付かない。気付かないまま、アスラムの従妹ナスィーマーとの縁談が進んでしまう。このときにもピャーレーはナスィーマーこそがメーラーで見掛けた女性だと勘違いしていたのである。
最初に行き違いに気付いたのはアスラムだった。ピャーレーが夢中になっている女性が自分の妻であることが分かり、ショックを受ける。ここから映画の雰囲気はガラリと変わり、悲劇色が強くなっていく。アスラムの異変にジャミーラーも気付くが、アスラムは彼女にその悩みをはっきりと打ち明けなかった。代わりにたとえ話で彼女に助言を求める。「友人が探し求めていたダイヤモンドをたまたま手に入れてしまった。友人に返すべきかどうか。」ジャミーラーは無邪気に「友人に返すべき」と答える。友情のためには犠牲もやむなし。愛するジャミーラーからそう言われたアスラムは、ジャミーラーをピャーレーに戻すため最善の方策をひねりだそうと頭を悩ますようになる。
アスラムが採ったのは、わざと堕落してジャミーラーから嫌われ、離婚に持って行くという方法だった。アスラムはタワーイフのタミーザンの娼館に入り浸りになる。タミーザンはピャーレーとアスラムの親友で最近警察官になったシャーイダーの恋人であったため、アスラムがタミーザンに横恋慕してしまったとここでも勘違いが発生して多少話がこんがらがる。そして「友情のための犠牲」という話題が出て来て、シャーイダーはアスラムのためにタミーザンを諦めなければならないのかと狼狽する。その後、アスラムはピャーレーとナスィーマーの結婚を止めるため拳銃自殺しようとするが、これも「友情のための犠牲」であった。
だが、最終的に友情のために命を投げ出したのはピャーレーだった。ピャーレーはようやく意中の人が、自らがアスラムに譲ったイマームの娘ジャミーラーであることに気付き、最近のアスラムが奇妙な行動を取っていたことの理由を完全に把握する。アスラムは友情のために愛する妻を遠ざけ、命まで捧げようとしていた。勘違いに気付いた今、親友アスラムに対して同じことをしなければならなくなったのはピャーレーの方だった。
現代のインド映画ならば、ピャーレーが潔くジャミーラーとの結婚を諦めてナスィーマーとの結婚を受け入れるというエンディングもありだと思うのだが、1960年に公開された「Chaudhvin Ka Chand」では、ピャーレーの自殺でもって「友情のための犠牲」というテーマを文字通りに保持した。ダイヤモンドを飲み込んで死ぬというのはいささか唐突な自殺の方法に思えるだろう。インドに限らず世界中では、ダイヤモンドを食べると死ぬという迷信が広まっており、この「Chaudhvin Ka Chand」でもそれが踏襲された。医学的にはダイヤモンドを食べても死なないようである。
アスラムとジャミーラーの結婚後、ジャミーラーの美しさを讃える挿入歌としてタイトル曲「Chaudhvin Ka Chand」が歌われる。女性の美しさを満月や太陽にたとえる内容で、インド映画史に残る名曲中の名曲に数えられている。「Chaudhvin Ka Chand」は、「Pyaasa」(1957年)でグル・ダット監督に見出され、彼の作品でスターダムを駆け上がったワヒーダー・レヘマーンの神がかった美しさが特に際立つ作品だ。ただ、この映画の中で彼女が演じたジャミーラーは、あまり主体性がなく、非常に弱いキャラクターだった。何があっても、夫が別の女性のところへ入り浸りになっていても、ひたすら夫に尽くそうとする献身的な姿は男性観客には心地よいかもしれないが、彼女の美貌が中心の物語でありながら、彼女の行動が物語に影響を及ぼすことはほとんどない。唯一、彼女が一時的にマルダーナー(男性居住区)に座っていたことがトラブルを引き起こしたが、遅かれ早かれアスラムの妻が意中の人であることはピャーレーに知れていたのは確実であり、彼女の責任は重くない。ジャミーラーの美貌は物語の出発点であり、映画の最大の売りでもあるが、彼女自身は驚くほど空虚である。
グル・ダットの前作「Kaagaz Ke Phool」は彼の屋台骨を揺るがすほどの失敗作に終わったが、この「Chaudhvin Ka Chand」はその損失を補填しても余りあるほど大ヒットし、華麗なる復活を果たした。この映画のヒットは彼の運命のみならず、ヒンディー語映画業界全体にも及んだ。イスラーム教徒上流社会で通用していたアダー(優雅な振る舞い)とテヘズィーブ(洗練された礼儀作法)を映し出した時代劇映画はかつて盛んに作られたが、独立インドではしばらく下火になっていた。だが、1960年にはこの「Chaudhvin Ka Chand」に加えてKアースィフ監督の「Mughal-e-Azam」(1960年・2004年)の大ヒットもあり、イスラーム教文化満載の時代劇映画が再びブームになった。
「Chaudhvin Ka Chand」は、一人の美女を巡り、前半は喜劇的に、後半は悲劇的にまとめられたロマンス映画だ。ラクナウーを舞台にし、イスラーム教徒の中世的な上流社会文化の礼儀作法に焦点を当てた作品でもある。また、タイトル曲はインド映画史に残る名曲であり、女性の美を賛美する最高の曲として現代まで歌い継がれている。興行的にも大ヒットし、グル・ダットの運気を再び上昇させた。必見の映画である。
