Aashiqui 2

4.5
Aashiqui 2
「Aashiqui 2」

 2013年の重要なヒンディー語映画のひとつに「Aashiqui 2」がある。映画・音楽共々大ヒットしたロマンス映画で、日本でも同年のインディアン・フィルム・フェスティバル・ジャパン(IFFJ)で「愛するがゆえに」という邦題と共に上映されたことがある。

 「Aashiqui 2」は2013年4月26日に公開された。プロデューサーはマヘーシュ・バットとグルシャン・クマールとされているが、実際にはマヘーシュの弟ムケーシュ・バットと故グルシャンの息子ブーシャン・クマールが実質的なプロデューサーだろう。マヘーシュ・バットを中心とするバット家はヒンディー語映画界の一角を成す一大勢力で、大衆向けのB級映画をかなり意図的に作り続けている。監督のモーヒト・スーリーもバット家と親戚関係にあり、バット・キャンプの重要な一員だ。彼は過去に「Kalyug」(2005年)や「Raaz: The Mystery Continues…」(2009年)などのヒット作を撮っており、2014年には「Ek Villain」もヒットさせている売れっ子監督だ。作曲はミトゥン、ジート・ガーングリー、アンキト・ティワーリー、作詞はイルシャード・カーミル、ミトゥン、サンディープ・ナート、サンジャイ・マースーム。

 主演はアーディティヤ・ロイ・カプールとシュラッダー・カプール。他にシャード・ランダーワー、マヘーシュ・タークル、シュバーンギー・ラトカルなどが出演している。また、マヘーシュ・バットが主人公RJの父親役として声のみ出演していると言う。

 題名の「Aashiqui」とはズバリ「愛」という意味だ。「~2」と付いているが、続編という訳ではない。1990年にマヘーシュ・バットが監督した「Aashiqui」という大ヒット映画があり、そのルーズなリメイクとなっている。

 ラーフル・ジャイカル、通称RJ(アーディティヤ・ロイ・カプール)は人気ミュージシャンであったが、傲慢な性格が祟り、最近は落ち目で、酒に溺れていた。マネージャーのヴィヴェーク(シャード・ランダーワー)はRJの良き理解者だったが、既に彼にも手に負えなくなっていた。RJはゴアで行われたコンサートで乱闘騒ぎを起こし、一人夜道を彷徨っていたところ、一人の美しい女性と出会う。アーローヒー・ケーシャヴ・シルケー(シュラッダー・カプール)である。アーローヒーは酒場で歌手をしていた。RJは彼女の歌声に惚れ込み、彼女をスターに育て上げることを決意する。

 ヴィヴェークは、自分の面倒すら見られないRJが見知らぬ少女に入れ込むのを看過できず、アーローヒーを遠ざけようとする。それがRJとの間に軋轢を生み、RJはヴィヴェークから離れる。RJは音楽会社の社長サイガル(マヘーシュ・タークル)にアーローヒーを売り込む。また、RJが直々に彼女にヴォーカル・トレーニングを施す。RJの努力が実り、アーローヒーのメジャーデビューが決まった。瞬く間にアーローヒーはスターダムを駆け上がり、音楽賞を受賞する。

 しかし、世間の人々は、アーローヒーの成功はRJの支援があったからだと考えていた。また、将来的にアーローヒーを潰すのもRJだという声もあった。RJはアーローヒーから離れた方がいいと判断するが、既に二人の仲は単なる師弟関係を越えたものとなっていた。2人ははっきりと愛し合うようになり、アーローヒーの母親(シュバーンギー・ラトカル)の反対を押し切って同居し始める。また、RJはヴィヴェークと仲直りし、再び歌手として活動することを決める。しかし、酒に溺れる毎日を送っていたRJの喉は痛んでおり、以前のような声が出せなくなっていた。アーローヒーは自分のキャリアをなげうってまでRJのアルコール依存症を治そうとする。とうとうRJはアーローヒーと禁酒の約束する。

 RJとアーローヒーは結婚を控えていた。だが、今度は世間はRJがアーローヒーの稼ぎで楽な生活をしていると噂し始める。そういう中傷を聴く度にRJは傷つき、とうとう禁じていた酒に手を出す。早速RJは警察沙汰を起こす。アーローヒーは、やはり全てを投げ出してRJのために尽くすことを決める。それを知ったRJは、自分がアーローヒーの重荷になっていると感じ、橋から身を投げて自殺する。

 RJを失ったアーローヒーは歌の道を諦めることにする。だが、ヴィヴェークから「第二のRJになるのか」と諭されて、考えを改める。アーローヒーは満員のスタジアムのステージに立ち、かつてRJが彼女に見させた夢を実現させる。

 1990年の「Aashiqui」はスローテンポの恋愛物語だが、歌が飛び抜けて良く、それが大ヒットの原動力になったとされている。この「Aashiqui 2」も、音楽に掛ける気合が半端ではない。映画の主人公は歌手であり、音楽が悪いと映画が成り立たないのだが、大手音楽会社Tシリーズの社長ブーシャン・クマールがプロデューサーに名を連ねているだけあって、この映画の音楽は絶品だ。特に「Tum Hi Ho」が素晴らしい。音楽的に新しい挑戦をしている訳ではないのだが、歌詞とメロディーのハーモニーが絶妙で、インド人の心のど真ん中を貫いている。「Aashiqui 2」のサントラは大ヒットとなったし、2013年のヒンディー語映画音楽の中ではトップの出来である。また、この映画で多くの曲を歌った男性プレイバックシンガー、アリジート・スィンは一気に人気歌手となった。この映画の一番の魅力は間違いなく音楽だ。

 楽曲が単品として優れていること以上に、歌が映画を盛り上げるという点で、「Aashiqui 2」は非常に成功している。ストーリーの盛り上がりには必ずそれにピッタリの歌詞を載せた曲が流れ、主人公の心情を代弁する。歌とストーリーの親和性はインド映画の重要な評価ポイントであり、その点で「Aashiqui 2」には満点を与えたい。

 しかしながら、「Aashiqui 2」は音楽だけでなく、ストーリーの映画でもある。落ち目の男性スター歌手と新星の女性歌手の恋愛だが、仕事での成功と恋愛の成功が両立しない、にっちもさっちもいかない状況の中に2人ががんじがらめとなる様子がとても良く描かれていた。

 主人公RJにとって、愛弟子であり恋人でもあるアーローヒーの成功は自分の成功に勝る喜びだった。だが、彼女がスターダムを駆け上がっていくにつれ、彼の存在自体がアーローヒーにとって重荷となって行く。アーローヒーは常にRJの名前と共に語られることになり、彼女が自分の成功を自分の才能の開花と考え自信を持つことを阻害していた。RJがアーローヒーに稼がせて楽をしているという中傷も聞こえて来た。また、RJはまだ現役の歌手であることもあって、アーローヒーの成功が彼の心の中に密かに音楽家としての嫉妬心も生んでいることに彼は薄々気付いていた。一度は歌手としての再起を試すものの、長年のブランクと酒浸りの生活は彼から音を奪っていた。アーローヒーへの愛情が深まれば深まるほど、それは彼の心の傷を深くえぐるようになった。

 アーローヒーにしても、自身のキャリアとRJへの愛情が両立しないことに気付いていた。だが、彼女の場合、答えは明確だった。彼女は何度もキャリアをなげうってRJのために尽くす決意をする。だが、そんな彼女の献身的な態度が、逆にRJの重荷となって行く。最終的にRJは自ら命を絶つしかなくなってしまう。お互い深く愛し合うがゆえの悲劇。インド映画が守るべき、極度にエモーショナルなシチュエーションをうまく作り出すことができていた。

 「Aashiqui 2」だけでなく、バット・キャンプの映画はインド映画の文法に最も忠実な映画作りをしている。一歩外れるとただのB級映画になるが、うまくはまるとインド人の琴線に触れ、大ヒットとなる。インド映画の魅力を語る上で外すことのできない勢力である。

 原作となっている「Aashiqui」との共通点は実はあまりない。「Aashiqui」は歌手を目指す男性とモデルに抜擢された女性の恋愛物語であり、微妙に「Aashiqui 2」と異なるし、「Aashiqui」では最後に二人が結ばれるというハッピーエンドなのに対して「Aashiqui 2」はむしろ悲しい終わり方である。もちろん続編と呼べるようなストーリー上のつながりもない。ただ、この2作品を唯一リンクさせているのは、主人公の二人がひとつのジャケットを頭からかぶってキスをする有名なシーンだ。「Aashiqui」ではそのシーンでもってエンディングとなっているのに対し、「Aashiqui 2」では中盤にこのシーンが登場し、再度エンディングに同様のシーンが繰り返され、美しくまとめられている。

 「Aashiqui 2」の主演アーディティヤ・ロイ・カプールとシュラッダー・カプールにとって、この映画はそれぞれのキャリアの重要なターニングポイントとなったと評価できるだろう。特にアーディティヤは破滅的なキャラを高い演技力で演じ切って、様々な役柄をこなせることを証明した。シュラッダーについては、台詞のしゃべり方などに少し難があると感じたが、初々しさは出ていて、それがアーローヒー役にうまく合致した。それが結果的に好評価につながったと言えるだろう。

 「Aashiqui 2」は2013年のヒンディー語映画の中ではトップクラスの質を誇る傑作だ。歌、音楽、ストーリーが高いレベルで融合しており、「これぞインド映画」という作りになっている。必見の映画である。