俳優の監督業進出はヒンディー語映画界では珍しくない。アヌパム・ケール、ナンディター・ダース、ヴィジャイ・ラーズなど、演技派に分類される俳優たちが監督をすることもあれば、アーミル・カーンのようなスター俳優がメガホンを取ることもある。アジャイ・デーヴガンも「U Me Aur Hum」(2008年)で監督デビューしたスター俳優だ。彼の監督第2作「Shivaay」は2016年10月28日に公開された。
主演はアジャイ・デーヴガン。ほぼ全編ブルガリアで撮影されており、キャストにも東欧系の俳優が多くキャスティングされている。インド人ヒロインは、ヒンディー語初出演のサーエシャー・サイガル。往年の名優ディリープ・クマールとサイラー・バーヌーの又姪(姪の娘)にあたる。他に、ヴィール・ダース、サウラブ・シュクラー、ギリーシュ・カルナドなどが出演している。
インドの山奥で登山ガイドをしていたシヴァーイ(アジャイ・デーヴガン)は、プルガリア人女性オルガと出会い、恋に落ちる。オルガは妊娠するが、彼女は出産すると子供を残してブルガリアに帰ってしまった。以後、シヴァーイは男手ひとつで娘のガウラーを育てる。ガウラーには、母親は死んだと言ってあった。 9歳になったガウラーは、母親がまだブルガリアで生きていることを知り、ブルガリアに母親を探しに行くと言い出す。シヴァーイも仕方なく一緒にブルガリアへ行くことになる。ところが、オルガの住所は変わっており、簡単には会えそうになかった。二人は助けを求めにインド大使館を訪れる。インド大使シャルマー(サウラブ・シュクラー)は、部下のアヌシュカー(サーエシャー・サイガル)を担当にする。 一方、シヴァーイは、ブルガリアで暗躍していた人身売買マフィアに目を付けられる。ガウラーは誘拐され、シヴァーイは大暴れをしてお尋ね者となる。だが、この騒動でオルガが現れ、娘の捜索に協力するようになる。 シヴァーイは、マフィアのボス、チャンゲーズが警察にいることを突き止める。携帯電話のタッピングにより、ガウラーの居場所が分かる。ガウラーはルーマニアに移送されていた。シヴァーイは後を追い、ガウラーを助け出す。シヴァーイはチャンゲーズと死闘を繰り広げ、最後には彼を倒す。 シヴァーイは、ガウラーがいるべき場所は母親の元だと考え、ガウラーを残してブルガリアを去ろうとする。追いかけて来たガウラーはシヴァーイと抱き合う。
10億ルピー以上の予算を掛けて作られたスケールの大きな映画だった。カーチェイスや雪山での戦いなど、アクションシーンに非常に時間とお金が費やされていたことが分かった。ただ、ストーリーは非常に単純で、ワンマンアーミーの主人公が、誘拐された娘を取り戻すために奮闘する物語である。単純なストーリーとスケールの大きな映像の組み合わせは、庶民層の好みにヒットしたようで、コレクション(国内興行収入)は10億ルピーを越えているが、費やされた予算と比べれば、もう少し稼ぎたかったところであろう。
ブルガリアは必ずしも好意的に描写されていなかった。まず、オルガのキャラが非常に弱い。確か5歳のときからインドに住み、デリー大学を卒業しているはずで、だからヒンディー語も話せるという設定だった。よって、インド人と結婚してインドに住むことにも大して抵抗がないように感じられるのだが、シヴァーイと恋に落ち、妊娠すると、堕胎してブルガリアに帰ると言い出す。そして、シヴァーイの説得に負けて子供を出産するのだが、その直後に子供を残してブルガリアに帰国してしまった。こんな酷いヒロインがいるだろうか。
冷酷なブルガリア人ヒロインに対して、インド人ヒーローはとてもエモーショナルで、家族を切望し、家族愛に飢えた存在として描かれている。あたかもヨーロッパ人に家族愛はなく、家族愛はインド人の専売特許であるかのような二項対立である。
そして、舞台がブルガリアに移ると、今度はブルガリアの人身売買に焦点が当てられる。ブルガリアは治安が悪く、子供たちが次から次へと誘拐され、臓器を抜き取られたり、ロシアに売られたりしているということがストーリーに組み込まれていた。これを観たら、誰もブルガリアに行きたくなくなるだろう。外国人がインドをテーマに映画を撮ると、必ずインドの貧困がクローズアップされ、それに対してインド人が憤慨するという構図があるが、それと全く同じことをインド人がブルガリアに対して行っているような気がした。
ブルガリアの人身売買問題はなかなか解決されていなかったのだが、一人のインド人がブルガリアの地に降り立った瞬間、急にその実態が暴かれ、解決に向かう。これも、インド人を自画自賛し過ぎである。
そもそもアジャイ・デーヴガン演じるシヴァーイは無敵のスーパーマンで、山の上から落下しても死なないし、機関銃掃射をされても弾がなかなか当たらない。こんな反則技のヒーローに目を付けられたブルガリアのマフィアたちは、運が尽きたとした言いようがない。南インド映画のリメイクではないが、南インド映画テイストの強引な展開だった。そういう意味では、南インド映画的だが南インド映画リメイクではない「Dabangg」(2010年)と似た作りの映画だと言える。
アジャイ・デーヴガン監督第2作の「Shivaay」。ストーリー部分は単純な上に突っ込み所満載だったし、冗長なシーンが多かったが、アクションシーンには力が入っており、全体として退屈しない娯楽作に仕上がっていたと言える。ブルガリア・ロケのインド映画という点でもユニークである。