Yeh Saali Aashiqui

3.5
Yeh Saali Aashiqui
「Yeh Saali Aashiqui」

 2019年11月29日公開の「Yeh Saali Aashiqui(このくそったれな愛)」は、純愛映画のように始まり復讐劇で終わる新感覚のマサーラー映画である。劇場公開時は話題にならずに失敗作の烙印を押されてしまったが、その後OTTで配信されたことで再評価された。2005年に死去した悪役俳優アムリーシュ・プリーの一族が製作に関わっている。

 監督はチラーグ・ルーパレール。「Lafangey Parindey」(2010年)や「Ishaqzaade」(2012年)などで助監督を務めてきた人物であり、長編映画の監督はこれが初となる。主演はアムリーシュ・プリーの孫ヴァルダーン・プリー。脚本のクレジットはチラーグ=ヴァルダーンとなっており、チラーグ監督とヴァルダーンが書いたという。ヒロインは新人のシヴァーリカー・オベロイ。他に、ルスラーン・ムムターズ、アミト・アローラー、ジャッシー・リーヴァル、プルキト・バンギヤー、ディーパーンシャー・ディングラー、サティーシュ・カウシクなどが出演している。

 全寮制の大学に通うサーヒル・メヘラー(ヴァルダーン・プリー)は、転校生ミーティー・デーオラー(シヴァーリカー・オベロイ)と出会い、恋に落ちる。ミーティーの行動に時々おかしな点が見え隠れしたものの、サーヒルはミーティーを愛し続ける。だが、試験中にミーティーはカンニングをして試験官に見つかり、成績を下げられてしまう。ミーティーはサーヒルが試験官に密告したと勘違いし、表ではサーヒルと親しげに接するが、裏では彼をおとしめるために策略を巡らせていた。まずはサーヒルの親友ヴェーヌ(ジャッシー・リーヴァル)を引き離す。次にサーヒルにレイプ未遂の濡れ衣を着せる。ミーティーを信じていたサーヒルは裏切られて発狂し、有罪になった挙げ句に精神障害者施設に入れられてしまう。

 それから3年の歳月が流れた。ミーティーは裕福な実業家アヌジ・マートゥル(ルスラーン・ムムターズ)の会社に勤め、彼と恋仲にもなっていた。だが、元恋人プリヤンク・シャルマー(アミト・アローラー)から過去を暴露すると脅されていた。一方、サーヒルは赤色を見ると発狂する症状を抑えようと治療に専念していた。

 ところでサーヒルには双子の兄スーリヤ(ヴァルダーン・プリー)がいた。大人しいサーヒルとは違ってスーリヤは横暴な性格をしていた。十代の頃スーリヤは父親を殺すが、その罪をサーヒルになすりつけていた。サーヒルはスーリヤとは縁を切っており、彼のことはミーティーにも言わなかった。スーリヤは施設までサーヒルに会いに来たが、その機にサーヒルはスーリヤと入れ替わる。サーヒルはスーリヤとして施設の外に出る。そして、ミーティーへの復讐を開始する。

 異変を感じたミーティーはサーヒルが施設から出たのではないかと考えるが、施設にはサーヒルと勘違いされたスーリヤが入っていたため、彼女の直感は誰にも信じてもらえなかった。サーヒルはミーティー周辺の人々を次々に協力者にしていき、彼女を精神的に追いつめる。ミーティーは拳銃を購入し備える。アヌジとミーティーの婚約式に今までミーティーにだまされた人々がビデオで彼女の悪行をばらし、とうとうアヌジにも見捨てられる。ミーティーの父親は心臓発作を起こして倒れてしまう。

 怒ったミーティーは病院に現れたサーヒルに拳銃を発砲し彼を殺そうとする。サーヒルは逃げるが、最後にミーティーに撃たれ、死んでしまう。ミーティーは精神障害者施設に入れられる。スーリヤがミーティーを訪ねてやって来るが、それは実はサーヒルだった。ミーティーが殺したのはスーリヤだったのである。

 映画の舞台はデリー辺りにあると思われる架空の全寮制大学であり、長期休暇が終わって新学年が始まったタイミングで物語は始まる。主人公は貧しい人々に手を差し伸べる心優しい純朴な青年であり、大学に転入してきた美しい女性に一目惚れする。カラン・ジョーハル監督の「Kuch Kuch Hota Hai」(1998年)や「Student of the Year」(2012年/邦題:スチューデント・オブ・ザ・イヤー 狙え!No.1!!)などを思わせる導入部だ。

 序盤は、こんな直球の学園ロマンス映画もたまにはいいものだと思いながら観ていたが、どうもヒロインの様子がおかしい。新人シヴァーリカー・オベロイが初々しく演じていたように見えたミーティーは、インドのロマンス映画に典型的な「グッドガール」型のヒロインかと思いきや、サーヒルのいない間に彼のライバルであるジハーンと浮気をし、それがサーヒルにばれるとあれこれ言い訳をして切り抜けるしたたかさを持っていた。

 サーヒルは彼女に裏切られながらも信じようとする。だが、ミーティーは浮気女レベルで済まないほどの悪女だった。異常なほど上昇志向と裏表が激しい女性で、数々のリッチな男性を踏み台にして生きてきた。主人公サーヒルも、実業家だった父親の遺産を相続しており、実は裕福で、ミーティーの標的にされていたのである。

 「Yeh Saali Aahiqui」は、インドの伝統的なロマンス映画を根底からひっくり返そうとする野心的な作品だ。清純派ヒロインの皮をかぶったドス黒い悪女ミーティーの存在自体がインド映画の定型パターンへのアンチテーゼである。それだけでなく、これは世の中の男性たちへの警鐘だとも受け止められる。インド映画に出て来る絵に描いたヒロインのような女性はこの世に存在しないこと、美しい女性ほど裏の恐ろしい顔があることなどが注意喚起されていた。

 「Yeh Saali Aashiqui」は、ヒーローとヒロインだと思われていた男女の間の凄惨な復讐劇でもある。それも相手をやっつけて終わりといったような単純な復讐ではなく、相手を社会的に抹殺するところまで追いつめる徹底的な復讐である。

 まずミーティーは、自身のカンニングを密告されたと勘違いしたことからサーヒルへの復讐を開始する。ミーティーの真意に気付けないサーヒルはまんまと罠にはまり、親友を引きはがされ、教師を半死の状態になるまで殴り、レイプ未遂の嫌疑を掛けられる。とうとう彼は発狂し、精神障害者施設に入れられてしまう。

 サーヒルが精神障害者施設に入って3年の歳月が過ぎ去るが、ここからサーヒルの復讐ターンになる。お人好しだったサーヒルも精神障害者施設に入って変貌し、復讐の鬼と化したのである。突如として登場した双子の兄スーリヤと入れ替わり、施設の外に出たサーヒルは、やはりミーティーに対して単純な復讐はせず、彼女を精神的に追いつめていく。そして、彼女の毒牙に掛かったアヌジとの結婚を破談させ、彼女を精神的に追いつめて、スーリヤを殺させる。今度はミーティーが精神障害者施設に入れられてしまった。この報復合戦はサーヒルの勝利で幕を閉じる。

 序盤の甘ったるい展開からは全く想像も付かない中盤からの流れと結末だ。いきなり登場するスーリヤの存在など、細部の詰めが甘いようにも感じられたが、全体の流れは非常にアップダウンが激しく飽きさせない。もう少し丁寧に伏線を張っておけば、完璧なスリラーとなった。

 ヴァルダーン・プリーからは、祖父アムリーシュ・プリーの面影が全く感じられず、シャーヒド・カプールとイメージがかぶる部分も否めないのだが、ヒーロー俳優として有望な逸材だ。いきなり一人二役を演じ、うまくこなしていた。シヴァーリカー・オベロイも、新人なのによくこれほど難しい役柄を引き受けたものだと感心してしまう。彼女の挑戦を応援したい。

 「Yeh Saali Aashiqui」は、インド映画の常識に挑戦する野心的なスリラー映画である。序盤の展開からは全く想像できない中盤以降の流れになるのが小気味よい。興行的には成功しなかったが、市場から過小評価された作品だといえる。主演のヴァルダーン・プリーやシヴァーリカー・オベロイも掘り出し物だ。詰めの甘さはあるものの、それで切り捨ててはならない隠れた逸品である。


Yeh Saali Aashiqui - Vardhan Puri, Shivaleeka Oberoi, Ruslaan Mumtaz | Bollywood Full HD Movie 2019