Bhoot

4.0
Bhoot
「Bhoot」

 2002年度の大ヒット作となった「Raaz」以来、ヒンディー語映画界ではホラー映画作りが流行している。2003年1月公開の「Kuchh To Hai」は失敗作に終わり、「Darna Mana Hai」(2003年)がカミングスーン状態の中、本命の「Bhoot」が2003年5月30日より公開されており、大人気を博しているようだ。これは日本に帰る前に是非見ておかなければならないと思い、今日旅行から帰って来たばかりなのにも関わらず、映画館に直行した。

 やはり「Bhoot」は大ヒットしているようで、上映時間30分前に行ってもチケットは取れなかった。そこで最終回夜10時からのチケットを買った。ホラー映画を真夜中見るという最も恐ろしい選択をしたことになる。映画館はラージパトナガルの3C’s。どうもサウンドエフェクトが相当怖いらしいので、絶対に音響のいい映画館で見なければ見た意味がないと思った。

 「Bhoot」とはズバリ「オバケ」という意味。監督はラーム・ゴーパール・ヴァルマー。「Company」(2002年)の監督や「Road」(2002年)のプロデューサーをしている、今もっとも注目されている映画監督・プロデューサーである。主演はアジャイ・デーヴガン、ウルミラー・マートーンドカル、ナーナー・パーテーカル、レーカー、ファルディーン・カーンなど、個性派俳優が揃っている。

 証券会社勤務のヴィシャール(アジャイ・デーヴガン)は妻のスワティー(ウルミラー・マートンドカル)と住むためのマンションをムンバイーで探していた。彼はとあるマンションの12階にいい物件を見つけるが、その部屋には忌まわしい過去があった。先住者のマンジートという女性がベランダから飛び降りて死んでしまったというのだ。しかし現実主義のヴィシャールはそんなことには頓着せず、その部屋に住むことに決めた。マンジートのことは妻には言わなかった。

 すぐにマンジートの死についてはスワティーの知るところとなるが、それ以来スワティーは女性の幽霊に悩まされることになる。やがてスワティーは夢遊病者のようになり、夜な夜な眠っている間に外へ歩き出すようになる。ヴィシャールは心理学者に相談するが、解決しなかった。

 その内にスワティーはヴィシャールの目の前で眠りながら歩き出し、1階にいた門番の首をひねって殺してしまう。刑事(ナーナー・パーテーカル)は事件の捜査をし、ヴィシャール一家が怪しいことに勘付く。また、それ以来スワティーは別の人間のようになって凶暴化し、手が付けられなくなる。そこでヴィシャールは霊能者(レーカー)に相談する。

 霊能者はスワティーにマンジートの霊が憑依していることに気付き、彼女の死についての真実を聞き出すことに成功する。実はマンジートは気が違って飛び降りたのでも、自殺したのでもなく、マンションの大家の息子サンジャイにベランダから突き落とされたのだった。そしてサンジャイは門番を買収して、残されたマンジートの子供すらもベランダから突き落としたのだった。ヴィシャールらはサンジャイを呼び出し、マンジートが乗り移ったスワティーと引き合わせる。サンジャイは白を切って逃げ出すが、スワティーは彼を追いかけて殺そうとする。しかし霊能者は「スワティーの身体を使って殺人をするのはやめなさい」と説得し、サンジャイに自白をさせる。するとスワティーの身体からマンジートは消え、彼女は正気を取り戻す。

 非常に怖い映画だった。インド人もやればここまで怖い映画を作ることができるんだなぁと感心したと同時に背筋が凍りっぱなし、ドキッとさせられっぱなしの2時間だった。今まで公開された「Raaz」や「Kuchh To Hai」にはミュージカル・シーンがあったり、お笑いの要素が少し入っていたりして、インド映画の定型から抜けきれておらず、ホラー映画としては失格だったのだが、この映画は観客を怖がらせることに徹底しており、一切お笑いなし、ミュージカルもなしである。

 この映画の優れた点は、まずは先述の通りインド映画の定型から抜け出せたことにある。第2の点は、カメラワークと音の使い方について、ハリウッドのホラー映画の手法がよく研究されていることにある。普通だったら何でもないようなシーンが非常に怖さを煽っている。エレベーターが昇ってくるシーン、ヴィシャールがマンションを出て行ってしまうシーン、スワティーが鏡を覗き込むシーンなどなど・・・。薄っすらと笑みを浮かべる人形がストーリーの要所要所に映し出されるところや、スワティーが夜キッチンに水を飲みに行くシーンなどはとても怖い。また、効果音もオーバーなくらいに使われており、オバケが出現するときに鳴る驚き音の他、ありとあらゆる音が恐怖を煽り立てる。

 俳優の演技も素晴らしい。アジャイ・デーヴガンは「Company」辺りでシリアスな役柄に活路を見出してからあっという間にヒンディー語映画界で一二を争う演技派男優に成長を遂げ、この映画でも存分に演技力を発揮している。だが何と言ってもウルミラー・マートンドカルの体当たり演技は、ヒンディー語映画の女優には今まであまり考えられなかったくらいのレベルだ。霊に憑りつかれてからの演技はオーバー過ぎるような気もしたが、その前の恐怖に怯えるシーンなんかは文句なく素晴らしかった。

 よくできた映画だったが、厳しい目で見れば少し足らない部分もあった。ヴィシャールらの部屋の隣に住んでいる、ずっと数珠を回し続けているお婆さんがいったい何者なのかは遂によく分からなかった。サンジャイのキャラクターについてもう少し時間を割いて説明すべきだった。心理学者の娘の死がどういう意図でストーリーに絡んで来たのか説明不足だった。マンジートの死の真相が明らかになるシーンはあっけらかん過ぎた。また、子供の幽霊もちょっと蛇足だったような気がする。だが細かい部分を気にする必要がないほど、映画館を出るときには背筋が冷たくなっているので、インド製ホラー映画としては突然変異的に大成功を収めた映画だと思った。

 それにしてもホラー映画をインド人の観客と共に見ることほど面白いことはないのではなかろうか?ビックリ・シーンの前にはあちこちから「来るぞ来るぞ」みたいな予想の声が飛び交い、「ウギャー!」となった後はみんなで「怖かった~」と大笑いしてホラー映画を遊園地的に楽しんでいる。前半は背後からワッと驚かすようなタイプの恐怖シーンが多いが、後半はウルミラーの迫真の演技と脚本で、ストーリーにグッとのめりこむような恐怖が多い。よって、後半はインド人もけっこう息を呑んで鑑賞していた。この映画はロングランするだろう。作品の完成度が高いことが一番の理由だが、映画館で見ることに価値がある映画なので、普段ケーブルTVで映画を観ている人たちを映画館に呼び込むことにも成功するだろう。また今年のインドは暑いので、ホラー映画は流行りやすいと思われる。超低予算映画なのは明らかなので(俳優の出演料は別として)、大幅黒字になる可能性も高そうだ。今年の重要な映画となるかもしれない。


https://www.youtube.com/watch?v=42d2zhCMY8M