2010年代のヒンディー語ロマンス映画を牽引した監督の一人がラヴ・ランジャンである。「Pyaar Ka Punchnama」(2010年)や「Sonu Ke Titu Ki Sweety」(2018年)などのロマンス映画をヒットさせており、業界内で信頼できる名前となっている。ラヴ・ランジャン監督が脚本を書いた物語を、同監督の映画などで編集を務めたアーキヴ・アリーが初監督した作品が「De De Pyaar De」である。2019年5月17日に公開された。
主演はアジャイ・デーヴガン。ラヴ・ランジャンの映画には今までA級のスターが登場して来なかったが、今回初めてトップスターに数えられる俳優が主演を務めている。ヒロインはタブーとラクル・プリート・スィン。他に、アーローク・ナート、クムド・ミシュラーなどが出演している。また、ジャーヴェード・ジャーファリー、ジミー・シェールギル、サニー・スィンの3人が特別出演している。題名は「くれ、くれ、愛をくれ」という意味である。
ロンドン在住、50歳のアーシーシュ(アジャイ・デーヴガン)には、インドに離婚した前妻マンジュー(タブー)と2人の子供がいた。アーシーシュは26歳のアーイシャー(ラクル・プリート・スィン)と出会い、恋に落ちる。アーイシャーは、アーシーシュと結婚する前に彼女を前妻や家族に会わせたいと考え、一緒にインドへ行く。 クッルーの実家では、アーシーシュは歓迎されなかった。特に娘のイシカーは父親を毛嫌いしていた。しかも、翌日イシカーの結婚相手が訪問して来る予定になっていた。イシカーは父親は既に死んだと恋人に伝えていたため、嘘がばれないように、アーシーシュはマンジューの兄ということにする。また、アーシーシュはアーイシャーのことを打ち明けるチャンスがなく、彼女を秘書ということにしてしまう。 翌日、イシカーの恋人リシが両親と共にやって来る。アーシーシュはイシカーの叔父として紹介される。ところが、アーシーシュが余計な口を挟んだために話がややこしくなり、しかもアーシーシュが実は父親であることもばれてしまう。リシの父親は怒って縁談を破棄し、リシと共に去って行ってしまう。イシカーや家族はアーシーシュを責めるが、マンジューは彼を擁護する。元はと言えばイシカーが父は死んだと嘘を付いたことから起こったトラブルだったからだ。アーシーシュはその晩、マンジューとベッドを共にする。 翌朝、アーシーシュとマンジューが寝たことを知ったアーイシャーは激怒する。しかも、アーシーシュとマンジューはまだ正式に離婚していなかったことも判明する。アーイシャーは怒ってロンドンに帰る。 娘の縁談が破談になってしまったことに責任を感じたアーシーシュは、リシの家まで行って許しを請う。おかげでリシの父親も気が変わり、リシとイシカーの結婚が執り行われることになる。一方、マンジューはロンドンに飛び、アーイシャーと会って、離婚届に署名をしたことを伝える。そして、イシカーの結婚式に彼女を招待する。 クッルーではリシとイシカーの結婚式が行われようとしていた。アーイシャーが来たことに驚いたアーシーシュは、マンジューに感謝する。こうしてアーシーシュとアーイシャーは結婚の相談を始めたのだった。
インドの恋愛映画にはかつて、恋愛は結婚に勝てない、という法則があった。恋愛相手と結婚予定相手が異なる場合、結婚が成立する前には恋愛相手との恋愛が勝つが、一度結婚が成立してしまうと、恋愛は結婚に勝てず、夫婦の関係が維持される。21世紀のヒンディー語映画界では、この法則を打ち破るために段階的な試行錯誤が行われて来た。現在はこの法則は完全に打破されている。
「De De Pyaar De」も、恋愛と結婚の対立が見られた好例であった。アーシーシュとアーイシャーの関係が恋愛であり、アーシーシュとマンジューの関係が結婚である。アーシーシュはマンジューと別れたと言い張っていたが、正式に離婚届を出しておらず、書類上はまだ婚姻関係が続いていた。結末でどちらが勝つか興味津々で観ていたのだが、やはり現代の映画なだけあって、恋愛の方に軍配を上げていた。しかも、妻の方が恋人に夫を譲る形になっていた。
もうひとつ特筆すべきは、年齢差のある恋愛だったことだ。アーシーシュは50歳、アーイシャーは26歳という設定だった。半分の年齢の女性、しかも自分の娘に近い年齢の女性と結婚することにアーシーシュも当初は躊躇していたが、恋に落ちてしまったら仕方がない。一度はアーイシャーを突き放したが、やはり彼女と離れることができず、結婚することになった。過去のヒンディー語映画で、年齢差のある恋愛と言うと、「Nishabd」(2007年)や「Cheeni Kum」(2007年)があった。
アーシーシュが家族にアーイシャーを紹介したとき、諸々の事情があり、彼女を秘書と紹介してしまった。だが、マンジューはアーイシャーがアーシーシュにとってどういう女性なのかを鋭く見抜いていた。マンジューは事あるごとに、年齢差やジェネレーションギャップなどの話題に触れることで、アーイシャーを婉曲的に攻撃するような発言をし、刺激する。一方のアーイシャーも受けて立ち、古い車のデメリットなどをあげつらってマンジューに対抗する。妻と現恋人の間のこの表面下でのバトルはコメディー要素満点で、映画のハイライトであった。
だが、結局、マンジューはアーシーシュとアーイシャーの関係を取り持つ。この辺りの心情の反転には、よほどしっかりした演技力のある女優を起用する必要があったが、タブーはその重責を難なくこなしていた。特に、イシカーの縁談が破談となった後に夫を擁護して大演説をするシーンは、押しも押されぬベテラン女優であるタブーにとって最大の見せ場であった。貫禄の極上演技であった。
後半になってやっと登場するタブーに映画全体を持って行かれてしまった感があったものの、アジャイ・デーヴガンも好演していた。もう一人のヒロイン、ラクル・プリート・スィンは、キャラクター設定に多少の不足を感じたが、彼女の演技に不足はなかった。
劇中、ラクシャーバンダン祭が祝われていた。これは、毎年8月頃にある兄弟と姉妹の絆を確認し合う祭りである。姉妹は兄弟にラーキーと呼ばれるミサンガのようなものを右手首に巻き、自分の守護者であることを確認する。そして、兄弟は姉妹にお小遣いや贈り物を渡す。ラーキーは、血縁のない男性に巻くこともできるが、その場合、その二人は義理の兄妹または姉弟となる。一旦ラーキーを巻いたり巻かれたりする関係になってしまうと、兄弟姉妹ということになるので、その二人は婚姻関係になる資格を失う。「De De Pyaar De」では、実の夫婦であるアーシーシュとマンジューが、嘘をごまかすためにラーキーの関係になっていたが、これは本来あってはならないことである。
後半、インドのシーンでは、ヒマーチャル・プラデーシュ州の山間の町クッルーが舞台となっていた。ロケが行われたのは、ニーララーヤ・リゾートというリゾートホテルである。
「De De Pyaar De」は、40代の妻と20代の恋人の間に挟まれた50歳の男の物語である。ロマンス映画に定評のあるラヴ・ランジャンが脚本を書いただけあって、現代の観客の感覚に合ったラブコメとなっている。タブーの演技が圧巻で、全体的に完成度が高く、興行的にも成功した。2019年の良作の一本である。