2003年8月1日からデリーでは3つのヒンディー語映画が封切られた。アジャイ・デーヴガンとラーニー・ムカルジー主演の「Chori Chori」(2003年)、アクシャイ・カンナーとシルパー・シェッティー主演の「Hungama」(2003年)、そして「Oops」(2003年)である。ところが、ポスターや紹介文を見たところ、どれもお気楽なコメディー映画という雰囲気で、あまり見たい気持ちは起こらなかった。実はこの3本の他にもう1本、ヒンディー語映画が公開された。「3 Deewarein(3つの壁)」。予告編を見てけっこう楽しそうだと思ったのだが、なぜかデリーでの公開はグルガーオンにあるPVRメトロポリタン(PVRグルガーオン)のみ。普通、縮小公開される映画にロクな映画はない。デリーでは、とんでもなくつまらない映画は全く上映されないということもある。だが、予告編を見て感じた「これはいい映画だ」という自分の直感を信じ、先週に引き続いて今日もはるばるグルガーオンを訪れたのだった。
「3 Deewarein」のキャストは、ナスィールッディーン・シャー、ジャッキー・シュロフ、ナーゲーシュ・ククヌール、ジューヒー・チャーウラー、グルシャン・グローヴァーなど。ナスィールッディーン・シャーは「Monsoon Wedding」(2001年)に出ていた演技派俳優、ジャッキー・シュロフやジューヒー・チャーウラーはヒンディー語映画でお馴染みの人気俳優で、グルシャン・グローヴァーは癖のある悪役として定評のある曲者俳優である。監督のナーゲーシュ・ククヌールは「Hyderabad Blues」や「Bollywood Calling」などの傑作ヒングリッシュ映画を作っており、今回はヒンディー語映画の監督をする上に主演を兼任する。
監獄の長官モーハン(グルシャン・グローヴァー)は、「監獄は動物の檻ではなく囚人たちの家である」という哲学のもと、囚人たちに仕事をさせて金を儲けさせ、その金で監獄を運営していくという斬新な方法を試験的に実施していた。ある日、監獄にチャンドリカー(ジューヒー・チャーウラー)という女性がやって来る。監獄と囚人をテーマにしたドキュメンタリー映画を撮りたいと言う。長官は乗り気ではないものの、その実験の成果を宣伝するために彼女が監獄に出入りして囚人にインタビューすることを許した。 チャンドリカーは三人の囚人をインタビュー相手に選んだ。一人はジャッグー(ジャッキー・シュロフ)。妻を包丁で惨殺。元弁護士、無口で料理が上手く、詩を作るのが趣味。一人はナーギヤ(ナーゲーシュ・ククヌール)。妻を道路に突き落として車に轢かせて殺害。元会計士で笛を吹くのが趣味。一人はイシャーン(ナスィールッディーン・シャー)。銀行強盗をし、かつ従業員を射殺。脱獄の常習犯で口の達者な男。 ジャッグーはあまり多くを語らず、ただ死を待つばかりだと述べるのみだった。ナーギヤは無実を主張していた。彼の語るところによると、道路を渡ろうとして待っていたときに、妻が小言を言い始めた。それをイライラしながら聞いていたときに突然妻が道路に倒れ、自動車に轢かれて死んでしまったと言う。しかし報告書では彼が故意に押して殺したことになっていた。彼は次第にチャンドリカーに惹かれ、なんとかドキュメンタリー映画で自分の無実を世間に訴えて欲しいと頼む。一方、イシャーンも無実を主張する。彼は銀行強盗の常習犯だったが人を殺したことはなかった。だが、そのときはつまずいて誤って銃を放ってしまい、妊娠中だった女性従業員を射殺してしまったと語る。そして、今度も脱獄することをちらつかす。 チャンドリカーと三人の囚人の交流は、四人の人間関係を次第に緊密なものにしていく。そしてインタビューを重ねるごとにイシャーンに興味を持ったチャンドリカーは、その脱獄に手を貸すことにしたのだった。 1月26日共和国記念日。監獄でも記念式典が開かれている中、イシャーンはまんまと脱獄する。一方、ジャッグーの死刑執行の時間が迫っていた・・・。この後あっと驚く展開が待ち受けている。
普段は結末まであらすじを書くのだが、この映画の場合は書かない方がいいだろうと思い、途中で止めておいた。監獄が舞台のシリアスなヒンディー語映画で、ミュージカルシーンなど一切なし。俳優たちの演技と最後のどんでん返しが小気味よい佳作だった。こういう優れた映画がインドで作られ始めたと書くべきか、作られていたのだが、やっと一般にも公開されるようになってきたと書くべきか。最近はシネマコンプレックスがデリーのあちこちに建っているので、だんだんいろんなジャンルの映画を楽しめるようになって来たのが嬉しい。
この映画のセリフの理解度は他のヒンディー語映画に比べて低かった。メジャーなヒンディー語映画では、俳優たちがスタンダードなヒンディー語をしゃべってくれるので理解しやすい。しかしこういう写実的映画では、スラングに近いようなヒンディー語で会話が進むので、聴き取るのに苦労する。本当はこういうヒンディー語も聴き取れるようにならないといけないのだが、なかなか難しい。
題名「3つの壁」とは、どうも監獄のことのようだ。四方を壁に囲まれてはいるものの、入り口が一方にあるため、3つの壁という訳だ。3人の囚人ともかけてあるかもしれない。
「Monsoon Wedding」(2001年)を見たときにナスィールッディーン・シャーはいい俳優だと思ったが、この映画を観てさらにその感嘆は深まった。映画のスクリーンに染み込むような上手い演技をする。あまりメジャーな映画には出演しないが、彼の映画だったら観てみたいと思わせてくれる人である。ジューヒー・チャーウラーは少し違和感があった。ヒンディー語映画で彼女の姿をたくさん見すぎているため、彼女の大きく魅力的な目を見ると、今にもウインクして踊りだすんじゃないかと不安になってしまう。ジューヒー・チャーウラーはもう30を過ぎただろうか。けっこう太ったな、という印象を受けた。ジャッキー・シュロフはいつもとあまり変わらないような役柄だったが、これが地なのだろうか。ナーゲーシュ・ククヌールは監督をしながらも名演をしていた。
映画を観ていて初めて知ったのだが、インドでは共和国記念日に囚人の恩赦が行われるようだ。毎年数人の枠しかないのだが、囚人たちは皆この日を楽しみにしている。だが、囚人の中には生活が保障されている監獄で一生住みたいと思う人もいるようで、恩赦を受けた途端、いきなり殺人をして「これでまたここにいられる」とつぶやく者も映画の中にいた。
インドの監獄というともっと陰湿で閉鎖的なイメージがあるのだが、この映画では囚人たちは大部屋に雑魚寝しており、けっこう快適な生活を送っていそうだった。一応監獄の長官がリベラルな考え方をしているという設定だったのだが、実際のところはどうなのだろうか?
チケットを買うときに、チケット売り場の兄ちゃんが「いい映画だよ」と言っていた。僕もいい映画だと思った。なぜPVRグルガーオンのみで公開なのか疑問に思う。外国の映画祭にも出品されて高い評価を得ているようなので、もっと拡大公開をしてもらいたい。去年はヒングリッシュ映画と呼ばれる英語のインド映画が大隆盛したが、今年はもしかしたらヒンディー語の良質な映画がもっと登場するかもしれない。