
2021年11月25日公開のタミル語映画「Maanaadu(政治集会)」は、いわゆるタイムループ映画である。登場人物が、2019年10月10日という日を何度も繰り返し生きることになるという設定で、死ぬとまた時間が巻き戻され、この日の朝からやり直しになる。
監督は、「Chennai 600028」(2007年)や「Mankatha」(2011年)などのヴェンカト・プラブ。音楽はユヴァン・シャンカル・ラージャー。キャストは、シランバラサン、SJスーリヤー、カリヤーニー・プリヤダルシャン、アンジェナ・キールティ、SAチャンドラシェーカル、YGマヘーンドラン、ヴァガイ・チャンドラシェーカル、ダニエル・アンニー・ポープ、バダヴァー・ゴーピー、マノージ・バーラティラージャー、プレームジー・アマラン、カルナカラン、スッブ・パンチュ、ウダヤなどが出演している。
2025年5月2日から「政党大会 陰謀のタイムループ」の邦題と共に日本で劇場一般公開された。SpaceBoxから販売されている日本語字幕付きのDVDで鑑賞した。
2019年10月10日。ドバイ在住のアブドゥル・カーリク(シランバラサン)は、ウーティーで行われる友人の結婚式に出席するため、デリーのインディラー・ガーンディー国際空港からコーヤンブトゥール(コインバトール)行きの飛行機に乗り込む。隣の席には、同じ結婚式に出席するスィーター・ラクシュミー(カリヤーニー・プリヤダルシャン)が座っていた。ただし、アブドゥルは花嫁側参列者、スィーターは花婿側参列者であった。
アブドゥルは、空港で友人イーシュワラムールティ(プレームジー・アマラン)とサイヤド・バーシャー(カルナカラン)の出迎えを受け、ついでにスィーターを連れて結婚式会場へ向かう。実は、イーシュワラムールティは花嫁ザリーナー(アンジェナ・キールティ)の恋人で、彼らは結婚式からザリーナーを連れ出してイーシュワラムールティと結婚させようとしていた。首尾良くザリーナーを連れ出した彼らはコーヤンブトゥールの登記所へ向かうが、その途中の道でラフィーク(ダニエル・アンニー・ポープ)という男性をはねてしまう。そこへやって来たダヌシュコーディ警部(SJスーリヤー)はアブドゥル、イーシュワラムールティ、サイヤド、スィーターを連行する。そしてアブドゥルに銃を持たせ、政党集会に連れて行き、そこで演説中のアリヴァラガン州首相(スッブ・パンチュ)の暗殺をさせる。アブドゥルはその場で警察に射殺されてしまう。
その瞬間、アブドゥルはデリーからコーヤンブトゥールへ向かう飛行機の中で目を覚ます。日付は2019年10月10日だった。アブドゥルは、また同じ日が繰り返されていることに気付く。今度はスィーターに協力を求めてザリーナーを結婚式場から連れ出し、ラフィークをひかないように注意するが、やはりダヌシュコーディ警部と出会ってしまい、彼に殺されてしまう。
またも2019年10月10日、デリーからコーヤンブトゥールへ向かう飛行機の中で目を覚ます。その後もアブドゥルは死ぬたびに同じ日を繰り返すことになる。ラフィークをひいていなければ彼が州首相の暗殺犯に仕立て上げられたが、実は彼の他にも真の暗殺者がおり、それを止めようとすると今度は州首相は爆死してしまう。だが、何度も繰り返している内に、州首相暗殺の黒幕が、同じ政党の政治家プランタマン(YGマヘーンドラン)であることが分かる。彼はアリヴァラガン州首相を暗殺して自身が州首相に上り詰めようとしていた。
一方、ダヌシュコーディ警部もタイムループを経験していることが分かる。ダヌシュコーディ警部は、アブドゥルが死ぬたびに10月10日の朝に戻されることに気付き、彼を殺さないようにして州首相を暗殺する方法を模索し出す。アブドゥルは、政党集会の朝に交通事故を装って殺された政治家タミルヴァナン(ヴァガイ・チャンドラシェーカル)が鍵を握っていると知り、彼の命を助けようと試す。最終的にはタミルヴァナンからアリヴァラガン州首相にプランタマンによる暗殺計画が伝えられ、州首相は政党集会への出席を止める。プランタマンはアブドゥルに殺され、アリヴァラガン州首相を殺そうとしたダヌシュコーディ警部も殺される。このときアブドゥルも撃たれるが助かり、翌日病院で目を覚ます。日付は10月11日になっていた。イーシュワラムールティとザリーナーの駆け落ち結婚は、スィーターの協力により実現していた。
タイムループ映画は意外に長い伝統を持ったジャンルで、米国を中心に、「恋はデジャ・ブ」(1993年)や「オール・ユー・ニード・イズ・キル」(2014年)など、過去にこの仕掛けを採用した映画が数多く作られてきた。日本映画では「時をかける少女」(1983年)が有名である。「Maanaadu」の中でもタイムループ映画の存在が語られるシーンがあり、主人公アブドゥルが体験しているタイムループがメタ認知されていた。
ただ、タイムループの原因となると、過去のタイムループ映画からはあまりヒントが得られなかった。「Maanaadu」では、あくまで推測の範囲ではあったが、シヴァ神とアッラーが協力して宗教暴動を止めようとしており、その使命を任されたのがアブドゥルなのではないかとほのめかされていた。アブドゥルはイスラーム教徒であるが、1992年のバーブリー・マスジド破壊事件後に起こったコミュナル暴動のときに、マディヤ・プラデーシュ州ウッジャインのカーラ・バイラヴァ寺院で生まれた。カーラ・バイラヴァはシヴァ神の別名であり、時間を司る神様である。また、アブドゥルが乗ったデリーからコーヤンブトゥールへ向かう飛行機はウッジャイン上空を通過しており、タイムループの起点もウッジャイン上空になっていた。アリヴァラガン州首相の暗殺は、タミル・ナードゥ州にコミュナル暴動を引き起こすことになっていた。シヴァ神とアッラーは、ヒンドゥー教徒とイスラーム教徒の間で無益な血が流れることがないように、カーラ・バイラヴァ寺院で生まれたイスラーム教徒であるアブドゥルにタイムループの力を与えたのである。
ヒンドゥー教徒とイスラーム教徒の融和という文脈では、アブドゥルが実行しようとしていたイーシュワラムールティとザリーナーの駆け落ち結婚も、ヒンドゥー教徒とイスラーム教徒の間の異宗教間結婚であった。彼らが駆け落ち結婚しなければならなかった理由は明らかである。二人の宗教が違ったからだ。「Maanaadu」は、タイムループ映画のフォーマットに宗教融和のメッセージを載せた作品である。
前半は古典的なタイムループ映画の筋書きを踏襲していたといえる。タイムループを経験するのはアブドゥルのみであった。彼はそれまでタイムループで経験したことを記憶していたが、他の人々については、タイムループするごとに記憶がリセットされていた。だが、「Maanaadu」が本領を発揮するのは後半からだ。アブドゥル以外にタイムループを経験している人物がいることが分かる。それが、アリヴァラガン州首相暗殺に関与していたダヌシュコーディ警部であった。彼は当初、タイムループ経験者ではなかったのだが、アブドゥルがタイムループを繰り返す中で彼に撃たれて接触する機会があり、そのときにアブドゥルからタイムループが「伝染」する。それ以来、彼はアブドゥルと同様に自覚を持って2019年10月10日を繰り返し生きることになる。最初は何が起こっているのか全く分からなかったが、タイムループの原因がアブドゥルにあることに気付いた後は、アブドゥルの強力なライバルとなって立ちはだかる。ダヌシュコーディ警部は、タイムループを避けるためにアブドゥルを生かしながらアリヴァラガン州首相暗殺を完遂しようとする。
タイムループ映画は繰り返しがコンセプトなので、どうしても繰り返しが多くなる。それをくどくならないようにどのように見せるかは工夫の見せ所である。「Maanaadu」については、初回や2回目は割とじっくりと繰り返しが描かれていたが、すぐに繰り返しが省略されるようになった。つまり、アブドゥルが死ぬと、いちいち朝まで戻るのではなく、死ぬ直前からやり直しになるのである。くどくなかったといえばそうで、娯楽性が極力損なわれないようになっていたが、タイムループ映画としては雑な印象も同時に受けた。
演技面では、アブドゥル役を演じた主演シランバラサンよりも悪役ダヌシュコーディ警部役を演じたSJスーリヤーの怪演が目立った。スィーター役を演じたカリヤーニー・プリヤダルシャンは一応ヒロイン扱いではあるが、ロマンスに絡むことはなく、出番は後半になるにつれて減っていった。
「Maanaadu」は、ヒンドゥー教徒とイスラーム教徒の融和を願うメッセージが込められたタイムループ映画である。シヴァ神とアッラーがタイムループを起こしているという設定はいかにもインドらしい。タイムループの当事者が途中から一人増える点が面白く、後半まで緊張を保つことに成功している。インドでは興行的にも成功した作品である。観て損はない映画だ。