
2025年2月21日からJioHotstarで配信開始された「Kaushaljis vs Kaushal(カウシャルさん夫婦vsカウシャル)」は、離婚をテーマにしたファミリードラマである。JioHotstarとは大手OTTプラットフォームであるJioCinemaとDisney+Hotstarが合弁したものである。この合弁は2月14日に発表されたばかりだ。
監督は「Son of Sardaar」(2012年)などでコレオグラファーを務めたスィーマー・デーサーイー。キャストは、アーシュトーシュ・ラーナー、シーバー・チャッダー、パヴァイル・グラーティー、イーシャー・タルワール、グルシャー・カプール、ブリジェーンドラ・カーラー、ディークシャー・ジョーシー、ヤシュ・チャトゥルヴェーディー、ネーハー・パーンダー、アーシーシュ・チャウダリーなどである。
ユグ・カウシャル(パヴァイル・グラーティー)はノイダの広告代理店で働いていた。ある日、ユグはニューヨークから来たインド系女性キヤーラー・ミーナー・バンサル(イーシャー・タルワール)と出会い、恋に落ちる。ユグは彼女との結婚を考え始めるが、キヤーラーの理想の男性は、幸せな家族で育った人だった。なぜならキヤーラーの両親は離婚しており、仲睦まじい義理の両親を持ちたいと願っていたのである。
ユグの両親はカンナウジに住んでいた。父親のサーヒル(アーシュトーシュ・ラーナー)は香水工場で会計士をしていたが、趣味でカッワールをしていた。母親のサンギーター(シーバー・チャッダー)は主婦だったが、趣味で香水作りをしていた。サーヒルとサンギーターは普段からケンカばかりしていた。ホーリー祭の日、ユグは実家に戻るが、そのときも両親はケンカをしていた。
ノイダに戻ったユグは両親と連絡が取れなくなり、心配になってまたカンナウジに赴く。そこで彼は両親が離婚を考えていることを知る。タイミング悪く、キヤーラーが家を訪ねてやってきてしまう。事情を知ったサーヒルとサンギーターはキヤーラーの前では仲良く取り繕おうとする。キヤーラーはユグの両親の仲の良さを見て感動し、ユグとの結婚を決める。ユグは早く真実を明かさなければと焦るが、なかなかいい機会が訪れなかった。とうとう両親は裁判所へ行き離婚の手続きを始めてしまう。裁判官は猶予期間を設け、しばらく離婚について熟考するように指示する。
ユグは妹のリート(ディークシャー・ジョーシー)と共に両親を仲直りさせようと努力する。だが、ついにキヤーラーに両親が離婚しようとしていることがばれてしまう。キヤーラーは、ユグの両親の離婚よりも、ユグが真実を隠したことにショックを受けていた。だが、サーヒルとサンギーターも考え直し、離婚を止める。サーヒルとサンギーターはユグ、キヤーラー、リートなどに見守られながら仲直りする。
インド映画には、一度結ばれた結婚は決して壊れないという強力な法則がある。それは、インド映画が基本的にファミリー層向けのエンターテイメントであり、結婚の神聖性や家族の大切さが重視されるからである。ただ、近年はだいぶ例外も生まれてきており、この法則は既に破綻したと考えられている。それでも、まだ時々、法則の残骸を見ることができる。この「Kaushaljis vs Kaushal」も、古き良き法則にもとづいた映画であった。
ストーリーの中心になるのは、サーヒルとサンギーターの離婚である。2人は26年連れ添った夫婦だが、すれ違いが目立ち、ケンカばかりしていた。だが、離婚しようとは夢にも考えていなかった。彼らが急に離婚しようと思い立ったのは、両親のケンカに愛想を尽かした息子ユグが何とはなしに彼らに対して口にした言葉だった。彼は、「毎日のケンカに耐えながら一緒に住み続ける世代よりも、すぐに別れて次に進む世代の方がマシだ」というようなことを言った。それがサーヒルとサンギーターの目を覚ましてしまったのである。
そんなことを言ってしまったユグであったが、彼には両親が離婚してもらっては困る事情があった。彼が結婚相手に決めたキヤーラーは、自分の両親が離婚してしまっていることから、夫婦仲のよい家族に憧れており、義理の両親が仲の良い家庭に嫁入りしたいと考えていたのである。ユグは、何とか両親を仲直りさせようとする。
ユグの立場から見たら、自分の結婚のために離婚しようとしている両親をくっ付ける物語ということになる。別のカップルのカップリングが自分の恋路を決定するという似たようなプロットの映画としては「Hum Do Hamare Do」(2021年)が挙げられる。ただ、どうも現実味がない。キヤーラーはニューヨーク生まれだが、いまどきの世代が両親の夫婦仲を結婚相手の基準にしようなどと思うだろうか。そもそもキヤーラーは結婚相手の家に嫁入りするつもりのようである。インドではごく自然なことだが、ニューヨークで生まれ育った彼女にそういう感覚が備わっているとはとても思えない。ユグやキヤーラーの世代に視点を合わせてこの映画を鑑賞すると、非常に弱い作品になる。
だが、「Kaushaljis vs Kaushal」の主軸になっているのはむしろサーヒルとサンギーターである。アーシュトーシュ・ラーナーとシーバー・チャッダーというベテラン俳優の活躍もあって、この二人の愛憎入り交じった関係性はよく描写されていた。だが、スィーマー・デーサーイー監督の力量不足だと思われるが、ストーリーテーリング、カメラアングル、編集などに鈍臭さがあり、せっかくの彼らの演技が十分に活かされていなかった。もう少し切れのある展開にするともっとよくなかっただろう。離婚しようとしていた夫婦が元の鞘に収まるという展開も、予想から外れるものではなく、心温まる最後ではあったが、現代の映画としては期待外れの印象を受けた。
ユグを演じたパヴァイル・グラーティーは「Thappad」(2020年)などに出演していた男優で、現在売り出し中である。「Kaushalji vs Kaushal」での演技からは飛び抜けたものは感じなかったが、悪いところもなかった。キヤーラーを演じたイーシャー・タルワールは「Kaalakaandi」(2018年)などに出演していた女優である。しゃべり方に特徴的な重みがあったが、彼女からもスター性を感じることはなかった。
映画の舞台になっていたのはデリー首都圏を構成する衛星都市ノイダと、古都カンナウジである。どちらもウッタル・プラデーシュ州に位置する。カンナウジは香水産業で有名であり、サーヒルは香水工場で働いていたし、サンギーターは香水作りを趣味にしていた。ただ、中国産の安い香水がインド市場を席巻しており、カンナウジの香水産業が打撃を受けていることが映画の中で語られていた。
また、サーヒルの趣味はカッワーリーであった。カウシャル姓の彼はブラーフマンであるが、その彼がイスラーム教と密接な関係を持つカッワーリーを歌うのは世間から見れば変なことである。だが、サーヒルは芸術に宗教を認めておらず、カッワーリーの祖とされるアミール・クスローを敬愛していた。映画の中でもクスロー作詞作曲の楽曲がいくつも使われている。
この映画は、親から若い頃に結婚させられ趣味に没頭する期間をなかなか作りにくいインド社会の欠点に踏み込んでいるといえる。サーヒルもサンギーターもそれぞれに趣味があったが、おそらく20代の初めに結婚し、子供が生まれ、仕事や家事に忙殺されることになった。そのときのフラストレーションが、子供が独立した後に噴出し、不仲の原因になっていたと考えられる。そういう観点では非常にいい着眼点を持った映画であったが、残念ながら完成度は低く、そのような重要なテーマを面白く提示できていなかった。
「Kaushaljis vs Kaushal」は、中年夫婦の離婚をテーマにしたファミリードラマであるが、インド映画の法則に従い、離婚には至らず最後には仲直りする。感動的な終わり方ではあるが、新規性には乏しかった。また、現在中年を迎えているインド人夫婦の問題点を鋭く突いた作品だといえるのだが、娯楽映画としての完成度が低く、視聴者を引き付けることに失敗していた。より有能な監督が撮っていれば大化けした可能性のある作品である。