
1958年12月26日公開の「Chalti Ka Naam Gadi」は、ヒンディー語映画史に残る傑作コメディー映画として知られている作品である。題名を直訳すれば「動くものの名前は自動車」。そのニュアンスを正確に伝えながら訳すのは難しいのだが、「自動車は動けばOK」みたいな意味で受け止めればいいだろう。主人公の三人兄弟が乗っている1921年製のポンコツ車をイメージしているのだと思われる。
監督はサティエーン・ボース。音楽はSDブルマン、作詞はマジュルー・スルターンプリー。主演はアショーク・クマール、アヌープ・クマール、キショール・クマール。この三人は俗に「ガーングリー兄弟」と呼ばれる実の兄弟で、独立前後のヒンディー語映画界を牽引したスーパースターたちだった。ヒロインはマドゥバーラー。独立直後のヒンディー語映画界に君臨した大女優で、後にキショールと結婚した。キャスト上の見どころとしては、ガーングリー兄弟が三人そろい踏みであること、そしてマドゥバーラーがヒロインを務めていることになる。ちなみに「Chalti Ka Naam Gadi」でマドゥバーラーとカップリングされたのはキショールだが、長らく彼女とスクリーン上でゴールデンコンビと見なされていたのはアショークの方である。また、キショールはこの映画のプロデューサーでもある。
他に、サーヒラー、ヴィーナー、KNスィン、モーハン・チョーティー、サッジャン、ヘレン、クックー、アスィト・セーン、SNバナルジーなどが出演している。
ブリジモーハン、通称ブリジ(アショーク・クマール)、ジャグモーハン、通称ジャッグー(アヌープ・クマール)、マンモーハン、通称マンヌー(キショール・クマール)のシャルマー三兄弟は、ボンベイで24時間営業の自動車修理ガレージを営んでいた。ブリジは10年前に恋人に振られたトラウマから、弟たちに女性との接触を禁止していた。
ある嵐の晩、マンヌーが店番をしていると、レーヌ(マドゥバーラー)という一人の女性が自動車の修理を依頼しにやって来る。マンヌーは彼女の自動車を直すが5ルピー12アーナーの工賃をもらい忘れ、ブリジから叱られる。マンヌーはレーヌがガレージに忘れて行ったハンドバッグに入っていた招待状を手掛かりにして、彼女の家までたどり着く。だが、レーヌの父親(SNバナルジー)から泥棒と間違われ追い出される。逃げ出したマンヌーは道端で、何者かが宝石商ラールチャンド(アスィト・セーン)の遺体を捨てて立ち去るのを目撃する。
レーヌの自動車は再び動かなくなり、ガレージに電話をする。まずはジャッグーが修理に向かうが直らなかった。このときジャッグーは、レーヌの親友シーラー(サーヒラー)と出会う。次にマンヌーが呼ばれ、自動車を修理する。このときまでにマンヌーとレーヌは仲良くなっていた。
一方、レーヌの父親は娘を、どこぞやの藩王国の王ハルダヤール・スィン(KNスィン)の弟プラカーシュチャンド王子(サッジャン)と結婚させようとしていた。だが、実はハルダヤールは詐欺師で、プラカーシュチャンドも実の弟ではなかった。レーヌの父親の財産を狙っていたのだった。そうとは知らないレーヌはプラカーシュチャンドとお見合いするが、彼女の心にはマンヌーがいた。レーヌはマンヌーを呼び出し、デートに誘う。だが、鈍感なマンヌーにはレーヌの気持ちが分からなかった。彼女から王子と結婚すると聞いてもマンヌーは大した反応をしなかった。怒ったレーヌはマンヌーを残して去って行ってしまう。
プラカーシュチャンドは自動車レースに出場することになっており、レーヌを誘う。このレースにはマンヌーも出場していた。そしてマンヌーはプラカーシュチャンドを追い抜いて優勝する。このときマンヌーはレーヌにプラカーシュチャンドを許嫁として紹介されるが、彼にはその顔に見覚えがあった。ラールチャンドの遺体を路上に捨てていた男だった。マンヌーとレーヌはスパイになってプラカーシュチャンドの身元を調べることにする。
プラカーシュチャンドはマンヌーとレーヌに尾行されていることに気付き、ハルダヤールの助言に従って彼らをヴァルソバの廃屋におびき出して捕縛する。この廃屋で彼らはカーミニー(ヴィーナー)と出会う。カーミニーはハルダヤールの妻だったが、ハルダヤールと結婚する前はブリジの恋人だった。過去10年間幽閉され続けてきたカーミニーは精神に異常をきたしていたが、マンヌーがブリジの弟だと知ると、正気を取り戻す。そして、カーミニーは廃屋から脱出し、ブリジに助けを求める。
ハルダヤールはレーヌの父親を呼び出し、プラカーシュチャンドとレーヌの結婚を無理やり認めさせようとする。だが、そこへブリジやジャッグーが救出に来る。ハルダヤールとプラカーシュチャンドは逮捕される。こうしてマンヌーはレーヌと結婚し、ジャッグーはシーラーと結婚し、ブリジはカーミニーと結婚することになった。
1950年代に作られたとは思えないほどハチャメチャに面白いコメディー映画だ。容易にヒンディー語映画でもっとも優れたコメディー映画に数えることができる。基本はコメディー映画だが、後に用語として成立する「マサーラー映画」に必要な要素を全て兼ね備えているといっていい。ロマンスあり、兄弟愛あり、白熱の自動車レースあり、骨肉のボクシング・ファイトあり、お口直しのムジュラーあり、あらゆる方向から観客を楽しませようとする旺盛なサービス精神がヒシヒシと感じられる。しかもSDブルマンによる挿入歌がどれもキャッチーで素晴らしい。
一説によると、俳優として、そしてプレイバックシンガーとして、既に大スターになっていたキショール・クマールは、所得税の税額を減らすため、わざと大失敗して大損害が出るような映画を作ろうとしたという。そうして作られた「Chalti Ka Naam Gadi」は皮肉なことに大ヒットしてしまい、ますます高額な所得税を支払わなくてはならなくなってしまった。それはそうとして、そういう思い切りの良さがこの映画から感じられる。とにかくキショールが兄弟を誘って本能の赴くままに好き勝手に作ったのだろう。それがうまくはまってしまい、世紀の大傑作コメディー映画が出来上がった。
やはりまず楽しくなってしまうのは、アショーク、アヌープ、キショールの三兄弟が徹頭徹尾、息の合ったコミックシーンを見せてくれることだ。おそらく彼らの間でのごく自然なやり取りなのだろうと思われるほど三人の間で繰り広げられるセリフの応酬は面白く、タイミングもバッチリである。年長者として独裁者的に振る舞うブリジ、歌って踊れるお調子者の三男マンヌー、長男と三男に挟まれて言うことがコロコロ変わる次男ジャグーと、役割分担も完璧だ。また、三人に均等に出番が振り分けられていたわけではなく、マンヌー役のキショールが主人公扱いだったが、そのおかげで軸がしっかりした映画にもなっていた。三人の会話をずっと見ていたくなるほどであった。
そしてこの映画を観てマドゥバーラーに魅了されない者はいるのだろうか。個人的にマドゥバーラーといえば不朽の名作「Mughal-e-Azam」(1960年・2004年)で彼女が演じた悲劇の美女アナールカリー役のイメージが強烈なのだが、「Chalti Ka Naam Gadi」を観て、彼女の持ち味はコメディーにあると感じた。この映画で彼女が演じたレーヌは、天真爛漫で健康的な女性であり、表情の変化も豊かで、やはりその姿をずっと見つめていたくなるほど魅力的だ。既にマドゥバーラーはこの頃には大スターであったが、そのオーラが止めどなく発せられていた。
さらに、ピンポイントで見とれてしまったのは、ムジュラー曲「Hum Tumhare Hain」でのヘレンのダンスだ。ヘレンが優れたダンサーであることは重々承知していたのだが、この曲で彼女の底力を知った。手の動きから眉毛の動きまで、完全にコントロールしている。しかもこの曲のカメラワークも絶品であり、ヘレンの踊りを引き立てていた。ヘレンと一緒にムジュラーを踊るクックーもいいダンサーではあるのだが、ヘレンと比べると格下だ。
インド映画は「ミュージカル」ではないというのが持論だが、「Chalti Ka Naam Gadi」での歌と踊りの使い方は西洋のミュージカルに近いものだった。インドならではのムジュラー曲や幻想シーンなどもあったが、基本的には登場人物同士のセリフにメロディーが乗せられており、通常のインド映画とは歌の役割が異なった。それでも、決して価値が減じるものではない。むしろ、名曲揃いであり、しかもコメディー映画の雰囲気に合わせて明るい曲が多い。それ故に後世まで好んで愛され続けている。
「Chalti Ka Naam Gadi」は、ヒンディー語映画最高のコメディー映画といっても過言ではない作品だ。1958年の作品だが、21世紀に観ても全く見劣りしない。サービス精神旺盛でさまざまな娯楽要素が詰め込まれているし、ガーングリー三兄弟の息の合ったやり取りとマドゥバーラーのはつらつとした演技にはついつい見入ってしまう。コメディー映画好きには必見の映画だ。
