2020年7月31日からDisney+ Hotstarで配信開始されたヒンディー語映画「Lootcase」は、元々劇場公開される予定だった。新型コロナウイルス感染拡大の影響で延期となり、最終的にはOTTスルーとなった作品である。題名の「Lootcase」とは、「Suitcase(スーツケース)」と「Loot(戦利品)」を掛け合わせた造語だと思われる。
監督は新人のラージェーシュ・クリシュナン。主演はクナール・ケームー。他に、ラスィカー・ドゥッガル、ヴィジャイ・ラーズ、ランヴィール・シャウリー、ガジラージ・ラーオなどが出演している。
舞台はムンバイー。印刷所で働くしがないサラリーマン、ナンダン・クマール(クナール・ケームー)はある晩、帰り道で、1億ルピーが入った赤いスーツケースを拾い、ネコババする。ナンダンは、信心深い妻ラター(ラスィカー・ドゥッガル)にはそのことは黙っていた。だが、急に羽振りがよくなったことにラターは疑問を感じていた。 そのスーツケースは、州議会議員パーティール(ガジラージ・ラーオ)が目上の政治家トリパーティーに送ったものだった。移送の仕事をギャングのオマルに依頼したのだが、途中でライバルギャングのバーラー(ヴィジャイ・ラーズ)に妨害され、警察も駆けつけたために、急場しのぎで隠したのだった。それをナンダンが見つけ、持って帰ってしまった。しかも、そのスーツケースには、トリパーティーの汚職に関する極秘資料も入っていた。パーティールに厳命されたオマルは必死にスーツケースを探すが、バーラーもスーツケースを狙っていた。また、パーティールはマーダヴ・コールテー警部補(ランヴィール・シャウリー)にもスーツケースを探させる。 コールテー警部補は、ちょっとした手掛かりからナンダンまで辿り着き、スーツケースを取り戻す。だが、そこへバーラーの部下たちが襲い掛かる。コールテー警部補は逃げ、隠れ家に身を潜める。そこにナンダンが呼ばれるが、バーラーとオマルも駆けつけ、銃撃戦となる。最終的にはコールテー警部補も双方のギャングも全滅し、ナンダンの目の前には再び大金の入ったスーツケースが残った。
偶然手にした大金のおかげで様々なトラブルに巻き込まれる筋書きの映画は珍しくない。「Lootcase」は、悪徳政治家がギャングに運ばせていた大金が、ひょんなことから小市民の主人公、ナンダンの手に渡り騒動が引き起こされるという映画で、その点では斬新さに欠けていた。
だが、「Lootcase」でユニークだったのは、映画の4分の3はナンダンがその大金をいかに大事に隠し通しているかを映し出していたことだった。彼は、妻にすら、大金を拾ったことを明かさなかった。たまたま故郷に戻っていた隣人の部屋の鍵を預かっていたため、その部屋にスーツケースを隠し、毎日一人で見に行っては悦に浸っていた。彼はそのスーツケースに「アーナンド・ペートカル」と名前まで付けて愛でていた。元々金銭的に困窮した生活を送っていたため、突然降って湧いた大金には愛おしさ百倍だった。
物語の早い段階でギャングまたは警察に見つかればスリラー映画となったのだろうが、そういう展開には敢えて持って行かず、誰かにスーツケースのことが見つからないかドキドキしながらも大金を所有する喜びを手にしたナンダンの言動を面白おかしく描く時間が長く続いた。冗長にも感じたが、早めに見つかってしまったら通り一辺倒のスリラー映画になっていたかもしれず、この映画のユニークなポイントになっていたと言える。
基本的には物語の流れを楽しむ純粋な娯楽映画だったが、ストーリーを精査すると、2つの対立する価値観がぶつかり合っていることが分かる。それは、勤勉さと幸運である。ナンダンは勤勉な人間で、職場で「最優秀労働者」も受賞するほどだった。だが、生活は困窮していた。そんな彼が突然手にした幸運。彼はそれをここぞとばかりに自分のものにする。一方、妻のラターは、信心深い人間で、罪深い稼ぎには決して手を触れようとしなかった。彼女はきちんと働いて稼いだ金のみに信を置いており、急な幸運は受け入れなかった。結局、ナンダンはそのスーツケースのせいで大変なトラブルに巻き込まれたわけで、ラターの生き方が正しかったということになる。ただし、物語の最後で、ナンダンの目の前で全てのトラブルが消え去り、大金だけが残る。そこで映画は終わっていたが、その後の展開は容易に想像できる。ナンダンは再びその大金を我が物にしたことだろう。そこまで含めて考えると、やはり幸運には果敢に手を伸ばすべきだとのメッセージを読み取ることができる。
いくつかのヒット作はあるものの二流スター止まりのクナール・ケームーは、着実に堅実な演技のできる俳優に成長してきていると感じる。「Lootcase」での彼の演技は、コンパクトにまとまっていて好感が持てた。妻ラターを演じたラスィカー・ドゥッガルも、いかにも下位中産階級の女性という雰囲気を良く醸し出せていた。
脇役陣にも個性派揃いで、特にギャングの親玉を演じたヴィジャイ・ラーズと悪徳政治家を演じたガジラージ・ラーオは絶妙だった。台詞が凝っていた上に、それを口にする俳優たちの演技も素晴らしかった。ランヴィール・シャウリーも渋い役であった。
「Lootcase」は、道端で大金を拾ってしまった一般人がトラブルに巻き込まれるタイプの映画だが、意外なことに前半は結構のんびりと進んでおり、それが冗長にも思えるが、ユニークにも映った。俳優たちの演技は絶品だった。格別に光るもののある映画ではなかったが、つまらない映画ではない。