今日は2004年1月23日公開の「Khakee」を観に行った。場所はノイダのセクター18にある最新シネマコンプレックス、ウェーヴ。センターステージモールに併設された映画館で、5つのスクリーンがある。その内2つがプラチナラウンジという大き目の映画館になっており、800人くらいは収容できるようになっている。
「Khakee」とは、「カーキー色」というときの「カーキー」のことである。ヒンディー語から英語に借用された語のひとつだ。インドでは警察官がカーキー色の制服を着ていることから、警察官のことを暗示している。監督はラージクマール・サントーシー。キャストはアミターブ・バッチャン、アクシャイ・クマール、アジャイ・デーヴガン、アトゥル・クルカルニー、トゥシャール・カプール、アイシュワリヤー・ラーイなど。ラーラー・ダッターがゲスト出演している。
チャンダンガルで逮捕されたテロリスト、イクバール・アンサーリー(アトゥル・クルカルニー)をムンバイーに護送するミッションを、警視副総監アナント・シュリーヴァースタヴ(アミターブ・バッチャン)が引き受けることになった。アンサーリー護送は一度失敗しており、そのときは護送中の警察官が、待ち構えていたテロリストたちに皆殺しにされ、非常に危険なミッションと言われていた。そのため、アナントをリーダーとする特別チームが結成され、シェーカル警部(アクシャイ・クマール)、アシュヴィン警部補(トゥシャール・カプール)、マートゥル、カムレーシュの5人が護送に当たることになった。敵はいったい誰なのか、何人いるのか、どれだけの戦力なのか、全く情報はなかった。 チャンダンガルに到着したアナントらは、保育園から不審人物の通報を受ける。現場に向かうと、そこはもぬけの殻だった。通報をしたマハーラクシュミー(アイシュワリヤー・ラーイ)は、テロリストに命を狙われる可能性があることと、テロリストの顔を知っていることから、アナントらと共にムンバイーへ行くことになる。 チャンダンガルを出発した護送車は、途中でテロリストの襲撃を受けるが、何とか全員無事だった。しかし護送用トラックが故障してしまったため、近くにあった屋敷で一泊することになる。そこもテロリストに襲撃され、一度アナントらは捕まるが、シェーカルらの活躍により脱出に成功する。そこでテロリストのボスの正体が分かる。その男はアングレー(アジャイ・デーヴガン)。元々警官だったが、アナントに不正を発見されて免職になった男だった。また、アンサーリーも本当はテロリストではなかったことが判明する。全ては政治家デーヴダルと、警視総監ナーイドゥの策略だった。その秘密を知ってしまったアンサーリーは、テロリストたちから命を狙われているのだった。デーヴダルとナーイドゥはアンサーリーを殺すためにアングレー率いるテロリストを送り込み、アンサーリーを救うためにアナントらを送り込むという、全く矛盾したことをしているのだった。 テロリストから逃げる途中、アンサーリーは被弾し重傷を追ってしまう。アナントらは病院へ寄ってアンサーリーの応急手術をする。カムレーシュが途中殺されてしまうものの、何とかアンサーリーをムンバイーに連れて帰ることに成功するが、そのときアンサーリーは息を引き取っていた。アナントらは、証拠がないためにデーヴダルやナーイドゥらの悪事を暴くことができなかった。 唯一の手掛かりは、デーヴダルの汚職を調べていたあるジャーナリストのファイルだった。彼がアンサーリーにデーヴダルの悪事を伝えたのだった。彼は既に殺されていたが、彼のファイルはムンバイーの郵便局の私書箱に残っていた。シェーカルとマハーラクシュミーはそれを見つけるが、やはりアングレーの襲撃を受ける。シェーカルはマハーラクシュミーにファイルを渡して逃げさせるが、マハーラクシュミーが向かった先は何とアングレーのところだった。実はマハーラクシュミーもテロリストの一味だった。マハーラクシュミーはシェーカルを撃ち殺す。 アナントとアシュヴィンはアングレーのアジトに潜入し、ファイルを奪還する。アングレーはマハーラクシュミーを盾にして身を守り、一人逃走するが、アナントも追いかけ、最後はアナントとアングレーの一騎打ちとなった。持病の発作が出て一時アナントは危機に陥るが、奇跡的パワーを発揮してアングレーを打ちのめす。アングレー、ナーイドゥ、デーヴダルは揃って法廷で裁かれる。 アングレーはアシュヴィンによって護送されていた。アングレーは自分の手錠が外れているのに気付き、脱走を試みるが、それはアシュヴィンの策略だった。アングレーはアシュヴィンによって射殺される。アシュヴィンはわざと彼を脱走させ、射殺したのだった。
犯人護送の任務や、黒幕は実は身内だったという筋は目新しいものではなかったが、いくつか特筆すべき点のある映画だった。
まず、キャスト選びは秀逸だった。娘の結婚式と自身の引退を前に、一手柄を上げておきたい事情のあるアナント警視副総監役を、アミターブ・バッチャン。アナントは警察学校で教授として人望を集めていたが、実戦での実績に乏しかった。チャンダンガルの任務は危険だったが、彼にとって千載一遇のチャンスだった。アミターブは、沈着冷静なリーダーとして、また家族に対する愛情が弱みとなっている人間として、いい演技をしていた。クライマックスの、アナントとアングレーの一騎打ちは、「まだまだ若いもんには負けん!」というアミターブの気合が入っていた。
女ったらしで収賄の常習犯であるシェーカル警部は、実生活でもプレイボーイとして名を馳せたアクシャイ・クマール。シェーカルは美しいマハーラクシュミーに一目惚れしてしまうが、愛する彼女自身に心臓を打ち抜かれるという悲しい最期を遂げる。殺伐としたストーリーの中にユーモアがあったのは、アクシャイの人懐っこい演技のおかげである。映画中のミュージカルは、ほとんどアクシャイとアイシュワリヤーのダンスで占められていた。
トゥシャール・カプールは、ハンサムでもなく演技力があるわけでもない、使いどころに困る若手男優なのだが、この映画では、ひたすら正義感の強い駆け出しの警官として、彼のキャラクターにピッタリの役を演じていたため、好感が持てた。汚職や卑劣な手段を嫌う性格として描かれているのだが、物語の最後でアングレーを罠にかけて殺したのは、彼自身の策略だった。警察として一人前になるということは、つまり少しは汚ないこともしなければならない、というメッセージなのだろうか?トゥシャールの演技というより、彼の存在が、映画を少しだけ高尚なものにしていた。
今や世界一の美女として、ボンドガールの候補にもなっているアイシュワリヤー・ラーイは、この映画では紅一点以上の役を演じていた。事件に巻き込まれた一市民マハーラクシュミーは、警察と行動を共にする内にシェーカルと恋に落ちる。しかし、実は彼女はアングレーの恋人だった。アナントたちを罠にはめていた黒幕は、警視総監のナーイドゥだけでなく、マハーラクシュミーでもあったのだ。シェーカルはテロリストたちに囲まれ、もはや逃れる道はなくなる。「何か言い残したいことはあるか?」というアングレーに、シェーカルは「ああ、まず、俺がどうやって死んだかは誰にも言わないでくれ。なぜなら、愛を信じる人が俺の死に様を知ったら、人を愛する自信を失ってしまうから。そしてもうひとつ、俺を最初に撃つのは、マハーラクシュミーにしてくれ」と答える。マハーラクシュミーは眉ひとつ動かさずにシェーカルを撃つ。しかし、マハーラクシュミーの最期も哀れなものだった。何となく、007のボンド・ガールを意識した役柄だった。
テロリストと間違われて逮捕されたイクバール・アンサーリー役は、演技力に定評のあるアトゥル・クルカルニーが演じた。アンサーリーは、死体の検死の際に虚偽の報告をするのを拒んだことと、悪徳政治家デーヴダルの悪行を知ってしまったことから事件に巻き込まれ、パーキスターン人テロリストの烙印を押されてしまう。警察に家族を殺され、逮捕尋問され、マスコミに嘘の記事を書かれ、彼は誰にも心を開けなくなっていた。真実を知ったアナントらは、彼を何としてでもムンバイーへ送り届け、真の悪人が誰かを暴こうと、権力に立ち向かうのだった。
テロリストのボス、アングレーを演じたアジャイ・デーヴガンは、本当にいい役者になったと思う。「Hum Dil De Chuke Sanam」(1999年/邦題:ミモラ)の頃のアジャイは、口下手で真面目な男役しかできないのではないかと思っていたが、「Company」(2002年)辺りからハードボイルドな役が多くなってきて、それが見事にはまるようになった。今回も、事につけてタバコを吸ったり、首を少し傾けながら話す仕草など、個性ある悪役を憎々しく演じていた。
この映画は単純なアクション映画ではなく、社会に訴えるメッセージを持っていた。特にアミターブ・バッチャンが、庶民の警察に対する怒りを代弁していた。「警察官は仕事という名の下に庶民をいじめることしかしていない。警察官の第一の目標は、正義を助け、悪を滅ぼすことだ」と述べ、政府に反抗することも厭わない態度を示す。観客からは拍手が上がっていた。
総合的に言って、ナーイドゥ警視総監が黒幕だったところまではストーリーに破綻はなかったのだが、マハーラクシュミーまでが敵だったとなると、筋に無理が出てくると思う。それでも、割と楽しめる映画なので、もし同日公開された「Aetbaar」と「Khakee」、どっちを観ようか迷ったら、迷わず「Khakee」を観ることを勧める。