2008年から2010年頃にかけて、インドの各都市ではとにかく頻繁に爆弾が爆発し、多くの死傷者が出た。当時インドでは複数のテロ組織がテロ活動を活発化させていたのだが、それら爆破事件の多くは、インディアン・ムジャーヒディーン(IM)と呼ばれる「国産」の組織が関わっているとされた。2013年8月28日、インドとネパールの国境地帯で、IMの共同創始者ヤスィーン・バトカルが逮捕された。この成果は、インドの対テロ戦争にとって最大の成功のひとつとされるが、この作戦に関わった人々に対して殺人予告が出されたため、作戦の詳細は明らかにされていない。
2019年5月24日公開の「India’s Most Wanted」は、ヤスィーン・バトカル逮捕劇をフィクションを交えて映画化した作品である。監督は「No One Killed Jessica」(2011年)や「Raid」(2018年)など、実話に基づいた映画に定評のあるラージクマール・グプター。主演はアルジュン・カプール。他に、スデーヴ・ナーイル、ラージェーシュ・シャルマー、ジーテーンドラ・シャーストリーなどが出演している。
諜報局(IB)のプラバート(アルジュン・カプール)は、ネパールのインフォーマントから、インドで数々のテロ事件を起こしてきたテロリスト、ユースフ(スデーヴ・ナーイル)の情報を受け取る。罠の可能性もあったが、プラバートは上司ラージェーシュ(ラージェーシュ・シャルマー)と交渉し、4日間だけ極秘任務に就くことを許される。プラバートは、諜報部員やビハール州警察の数人と共に、観光客に扮してネパールに入国する。 プラバートは、インフォーマントのラールージー(ジーテーンドラ・シャーストリー)とネパールで接触し、ユースフと思われる人物の情報を収集した。そして、ユースフが隠れ住んでいると思われる建物を特定する。だが、インド政府やネパール警察の全面的な協力が得られず、踏み込めずにいた。そうこうしている内に、パーキスターン側にインドの諜報員がネパール入りしたことが分かってしまう。タイムリミットが迫る中、プラバートは建物に突入し、ユースフを捕らえる。そして、パーキスターン大使館の外交官たちが駆けつける前にユースフを連れ出し、インド国境まで連行する。 プラバートたちの活躍により、インドは重大なテロを未然に防ぐことに成功した。だが、ユースフ逮捕に関わった英雄たちの身元は公表されなかった。
2011年5月1日、米軍はパーキスターンのアボッターバードに潜伏していたオサマ・ビン・ラーディンを暗殺した。この出来事を受けて、パーキスターンからの越境テロリストに悩まされるインドでも、国民の間に、同様の作戦の実行をパーキスターンに進入して実施する強い要求が生まれた。需要があれば敏感に察知してまず供給するのが映画界だ。例えば、「D-Day」(2013年)では、1993年のボンベイ連続爆破テロを起こし、現在はカラーチーに潜伏しているとされるテロリスト、ダーウード・イブラーヒームを秘密裏にインドに連れて来る架空の作戦が描かれた。また、2016年にはパーキスターン領にあるテロリストの拠点をインド軍が攻撃する「サージカル・ストライク」が実施されたが、この出来事は「Uri: The Surgical Strike」(2019年)で早くも映画化された。
「India’s Most Wanted」は、インドの諜報員や警察がネパールに観光客に扮して入国し、同国に潜伏していたテロリストを逮捕する物語である。実話に基づいてはいるが、多くはフィクションと捉えるべきであろう。だが、公表されている情報ではインドとネパールの国境地帯で逮捕されたとされるテロリストが、映画では、オサマ・ビン・ラーディンが潜んでいた建物を思わせる郊外の一軒家で拘束される様などはとてもリアルであり、もしかしたら何らかの事実が含まれているのかもしれない。
リアルさを出すため、映画の中では、2007年から2010年の間にインド各都市で実際に起こった爆破テロ事件の映像が要所要所で差し挟まれる。まずは2010年2月13日のプネー爆破テロ事件の惨状が映し出され、その後、2007年8月25日のハイダラーバード連続爆破テロ事件、2008年5月13日のジャイプル連続爆破テロ事件、2008年7月26日のアハマダーバード連続爆破テロ事件、そして2008年9月13日のデリー連続爆破テロ事件が順々に語られる。
同時に、ヒンディー語映画界のスーパースター、シャールク・カーンが米国の空港で入国審査時にテロリストの疑いを掛けられて一時的に拘束された事件にも触れられる。インド人にとって、非常に恥辱的な事件として記憶されているが、その原因は、インディアン・ムジャーヒディーンの共同創始者ヤスィーン・バトカルが偽名の一つに「シャールク・カーン」を使っていたことであった。
他国に潜入してテロリストを捕まえるという筋書きから想像するのは、ハラハラドキドキのスパイアクション映画であるが、「India’s Most Wanted」の主人公プラバートたちが行うのは、とても地味で地道な活動だ。アクションシーンらしきものもほとんど存在しない。むしろ、自分の役職にしがみつくことばかりを考え、リスクを取ってインドの国家に多大なリスクとなっているテロリストを捕まえるための果断な決断を下せないインド政府上層部の機能不全振りが批判的に描写されていた。
大袈裟に演出して派手な娯楽映画にするよりも、こういう重厚な映画作りを選んだのは、ラージクマール・グプター監督の判断だったと思うが、残念ながらあまりに地味すぎて、娯楽性が犠牲になっていた。しかも、トップシークレットの作戦の映画化ということで、どこまで実話なのか分からないので、この重厚さに意義を見出せない。いい映画だが残念な映画、という矛盾した評価を下さなければならない。
主演のアルジュン・カプールはだいぶ太ってしまっていて、スターとして黄信号が灯っている。他に有名な俳優の出演はなかったが、敢えて一人取り上げるとしたら、インフォーマントを演じたジーテーンドラ・シャーストリーは、その怪しい風貌が、どちらの味方なのか分からない不安定さを映画に加味しており、いい味を出していた。
「India’s Most Wanted」は、2013年にインド・ネパール国境地帯で逮捕されたインディアン・ムジャーヒディーンの共同創始者ヤスィーン・バトカルを巡る一連の作戦の舞台裏を映画化した作品である。だが、娯楽満載のスパイアクション映画を想像して観るとガッカリする。とても地味な映画である。興行的にも大失敗に終わっている。