
2025年4月25日公開の「Ground Zero」は、2003年にジャンムー&カシュミール州駐在の国境警備隊(BSF)ナレーンドラ・ナート・ダール・ドゥベー副指揮官によって実行されたテロリスト掃討作戦「ガーズィーバーバー作戦」を題材にした実話にもとづくアクション映画である。
プロデューサーはファルハーン・アクタルなど。監督は「Chhatriwali」(2023年)のテージャス・プラバー・ヴィジャイ・デーウースカル。主演はイムラーン・ハーシュミー。他に、サイー・ターマンカル、ゾーヤー・フサイン、ムケーシュ・ティワーリー、ディーパク・パラメーシュ、ラリト・プラバーカル、ロッキー・ラーイナー、ラーフル・ヴォーラー、ハーヌーン・バーウラー、ミール・メヘルーズ、エークラヴィヤ、カーズィー・ファイズ、ラーム・アヴァタール、プニート・ティワーリーなどが出演している。
この映画の時間軸は2001年から2003年までである。この間、実際に起きたいくつかの事件が出て来る。まずは2001年12月13日の国会議事堂襲撃事件である。カシュミール分離派テロ組織ジャイシェ・ムハンマド(JeM)に所属する5人のテロリストがデリーの国会議事堂を襲撃し、警備員など数人の死者が出た。次に出て来るのは2002年9月24日のアクシャルダーム襲撃事件である。2人のテロリストがグジャラート州ガーンディーナガルにある巨大ヒンドゥー教寺院アクシャルダームを襲撃し、30人以上が死傷した。さらに、2003年4月18-19日にはアタル・ビハーリー・ヴァージペーイー首相がジャンムー&カシュミール州の州都シュリーナガルを訪れたが、これも物語に組み込まれていた。そして、2003年8月に、国会議事堂襲撃事件などの首謀者ガーズィーバーバーはBSFのエンカウンターによって殺害された。
「グラウンド・ゼロ」と聞くと、9/11事件でハイジャックされた飛行機による自爆攻撃を受けて倒壊した、ニューヨークの世界貿易センタービル跡地を思い起こすが、この映画の中ではガーズィーバーバーの隠れ家のことをその名称で呼んでいた。
2001年、シュリーナガルでは「ピストルギャング」と呼ばれる過激派大学生テロ組織による国境警備隊(BSF)暗殺事件が相次いでいた。BSFの有能な指揮官ナレーンドラ・ナート・ダール・ドゥベー副司令官(イムラーン・ハーシュミー)は、バーラームーラーからシュリーナガルに呼び戻され、ピストルギャングの掃討の従事することになる。
ドゥベー副司令官はピストルギャングの通信傍受によって何らかの大きなテロ事件が起きるのを察知し警戒するが、それはデリーの国会議事堂襲撃事件として現実のものになった。それによって彼は、ピストルギャングのボスがより大きなテロ組織とつながっていると直感する。だが、シュリーナガルにやって来た諜報局(IB)のデャーン局長は彼の言うことに耳を貸さなかった。国会議事堂襲撃事件の協力者ターリク・マリク(プニート・ティワーリー)を逮捕し尋問するが大した情報は聞き出せなかった。
ドゥベー副司令官はピストルギャングの一員フサイン(ミール・メヘルーズ)に命を狙われるが逆に彼を捕らえ、あえて解放する。フサインはドゥベー副司令官を信用し、彼に情報を流すようになる。彼の情報にもとづき、ピストルギャングの重要人物ハキーム(カーズィー・ファイズ)までたどり着く。ドゥベー副司令官はハキームを尾行することで、国会議事堂襲撃事件の首謀者ガーズィーバーバー(ロッキー・ラーイナー)にあと少しのところまで迫るが、逃げられてしまう。この作戦により彼は仲間を失う。また、ガーズィーバーバーにフサインの裏切りがばれ、彼も爆殺されてしまう。
実の弟のようにかわいがっていたフサインの死と、彼が報道で「テロリスト」扱いされたことに絶望したドゥベー副司令官は上官のサンジーヴ・シャルマー(ムケーシュ・ティワーリー)に転属を願い出る。折しもアタル・ビハーリー・ヴァージペーイー首相のシュリーナガル訪問が計画されており、シュリーナガルでの彼の最後の任務として首相の警備を任された。ガーズィーバーバーは首相の命を狙うが、ドゥベー副司令官の機転によって事なきを得る。しかも、彼はテロリストの一人チャンド・カーン(エークラヴィヤ)を生け捕りにした。チャンドから引き出した情報により、ガーズィーバーバーがシュリーナガル内に隠れていることを突き止める。ドゥベー副司令官は独断で隠れ家を襲撃し、テロリストとの銃撃戦の末、ガーズィーバーバーを仕留める。
2025年4月22日にジャンムー&カシュミール準州(現在)の観光地ペヘルガームでテロ事件があり、26名の民間人が殺害された。その直後に公開された「Ground Zero」は、2000年代初頭のジャンムー&カシュミール州(当時)を舞台にした対テロ作戦映画であり、非常にタイムリーな公開だった。また、2001年から2003年は筆者のインド留学初期の時代であり、現地でリアルタイムで見てきた事件の数々が映画の中で登場する。そういう意味でも個人的にリンクできる作品だった。
また、2019年にインドに完全併合された後のカシュミール地方の治安は比較的安定していた。元々カシュミール地方は風光明媚な土地として知られ、インド人に人気の観光地だった。長らく紛争が続いていたが、治安が安定したことで観光産業が復活し、急成長していた。もちろん、映画のロケ地としてもかつての人気を取り戻しつつあった。「Ground Zero」は大部分をシュリーナガルで撮影しており、その風景は本物であった。また、カシュミール人の俳優も積極的に起用していた。インドの完全な一部になったカシュミール地方を取り込んでいこうとする意気込みが感じられた。
さらに重要なのは、主人公ドゥベー副司令官のカシュミール人に対する思いやりある態度だ。ドゥベー副司令官は、ピストルギャングの一員となり、彼を殺そうとした大学生フサインをあえて逮捕せず、彼と親しくなる。上官がBSFの面子を守るためにテロリストによって爆殺されたフサインを自爆テロリストと断定すると、彼は激しく抗議した。また、彼は「カシュミールの土地だけを守るのではなく、カシュミール人も守る」と宣言する。これらはカシュミール人との融和を求めるメッセージに他ならない。
当然、愛国主義映画であるので、国家統合と国民生命を脅かすテロリストは徹底的に悪く描かれていた。ピストルギャングに末端は、大義などどうでもよく、小遣い稼ぎのためにテロを行っていた。ガーズィーバーバーの動機や人となりは詳述されず、得体の知れない巨悪であり、同情の余地は全く残されていなかった。
かつてロマンスヒーローとして、そして「連続キス魔」として知られた主演イムラーン・ハーシュミーは、近年シリアスな役柄での演技が続いており、この「Ground Zero」でも硬派な演技を見せていた。もはやかつての彼の面影は感じられない。ヒロインは2人いる。サイー・ターマンカルはドゥベー副司令官の妻役であり、ほとんど添え物の役柄だ。ゾーヤー・フサインは「Mukkabaaz」(2018年)でデビューした女優であり、今回は終盤から出番が増えるが、やはり目立った活躍はなかった。完全にイムラーンの映画である。
ちなみに、映画の中では、シュリーナガルを訪問したアタル・ビハーリー・ヴァージペーイー首相の暗殺未遂が描かれていたが、実際には彼が暗殺未遂を受けた事実はないはずである。
「Ground Zero」は、知られざる英雄をフィーチャーした実話系映画のひとつだ。2001年の国家議事堂襲撃事件の首謀者ガーズィーバーバーの殺害に成功したガーズィーバーバー作戦と、それを主導したBSFのドゥベー副司令官を題材にしており、フィクションを交えてアクション映画としてまとめている。娯楽映画として悪くはない出来だったが、どちらかといえばカシュミールの治安維持に当たってきた兵士や警察官たちに敬意を表し、カシュミール人を取り込もうとする目的で作られたように見える映画であり、カシュミール問題に疎い人にとってはいまいち入って行けない物語かもしれない。