IC 814: The Kandahar Hijack

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IC 814: The Kandahar Hijack
「IC 814: The Kandahar Hijack」

 2024年8月29日よりNetflixで配信開始されたウェブドラマ「IC 814: The Kandahar Hijack」は、1999年12月24日に発生したインディアン航空814便ハイジャック事件を忠実に再現しようとした実録モノの物語である。インディアン航空(Indian Airlines)はかつてインドに存在した国営の航空会社であり、主に国内線を担っていた。航空会社コードは「IC」だった。この便の機長を務めていたパイロット、デーヴィー・シャランの手記「Flight Into Fear: The Captain’s Story」(2000年)を原作としている。日本語字幕付きで、邦題は「IC 814: カンダハル・ハイジャック」になっている。

 監督はアヌバヴ・スィナー。日本では「Ra.One」(2011年/邦題:ラ・ワン)の監督と紹介すると通りがいいだろうが、彼の本来の持ち味は「Mulk」(2018年)、「Article 15」(2019年)、「Thappad」(2020年)などの硬派な映画だ。

 キャストは、ヴィジャイ・ヴァルマー、ナスィールッディーン・シャー、パンカジ・カプール、アルヴィンド・スワーミー、ディーヤー・ミルザー、クムド・ミシュラー、マノージ・パーワー、アーディティヤ・シュリーヴァースタヴァ、アムリター・プリー、ディビエーンドゥ・バッターチャーリヤ、プージャー・ゴール、カンワルジート・スィン、アヌパム・トリパーティー、ヤシュパール・シャルマー、スシャーント・スィン、アディティ・グプター、パトラレーカー、タージーヴ・タークル、ムアッザム・バットなど。

 全6話構成であり、基本的に事件の発生から解決までを時系列で追っている。再現映像の合間に、実際のアタル・ビハーリー・ヴァージペーイー首相やジャスワント・スィン外相などが映っている記録映像が使われ、実録感を出している。

 物語は事件発生直前から始まる。ネパールの首都カトマンズでインド大使館に勤務する、インドの諜報機関RAWエージェント、ラーム・チャンドラ・ヤーダヴ(アヌパム・トリパーティー)が、パキスタンの諜報機関ISIの動きに異変を察知し、インドに情報を送る。彼は、12月24日にカトマンズのトリブヴァン国際空港からデリーのインディラー・ガーンディー国際空港へ向かうIC814便に数名の不審者が搭乗したことにも気付き、離陸を止めようとしたが間に合わなかった。

 IC814便にはアムジャード・ファールーキー、通称ドクター(ハリー・パルマル)や、イブラーヒーム・アクタル、通称チーフ(ラージーヴ・タークル)など、計5名のテロリストが乗っており、あらかじめ機内に武器が積み込まれていた。離陸後、テロリストは飛行機をハイジャックし、機長のシャラン・デーヴ(ヴィジャイ・ヴァルマー)に、アフガーニスターンの首都カーブルに向かうように命令する。だが、IC814便は短距離用の航空機であり、カーブルまでの燃料を積んでいなかった。そこで同便はいったんアムリトサル空港に着陸し、給油をすることになる。

 ハイジャックの知らせを受けて、デリーでは外務省や内務省が対応に追われていた。ヴィジャイバーン・スィン外相(パンカジ・カプール)、ヴィナイ・カウル官房長官(ナスィールッディーン・シャー)、DRシヴァラーマクリシュナン外務次官(アルヴィンド・スワーミー)、VKアガルワールRAW局長(アーディティヤ・シュリーヴァースタヴァ)、JPコーリーIB局長(カンワルジート・スィン)、ランジャン・ミシュラーRAW次官補(クムド・ミシュラー)、ムクル・モーハンIB副次官(マノージ・パーワー)、アビジート・クマール外務官(ディビエーンドゥ・バッターチャーリヤ)、ラヴィ・シャンカル国家治安警備隊司令官(スシャーント・スィン)などが作戦に関わり、アムリトサル空港でコマンドー部隊を突入させる予定だった。

 ところが、危険を察知したチーフはデーヴ機長に離陸を命じ、給油なしで飛び立つことになる。燃料が尽きかけており、10分ほどしか飛行できず、飛行機はラホールへ向かう。当初、パーキスターンは着陸許可を出さなかったが、ギリギリで許可を出し、飛行機はラホール空港に着陸する。飛行機は給油を受け、再び飛び立つ。

 カーブルには夜間着陸のための設備がなく、IC814便はいったんドバイへ向かう。ハイジャック犯は乗客の2人に重傷を負わせており、女性や子供と共に2人の男性をドバイに降ろした。給油を受けた飛行機は再び飛び立つ。

 IC814便はカンダハール空港に着陸する。シヴァラーマクリシュナン外務次官、ミシュラーRAW次官補、モーハンIB副次官、クマール外務官はカンダハールに派遣され、ターリバーン政権のワキール・アハマド・ムッタワキル外相(ムアッザム・バット)の協力を得て、ハイジャック犯との交渉に当たる。ハイジャック犯は、身代金、殉死した仲間の遺体、そしてインド各地の刑務所に収容されているテロリストたちの釈放を要求してきた。タフネゴシエーターのモーハンIB副次官はテロリストの要求を削ろうと努力する。

 最終的に、マスード・アズハル、オマル・シェーク、ムシュターク・アハマド・ザルガルの3人の釈放が人質解放の条件に決まる。スィン外相は3人を連れてカンダハール空港へ行き、12月31日、人質の解放を実現する。

 フィクションのドラマではあるものの、IC814便の機長を務めていた人物による手記を原作としているため、テロリストにハイジャックされていた約1週間、飛行機内で何が起こったのかができるだけ忠実に再現されているものと思われる。特にコックピットでパイロットとテロリストが交わした会話は真に迫っているといえるだろう。

 「IC 814: The Kandahar Hijack」を観ると、IC814便ハイジャック事件の経過を文章で読んでもいまいち分かりにくかった部分がよく頭に入ってくる。

 たとえば、なぜカトマンズを出てハイジャックされた飛行機が、途中でアムリトサル、ラホール、ドバイを転々としてカンダハールに降り立ったのかがよく分かった。まず問題になったのは燃料であった。IC814便はエアバスA300B2-101で、これは近距離用の航空機であった。カトマンズからデリーまでの燃料しか積んでおらず、ハイジャック犯の要望に従ってカーブルに到着することはできなかった。そこで給油のためにアムリトサルに降り立った。これはインド当局にとっては好都合だった。給油に見せかけてコマンドー部隊を突入させる作戦が立案された。だが、異変を察知したハイジャック犯は機長に離陸を命じ、人質救出作戦が実行に移される前に取り逃してしまった。

 アムリトサルで給油ができなかったため、すぐに燃料切れで墜落する恐れがあった。アムリトサルのすぐ近くにあるラホールに着陸するしかなかったが、パーキスターン当局は同便の着陸を拒否していた。

 後に犯人はパーキスターン国籍であることが明らかになるが、このときにはパーキスターン政府は関与を避けていた。もしハイジャック機を受け入れてしまったら、黒幕がパーキスターンであることが国際社会に知れ渡ってしまい、印象が悪い。ただ、燃料切れで墜落されても困る。ちなみにこのとき、パーキスターンではムシャッラフ陸軍参謀総長による軍事クーデター直後で、彼が最高権力者であった。最終的に当局は着陸を許可し、ラホールで給油もしたものの、すぐに離陸を命じられた。

 そのままカーブルに向かいたいところだったが、既に日が暮れており、夜間着陸設備のないカーブルの空港に着陸は困難だった。そこでどこかで夜明けを待つことになり、ドバイが選ばれた。当時、インドはアラブ首長国連邦(UAE)とそれほど良好な外交関係を築けておらず、インド政府は手が出せなかった。ドバイでも給油を受け、再び離陸したIC814便はカーブルではなくカンダハールに向かい、着陸した後、膠着状態に陥ったのだった。

 こうして見てみると、IC814便ハイジャック事件の最初の山場はアムリトサルにあったといえる。まだインド領内であり、飛行機がアムリトサル空港で待機していた間に何か行動を起こすことができていたら、これほど大きな事件にはならなかっただろう。「IC 814: The Kandahar Hijack」で指摘されていたのは、決定権を持つ人間が、失敗したときの責任を取らされるのを恐れて、救出作戦になかなかゴーサインが出せなかったことだ。そうこうしている内に飛行機は離陸してしまい、絶好のチャンスを失ってしまった。

 そもそも、RAWやIBといった諜報機関が互いに連携を取っていれば、未然にハイジャック事件を防げたかもしれない。RAWは国外の諜報を担当する一方、IBは国内の諜報を管轄しているのだが、両機関は犬猿の仲だといわれている。各機関が独自に入手した情報をライバル意識から互いに隠し合っていたため、テロへの警戒が疎かになってしまった。インドが抱えるセキュリティー上の大きな弱点を鋭く指摘している。

 また、誰がこのハイジャック事件を計画したのかについても踏み込んでいる。結論からいえば、アルカーイダのオサマ・ビン・ラーディンがISIと共謀して実施したことになっていた。ラーディンはこのときカンダハールにかくまわれていたが、ターリバーン政権の最高指導者であるムハンマド・オマルとの関係は必ずしもうまく行っていなかったという。よって、ターリバーン政権もハイジャック犯の肩を持つことはせず、インドとバランスを取りながら事件の解決に協力してくれた。この事件がきっかけで、インドはパーキスターン対策のためにもアフガーニスターン政府と積極的に関係構築に乗り出すことになる。

 ハイジャック事件で人質と引き換えに釈放された3人のテロリストは、マスード・アズハル、オマル・シェーク、そしてムシュターク・アハマド・ザルガルであった。この中で後にインドにとって特に脅威となったのはマスードだ。彼はパーキスターン出身のテロリストで、釈放後にパーキスターンに戻り、カシュミール分離を目的とする過激派武装組織ジャイシェ・ムハンマド(JeM)を創設した。JeMは2001年のデリー国会襲撃事件、2016年のウリー襲撃事件、2019年のプルワーマー襲撃事件などのテロ事件を起こし、インドを揺さぶり続けている。

 「IC 814: The Kandahar Hijack」でもっとも優れているのは、ハイジャックされた飛行機のコックピットで機長がハイジャック犯と交渉するやり取りの場面だ。実際に事件を経験した機長の手記を原作としているだけあって、緊迫感ある描写がなされている。それ以外にも客席の様子、政府内の会議、人質の家族、そしてジャーナリストの動きなどが同時並行的に描かれるが、こちらの方は通り一遍の域を出ていなかったように感じた。特に飛行機がカンダハールに着陸してからは、機長の出番が減ったこともあって、急に緊迫感が薄れてしまった。それでも、事件の様子を手っ取り早く知りたかったら一見に値する作品になっている。