
1996年11月15日公開の「Ghatak(致命的な)」は、「Ghayal」(1990年)や「Damini」(1993年)といった大ヒット作を送り出してきたゴールデンコンビ、ラージクマール・サントーシー監督とサニー・デーオールが再びタッグを組んで作ったアクション映画である。やはり大ヒットし、1996年最大のヒット作になった。
ヒロインはミーナークシー・シェーシャードリ。他に、ダニー・デンゾンパ、アムリーシュ・プリー、オーム・プリー、ムケーシュ・リシ、KKライナー、アンジャーン・シュリーヴァースタヴ、ティーヌー・アーナンド、ヴィージュー・コーテー、ハリーシュ・パテール、ローヒニー・ハッタンガリー、イーラー・アルン、シーラー・シャルマー、マカランド・デーシュパーンデーなどが出演している。また、アミターブ・バッチャンがカメオ出演している他、アイテムソング「Koi Aaye Toh Le Jaye」にマムター・クルカルニーとガネーシュ・アーチャーリヤがダンサーとして出演している。
悪徳実業家のカーティヤー(ダニー・デンゾンパ)は、ムンバイーの商店街ゴール・チャウクを強奪しショッピングモールを建設しようとしていた。ゴール・チャウクに商店を出す店主たちの顔役サチデーヴ(オーム・プリー)はそれに対抗しようとするが、政治家や警察を手中に収め、6人の乱暴な弟や暴徒たちを従えて恐怖政治を敷いているカーティヤーにはかなわず、白昼堂々と暗殺される。サチデーヴの妻マールティー(イーラー・アルン)は狂人になってしまった。
ゴール・チャウクで本屋を営むシヴ(KKライナー)の父親シャンブー・ナート(アムリーシュ・プリー)と弟カーシー(サニー・デーオール)はヴァーラーナスィーに住んでいた。シャンブーが喀血したため、カーシーは治療のために父親をムンバイーに連れて来て、シヴの家に滞在していた。カーシーは看護師をするガウリー(ミーナークシー・シェーシャードリ)と出会い、恋に落ちる。一方、シャンブーは咽頭癌を患い、余命数ヵ月と診断される。
カーシーはカーティヤーのギャングたちと対立関係になる。シヴはカーシーをヴァーラーナスィーに逃がそうとするが、カーティヤーがシヴと妻シーラー(シーラー・シャルマー)の息子ムンナーを誘拐したため、救出に向かう。カーシーはカーティヤーの雇っている力士を倒し仲間に誘われるが断り、ムンナーを連れ帰る。カーティヤーは部下を引き連れてシヴの家を襲撃し、カーシーを拘束して、彼の目の前でシャンブーを犬扱いする。その後、シャンブーは咽頭癌で息を引き取る。
カーシーはカーティヤーの弟の一人アンティヤーを殺し警察に逮捕される。そしてシヴはカーティヤーの弟の一人ジーナー(ムケーシュ・リシ)の運転するトラックにひかれ殺される。シヴの葬儀にカーティヤーが顔を出し、カーシーと乱闘になる。カーティヤーは、移送中のカーシーを弟に襲撃させるが失敗し、カーシーは自由の身となる。カーシーはカーティヤーの邸宅に突入しジーナーを殺すが捕らえられる。カーティヤーは彼を殺そうとするが、義弟(ハリーシュ・パテール)の助言を受け、彼をゴール・チャウクで役牛扱いして辱め殺すことにする。だが、カーシーは怪力を発揮して捕縛を破り、カーティヤーを圧倒して、彼に犬の真似をさせ、殺す。
映画の序盤ではオーム・プリー演じるサチデーヴが、権力を乱用し腕力で物事を押し通す資本家カーティヤーにたった一人で立ち向かう姿が描かれる。カーティヤーは、民衆が自力で立ち上げ発展させた繁華街ゴール・チャウクの土地を我が物にしようとしていたのだった。サチデーヴは殺され、ゴール・チャウクに商店を持つ店主たちはますます萎縮してしまうが、サチデーヴの勇気を受け継ぐ者が現れた。それが、サニー・デーオール演じる主人公カーシーであった。
カーシーという存在を分析する上で、彼の父シャンブーの位置づけが重要である。シャンブーは、マハートマー・ガーンディーと共に独立運動を戦ったフリーダムファイターであり、非暴力主義に誇りを抱いていた。シャンブーは、カーティヤーがゴール・チャウクの人々を暴力で抑圧していることを知っていたが、血気盛んなカーシーに対しては、怒りをコントロールし、暴力に頼ることなく物事を解決するように諭す。
では、カーシーが非暴力的手段でゴール・チャウクの問題を解決したかというと否である。シャンブーが癌で死に、シヴが殺されると、歯止めがなくなり、彼は暴力によってカーティヤーに立ち向かうことになる。特に終盤はアクションシーンに次ぐアクションシーンになり、もはや非暴力主義を唱える者は消え失せる。
結局、筋肉派スターのサニー・デーオールが雄叫びを上げ流血しながら戦う勇姿を中心に据えた典型的なアクション映画になっており、後から振り返ってみると、サチデーヴやシャンブーの存在は何だったのだろうと首を傾げることになる。社会的メッセージを込めた娯楽作を作ろうと企画したが、製作過程で大幅な変更があり、いつの間にか直球のアクション映画に様変わりしていたといったような裏事情が目に浮かぶ。とにかく雑な映画だった。
カーシーは実はシャンブーの実子ではない。そこに何らかの出生の秘密があり、物語の重要な伏線になっていそうだった。サチデーヴとマールティーの息子なのではないかと予想していたが、彼の両親が明かされることはなく、映画は終わる。これも肩透かしだった。
「Ghatak」は、その興行的成功と作品の質が全く釣り合っていない作品だ。ラージクマール・サントーシーは元々大味な作風の映画監督であり、それが裏目に出ていた。サニー・デーオールは、必要とあれば繊細な演技もできる俳優なのだが、今回はとにかく叫んでいるか戦っているかだった。期待はしない方がいいだろう。
