ヒンディー語映画がもっとも好んで題材として取り上げている人物は、マハートマー・ガーンディーでもサチン・テーンドゥルカルでもない。ムンバイーのアンダーワールドを牛耳るギャングスター、ダーウード・イブラーヒームである。1993年のボンベイ連続爆破テロの首謀者とされ、インドや米国から指名手配されているが、正確な居所は不明で、未だに捕まっていない。一説によるとパーキスターンのカラーチーにいるとされる。一時、ダーウードは映画界にも関わっていたため、ヒンディー語映画界は正に当事者としてダーウードを見て来たことになる。よって、彼を主題にした映画も好んで作られる訳である。
ダーウード・イブラーヒーム関連の映画は多いが、彼の妹ハスィーナー・パールカルを主人公にした伝記映画は初めてだ。2017年9月22日に公開された「Haseena Parkar」である。ハスィーナーはダーウードの実の妹であり、1980年代、ダーウードがドバイに高飛びした後もボンベイに留まり続けた。ダーウードの妹という立場を利用して地上げなどの違法な事業を行ったとされるが、有罪とされることはないまま、2014年に死去した。彼女の葬儀には2万5千人が集まったとされ、相当な力を誇っていたことがうかがわれる。
「Haseena Parkar」の監督はアプールヴァ・ラキヤー。ギャング映画に定評のある監督である。主役のハスィーナー・パールカルを演じるのはシュラッダー・カプール。2010年のデビュー以来、作品に恵まれ順調にキャリアアップしているが、女優を中心とした映画に出るのはこれが初である。完全に彼女の肩に映画の成否が掛かっている。
他には、スィッダーント・カプール、プリヤンカー・セーティヤー、アンクル・バティヤー、ダヤー・シャンカル・パーンデーイなどが出演している。
2007年、ムンバイーの地方裁判所に、ダーウード・イブラーヒーム(スィッダーント・カプール)の妹ハスィーナー・パールカル(シュラッダー・カプール)が出頭する。ハスィーナーには恐喝などの容疑が掛けられていた。検察官のローシュニー(プリヤンカー・セーティヤー)は、ハスィーナーがダーウードの代理人としてムンバイーのアンダーワールドに影響力を持っていることを証明しようとする。それに対し、ハスィーナーは生い立ちから語り出す。 ダーウードとハスィーナーの父親は巡査だった。ダーウードは兄のシャビールと共に犯罪に手を染めるようになったが、妹のハスィーナーには優しかった。ハスィーナーは、レストランを経営するイブラーヒーム(アンクル・バティヤー)と結婚し、兄弟とは離れて暮らすようになる。だが、ギャング間の抗争によりシャビールは殺され、ダーウードはドバイに高飛びせざるを得なくなる。 それでもハスィーナーは夫と共に幸せに暮らしていた。ところが、ギャング同士の抗争はハスィーナーの夫にも飛び火し、彼は殺されてしまう。また、1993年にボンベイ連続爆破テロが起こると、首謀者の妹ということで、ハスィーナーは何度も警察に出頭しなければならなくなる。次第にハスィーナーは兄と同じ道を歩むようになり、地元住民の紛争調停や地上げなどに手を染めるようになる。やがてハスィーナーは人々から慕われる存在となる。 結局、証拠不十分でハスィーナーは無罪となった。裁判所を出たハスィーナーは、早速ダーウードと連絡を取る。
シュラッダー・カプールは、基本的には溌剌とした清純派ヒロインを演じることが多い。「Haseena Parkar」の回想シーンでも、最初の方は、いかにギャングの妹と言えど、普通の女の子だった。普通に結婚をし、主婦をしながら子供を育て、幸せな家庭を築いていた。だが、夫の死とボンベイ連続爆破テロをきっかけに彼女の人生は一転し、次第に、海外に住みながらムンバイーを支配する兄の代理人として、絶大な権力を誇るようになる。転換後の彼女は、ほとんど表情を押し殺し、ドスの利いた声で噛み締めるように話す独特の演技をしており、すごみがあった。ヒンディー語映画界において女性のギャングスターが登場するのは珍しいが、「Haseena Parkar」におけるシュラッダーの演技はひとつのベンチマークとなるだろう。
物語はハスィーナーが出廷するところから始まり、基本的には法廷ドラマであった。検察と弁護士の間の論戦の中で、証人台に立ったハスィーナーが過去を回想し、それが彼女の生い立ちを追うシーンへとつながって行く。とは言っても、半分以上は兄のダーウードと関連しており、ダーウードの伝記映画的な要素も含んでいた。彼がどのようにギャングとして身を立て、ライバルとの抗争の末に海外に高飛びすることになったのかが簡潔に描かれており、ダーウードのことを知ろうと思った際にも役に立つ映画である。
法廷では、ハスィーナーがダーウードの名前を使って人々を脅しビジネスをしているかどうかが争点となる。ダーウードは、ライバルのギャングを殺し、警察から指名手配されたことで、1986年にインドを発っている。それ以来、ハスィーナーはダーウードに顔を合わせていない。また、ハスィーナーは7年生までしか教育を受けておらず、兄が動かす巨大なビジネスを助けるだけの教養がない。その辺りが、弁護側の主張の中心となっていた。そしてハスィーナーは最後に、兄がギャングだからと言って妹まで裁かれるのはおかしいと涙ながらに訴える。
その涙が影響したのかは分からないが、裁判長はハスィーナーを有罪とはせず、彼女は自由の身となる。だが、裁判所を出た瞬間、彼女は兄と連絡を取っており、ダーウードとハスィーナーのただならぬ関係が改めて暗示される、という終わり方だった。
「Haseena Parkar」は、ムンバイーのアンダーワールドを牛耳っていたギャングの親玉ダーウード・イブラーヒームの妹ハスィーナー・パールカルの伝記映画である。シュラッダー・カプールのすごみのある演技が何と言っても最大の見所だ。ダーウードの伝記映画的な性格も持ち合わせている。興行的には失敗に終わったようだが、決して悪い映画ではない。