インド映画の基本はロマンスであり、ロマンス映画の自然な帰結は結婚となる。よって、最後に用意された結婚式シーンに向けて紆余曲折を経ながら進むタイプのロマンス映画はインドに数多くある。時々、インド映画は似たような筋書きの物語を繰り返し作っているというような批判がされ、結婚をゴールとしたロマンス映画はその最たるものなのだが、そのような映画にしても様々なバリエーションが生まれており、どういう展開になるのか読めないことは多い。2017年3月10日公開のヒンディー語映画「Badrinath Ki Dulhania(バドリーナートの花嫁)」も、結婚をテーマにした一見オーソドックスな映画ながら、ユニークな作りとなっている。
監督はシャシャーンク・ケーターン。前にヴァルン・ダワンとアーリヤー・バットを主演に「Humpty Sharma Ki Dulhania」(2014年)を撮っている。「Badrinath Ki Dulhania」についても主演は同じで、一見すると続編のようにも見えるが、ストーリー上の関連性は全くない。他に、リトゥラージ・スィン、ヤシュ・スィナー、シュエーター・バス・プラサード、スワーナンド・キルキレー、カヌプリヤー・パンディト、サーヒル・ヴァイド、スクマニー・ラーンバー、アパールシャクティ・クラーナー、ラージェーンドラ・セーティー、アーカーンクシャー・スィン、ガウハル・カーンなどが出演している。
ジャーンスィーの名士アンバルナート・バンサル(リトゥラージ・スィン)の息子バドリーナート(ヴァルン・ダワン)は、友人の結婚式に出席するためコーターに行ったとき、ヴァイデーヒー(アーリヤー・バット)と出会う。バドリーナートの家は非常に保守的であり、恋愛結婚は認められそうになかった。現に兄のアーロークナート(ヤシュ・スィナー)は恋人がいたにもかかわらず、お見合い結婚をしていた。そこでバドリーナートは、結婚斡旋業を営む親友ソームデーヴ(サーヒル・ヴァイド)に頼み、お見合い結婚という形でヴァイデーヒーを家族に紹介してもらう。 ヴァイデーヒーは、過去に恋人に騙されて大金を騙し取られていた。また、姉のクリティカー(スクマニー・ラーンバー)が未婚であった。そこで、ヴァイデーヒーはクリティカーの結婚相手をまずは探すようにバドリーナートに頼む。バドリーナートは、世界中で宗教歌を歌う一家の息子ブーシャン(アパールシャクティ・クラーナー)を紹介し、クリティカーと気が合う。ブーシャンの父親は多額の持参金を要求したが、バドリーナートが援助をし、ブーシャンとクリティカーの結婚が決まった。同時にバドリーナートとヴァイデーヒーの結婚も行われるはずであった。 ところが、ヴァイデーヒーの夢は客室乗務員になることだった。結婚式当日、ヴァイデーヒーは内緒で脱走し、ムンバイーの専門学校に入る。裏切られたバドリーナートは、父親からヴァイデーヒーの拉致を厳命され、ムンバイーを訪れる。ヴァイデーヒーは既にシンガポールに移っていた。そこでバドリーナートとソームデーヴはシンガポールへ飛ぶ。
インド映画業界は長らく恋愛結婚を推進して来たと言える。恋愛を成立させなければロマンス映画が作れなくなってしまうので、仕方ないところもあった。だが、両家の両親が縁談をまとめるアレンジドマリッジが必ずしも悪かというと、そういう訳でもなく、アレンジドマリッジの見直しも同時並行的に進んでいるのを感じる。もっとも早い例はイムティヤーズ・アリー監督の「Socha Na Tha」(2005年)だったと記憶しているが、もしかしたらさらに早い例もあるかもしれない。端的に言えば、アレンジドマリッジによって出会った男女が運命を感じて、やがて恋仲になる、という展開である。「Badrinath Ki Dulhania」の前半では、恋愛をアレンジドマリッジという形で成就しようとする主人公の努力が中心的な話題となっている。
だが、「Badrinath Ki Dulhania」の主題は、鑑賞している内に次第に明らかとなっていく。それは、インドの女性問題である。持参金の話から始まり、女児よりも男児を尊ぶ風潮、結婚後の女性がキャリアを諦めざるを得なくなる状況などが織り込まれて行く。キャスト上では脇役になるが、バドリーナートの兄嫁ウルミラーの存在は、その主題から見ると非常に重要である。ウルミラーは銀行業や金融業の知識を豊富に持っていたが、結婚後は家族の圧力から主婦に甘んじていた。だが、彼女の知識は、アーロークナートが経営する自動車ディーラー業の成功や資産運用に貢献していた。
ヴァイデーヒーにしても、結婚式当日に式場から逃げ出すという、言い訳できないミスを犯すが、客室乗務員になる夢を諦め切れなかったことから取った行動であった。当初、バドリーナートは彼女の行動を理解できずにいるが、ウルミラーの才能と、それを認めない家父長制の汚点に気づく。映画の題名は「バドリーナートの花嫁」であるが、映画の最後でバドリーナートは、「ヴァイデーヒーの花婿」になると宣言する。バドリーナート自身は、日本の教育制度で言えば中卒なので、ヴァイデーヒーよりも収入が高くなるとは思えない。二人のその後は描かれていないが、ヴァイデーヒーが稼ぎ、バドリーナートが彼女を支える家族形態となることが予想される。そういう家庭もありなのだということが主張されていたと言える。
ただ、舞台がシンガポールに移る後半はスローペースとなり、バドリーナートの行動にも一貫性がなくなるため、グリップ力を失う。最後のまとめ方も乱暴に感じた。もう少し丁寧に作っていれば、より引き締まった作品になっていたのではないかと感じた。
ヴァルン・ダワンとアーリヤー・バットは、「Student of the Year」(2012年)で同時デビューを果たし、2010年代のヒンディー語映画界を牽引するスターに成長した二人だ。彼らの共演は、「Student of the Year」、「Humpty Sharma Ki Dulhania」に続き、3作目となる。
「Badrinath Ki Dulhania」は、一見すると典型的なインド製ロマンス映画に見えるが、インドの女性たちが直面する問題を主題にしており、女性の立場から、「結婚には愛も大事だが尊厳も必要だ」というメッセージが打ち出された作品である。後半になると方向性を失う時間帯があるのが残念だが、見所は多い映画である。