ヒンディー語映画界にロマンス映画の名手は多いが、その筆頭といえば、ここ10年以上はイムティヤーズ・アリー監督ということになる。「Jab We Met」(2007年)以来、彼はヒンディー語映画界においてロマンス映画の定義を塗り替え続けてきており、その功績は計り知れない。
そのイムティヤーズ監督が2020年2月14日に「Love Aaj Kal」という新作を公開したと聞いたときにはその題名を二度見した。なぜなら彼は同じ題名の映画「Love Aaj Kal」を2009年に既に発表しているからである。非常に珍しい例だが、同じ監督が同じ題名の映画を10年後に作ったのである。セルフリメイクと言える行為であるが、エッセンスだけ共通で、キャストや脚本は異なる。ちなみに、題名の意味は「恋愛の今昔」である。Netflixで鑑賞した。
2020年の「Love Aaj Kal」の主演は、カールティク・アーリヤンとサーラー・アリー・カーン。2009年の「Love Aaj Kal」では、サイフ・アリー・カーンとディーピカー・パードゥコーンが主演を務めていた。サーラーはサイフの娘である。また、2009年版ではサイフが一人二役を務めていたが、2020年版ではカールティクが同様に一人二役を務めている。2020年版では他に、ランディープ・フッダー、シモン・スィン、アールシ・シャルマーなどが出演している。音楽は2009年版と同じプリータムである。
2009年の「Love Aaj Kal」の時間軸は、現代(2009年)と昔(1965年)を往き来し、今時の若者の恋愛と昔の恋愛が対比して語られていた。主要なトピックとなっていたのは、仕事と恋愛の葛藤である。夢の実現や仕事面での成功などを追い求める際に、恋愛が足枷となる場合がある。そのとき、人はどのような行動をすべきか、2009年版ではそれが今と昔の恋愛模様を対比しながら語られていた。2020年版も大差はなく、現代と昔の恋愛が比較される中で、やはり人生において仕事と恋愛のどちらを優先的に選択すべきかが考察されていた。ただし、どちらの結論も同じである。イムティヤーズ監督らしいが、両作品が共通して主張するのは、仕事よりも恋愛を優先すべきというメッセージである。
2020年版では、「現代」の舞台はムンバイー、その時間軸は映画公開年と同じ2020年。ヴィール(カールティク・アーリヤン)とゾーイ(サーラー・アリー・カーン)の恋愛が中心となり、この二人を、彼らの行きつけのカフェのオーナー、ラグ(ランディープ・フッダー)が見守る構図となっている。一方、「昔」の舞台はラージャスターン州ウダイプルやデリーで、時間軸は「Qayamat Se Qayamat Tak」公開の1988年以降の数年間と考えられ、映画のポスターでは1990年ということになっていた。中心となるのは、ラグ(カールティク・アーリヤン)とリーナー(アールシ・シャルマー)の恋愛である。ヴィールとゾーイの恋愛が進行するにつれて、ラグによって、彼とリーナーとの恋愛が語られ、過去のシーンへとフラッシュバックする。もちろん、ヴィールとゾーイが直面する紆余曲折は、ラグの過去の恋愛談とシンクロする。
現代のシーンは、2020年版と2009年版とで大きな違いはなかった。違いと言えば、男女が入れ替わっていたことくらいであった。2009年版では、キャリアを追い求めていたのはどちらかというと男性(サイフ演じるジャイ)の方で、最後に恋愛を選ぶ決断をするのも男性だった。それに対し、2020年版では、終始能動的に選択をするのは女性、つまりゾーイの方で、最後に仕事よりも恋愛を選ぶのもゾーイであった。この辺りは時代の流れであろうか。インドでは、この10年の間に、女性がリードする映画が非常に増えたのである。
2009年版に比べて複雑化していたのは過去のシーン、つまりラグとリーナーの恋愛であった。ウダイプルで生まれ育ったラグとリーナーは恋に落ちるが、それが町の噂になると、リーナーはデリーに送られた。医者を目指していたラグは退学してデリーに向かい、レストランで働き出す。そして、時間を作ってはリーナーと逢瀬を繰り返す。だが、次第に彼は都会に染まって行き、他の女性とも情事をするようになった。終いにはリーナーを捨てる決断をし、彼女がムンバイーに移住するのを止めなかった。彼はレストラン経営者として成功し、多くの女性たちと付き合うが、不思議と満たされない。あるとき旧友からリーナーの近況を聞き、居ても立ってもいられなくなってムンバイーへ向かう。4年振りに再会するが、リーナーは既に結婚し、妊娠していた。ラグはリーナーと会話せず、ムンバイーを去る。
2009年版では、過去の回想シーンでの恋愛は成就していた。だが、2020年版では成就しなかった恋愛が提示され、現代での恋愛への教訓となっていた。2009年版で一時主役の男女の間に距離ができるのはキャリアを追い求める選択をしたからであったが、2020年版では、田舎者だったラグが都会に出て来て色々な女性たちに目移りしたからであった。この点で、2020年版の「Love Aaj Kal」は2009年版の完全な焼き直しではなくなっていたが、それ故にメインテーマにブレが見られるようになっていたのも確かである。
イムティヤーズ監督のもうひとつの持ち味と言えば、ロードムービー的なストーリーラインである。2020年の「Love Aaj Kal」では、一応舞台があちこちに動き、登場人物の移動もある。リーナーがデリーに引っ越す際にウダイプル駅が出てくるし、ラグは4年振りにリーナーに会いにムンバイーへ飛行機で向かう。ヴィールはヒマーラヤ地方で水力発電のプロジェクトに関わるし、最後にゾーイはヴィールを追いかけてヒマーラヤ地方まで行く。しかし、移動の過程が丁寧に描かれておらず、いつものイムティヤーズ監督の良さが出ていなかった。
イムティヤーズ監督の映画は、そのロードムービー的なテイストに加えて、音楽の良さでも知られる。音楽監督のプリータムが作った楽曲の数々はストーリーを大いに盛り上げていたが、これと言った名曲は見つけられなかったのも残念であった。
イムティヤーズ監督はヒットメーカーであり、彼の作る映画の多くはヒットとなってきたが、この2020年版の「Love Aaj Kal」は興行的に失敗に終わり、批評家からも評判は良くなかったようである。
「Love Aaj Kal」は、ヒンディー語映画界きってのロマンス映画の名手、イムティヤーズ・アリー監督の最新作。自身が2009年に作った映画と同じ題名の映画であり、セルフリメイクとでも言うべき、似たプロットの映画である。また、映画のメッセージも大きくは変わらない。だが、2009年版を越えるほどの作品にはなっていないというのが正直な感想である。