Ankhon Dekhi

2.5
Ankhon Dekhi
「Ankhon Dekhi」

 ラジャト・カプールはインテリ層向けの映画に好んで出演する俳優で、「Mixed Doubles」(2016年)などの映画も撮っている、多彩な人物である。2014年3月21日に一般公開された「Ankhon Dekhi」は、ラジャト・カプール監督作であり、彼が出演もしている。2013年12月5日に南アジア国際映画祭で初公開された。題名の意味は、「目で見た」になる。

 主演は、曲者俳優として多数の映画に脇役出演しているサンジャイ・ミシュラー。ヒンディー語映画をよく観ている人にはお馴染みの俳優である。他に、スィーマー・パーワー、ナミト・ダース、ブリジェーンドラ・カーラー、マヌ・リシ、サウラブ・シュクラー、ランヴィール・シャウリーなどが出演している。

 オールドデリーに住むバーウージー(サンジャイ・ミシュラー)は、弟リシ(ラジャト・カプール)の家族と共に暮らしていた。バーウージーの娘リターに恋人がいることが分かり、そのアッジュー(ナミト・ダース)に会いに行くと、言われていたようなチンピラではなく純朴な青年だった。その事件をきっかけに、バーウージーは自分の目で見て自分の耳で聞いたことしか信じなくなる。そのせいで、務めていた旅行代理店を辞めることになり、バーウージーの妻プシュパー(スィーマー・パーワー)は頭を抱える。

 バーウージーのそんなエキセントリックな態度を見て、彼のことを狂人だと呼ぶ人もいれば、彼を師匠と慕う人も現れた。だが、リシはバーウージーと共に暮らすのに耐えきれなくなり、妻子を連れて別の家に引っ越してしまう。それがバーウージーを悲しませた。バーウージーはある日突然、一言も発しなくなる。

 バーウージーは、息子のシャンミーが賭博で借金を作り、その肩代わりをしたことをきっかけに言葉を発するようになる。賭博の元締めと意気投合し、賭博を始めると、バーウージーは博才を発揮する。バーウージーは胴元側で博打をするようになる。

 バーウージーはリターとアッジューの結婚を認め、結婚式が行われることになる。バーウージーは式にリシも呼ぶ。式の当日、リシは出席し、バーウージーと抱き合う。リターは婚家へ去って行く。

 バーウージーとプシュパーはバカンスに出掛け、そこで彼は飛び降り自殺をする。

 自分の目で見て自分の耳で聞いたことしか信じないと決めた男が主人公の、変わった物語だった。バーウージーは、他人から見聞きしたことをそのまま信じ込むことの危険性を痛感し、自分で体験してから全てを判断するようになる。だが、そのような生き方は現代社会で通用しなかった。彼は、旅行代理店で働いていたが、自分が行ったことのない場所へのチケットを売るのを拒否した。そんなこともあって彼は仕事を辞めざるをえなくなる。

 ただ、物語はバーウージーのその特異な誓いだけを中心に展開される訳ではない。どちらかといえば、家族や親戚の中での人間関係を中心に巡る。メインとなるのは、弟リシとの関係だ。リシとは家族共々ずっと一緒に暮らしており、ジョイントファミリーを形成していた。だが、リシはある日、妻子と共に引っ越していってしまう。それがバーウージーとリシの間でわだかまりとなって残り、お互いに話もしないようになってしまっていた。

 また、バーウージーを狂人扱いする人もいれば、いかにもインドらしいのだが、聖人扱いする人もいた。バーウージーは博打の意外な才能を発揮して博打で稼ぎ出すが、それを見て彼の弟子たちも賭博を始めたりする。

 バーウージーという常識から外れた人物を主人公にしていながら、人情味溢れるオールドデリーならではの人間ドラマが繰り広げられていた。下町の密な人間模様を映し出すのはいいのだが、主題がどこにあるのか見失ってしまっている印象も受けた。ジャンルも、ブラックコメディーなのか、家族ドラマなのか、それとも哲学を啓蒙したいのか、曖昧に感じた。

 体験を重視するバーウージーは、娘を嫁に出し、世俗の生活で抱えていた肩の荷が下りたことで、最後の体験へ向けた旅に出る。最後の体験とは、死であった。彼は、死を体験したことがなく、死について自信を持って語ることができなかった。そこで彼は、妻とのバカンス先で断崖絶壁から飛び降り、死を体験したのであった。

 いろいろな要素を詰め込み過ぎて、方向性を見失っているように感じたが、出演している俳優たちは演技に定評のある者ばかりである。主演サンジャイ・ミシュラー、スィーマー・パーワー、ラジャト・カプール、サウラブ・シュクラー、そしてカメオ出演のランヴィール・シャウリーなど、そうそうたる顔ぶれだ。普段、メインストリームの映画で脇役に徹している俳優たちが、自分たちの縄張りとばかりに生き生きとした演技をしているのは心地よかった。

 ちなみに、明言はなかったが、映画の最後でバーウージーとプシュパーが訪れたバカンス先は、マハーラーシュトラ州の避暑地マーテーラーンだと思われる。バーウージーが飛び降りた断崖絶壁の周囲に広がる光景はマハーラーシュトラ州に特有のものだ。マーテーラーンでは自動車などの交通機関の入場が禁止されており、基本的に徒歩で移動しなければならない。

 「Ankhon Dekhi」は、ラジャト・カプール監督、サンジャイ・ミシュラー主演の、通向け映画である。目で見て耳で聞いたことしか信じなくなった男を主人公にした、方向性が曖昧な作品である。プライバシーが存在しないオールドデリーの濃厚な人間模様がよく再現されているが、いまいちストーリーに入り込みにくい作品であった。