インド映画において、「ダブルロール」と呼ばれる、いわゆる一人二役は、映画を面白くするギミックとして、また話題作りとして、好んで用いられて来た手法である。往年の名優と呼ばれる人たちは、キャリアの中で必ず1回は一人二役を演じているのではなかろうか。デーヴ・アーナンドの「Hum Dono」(1962年)、ディリープ・クマールの「Ram Shyam」(1967年)、ラージェーシュ・カンナーの「Sachaa Jhutha」(1970年)、ヘーマー・マーリニーの「Seeta aur Geeta」(1972年)、アミターブ・バッチャンの「Don」(1978年)、シュリー・デーヴィーの「Chaalbaaz」(1989年)、シャールク・カーンとサルマーン・カーンの「Karan Arjun」(1995年)などなど、枚挙に暇がない。最近ではプリヤンカー・チョープラーが「What’s Your Raashee?」(2009年)で一人12役を演じ、そのギネスブック入りが話題になった。
2014年6月20日公開の「Humshakals」も、ダブルロール手法に立脚したコメディー映画である。ただし、この映画では3人の俳優がそれぞれ三役(トリプルロール)を演じている点で新しい。監督はサージド・カーン。今まで「Heyy Babyy」(2007年)、「Housefull」(2010年)、「Himmatwala」(2013年)などを監督して来ており、チープなコメディーを得意としている。作曲はヒメーシュ・レーシャミヤー、作詞はマユール・プリー、サミール、シャッビール・アハマド。
今回トリプルロールに挑戦するのはサイフ・アリー・カーン、リテーシュ・デーシュムク、ラーム・カプールの3人。ヒロインも3人いる。ビパーシャー・バス、イーシャー・グプター、タマンナーである。ビパーシャーは既にベテランの女優。イーシャーは「Jannat 2」(2012年)でデビューしているが、まだこれと言った代表作に恵まれていない。タマンナーは基本的に南インド映画をフィールドとする女優である。他に、サティーシュ・シャー、ダルシャン・ジャリーワーラー、チャンキー・パーンデーイ、ナワーブ・シャーなどが出演している。
ちなみに、題名の「Humshakals」とは「そっくりさんたち」という意味である。
アショーク・スィンガーニヤー(サイフ・アリー・カーン)は、大富豪の父が昏睡状態となった後、父に代わって会社の経営をしていた。しかし、彼の夢はスタンドアップ・コメディアンになることで、暇を見つけては劇場に出演していたが、彼のギャグは寒く、客入りは悪かった。親友のクマール(リテーシュ・デーシュムク)は、アショークにコメディアンになることを諦めるように説得していた。 ある日、そんなアショークの下らないジョークに大声を上げて笑う女性が現れた。シャナーヤー(タマンナー)である。シャナーヤーは人気クイズ番組の司会で、街を巡ってクイズ番組への参加者をスカウトしているところだった。アショークはシャナーヤーに惚れ込み、番組に出演することを快諾する。 ところで、アショークの叔父クンワル・アマルナート・スィン(ラーム・カプール)は、会社の全権を手中に収める野望を抱いていた。社長が昏睡状態の今、その息子アショークさえ狂ってしまえば、会社の規約により、彼に権限が集中することになっていた。そこで、腹心の科学者ドクター・カーン(ナワーブ・シャー)が発明した薬を使うことにする。この薬を飲むと、24時間、犬になってしまう。会社の幹部会議でアショークとクマールは薬を飲まされて犬となる。クンワルの狙い通り、彼らは精神病院に入れられる。 病院にはドクター・カーンの息の掛かった者がおり、毎朝アショークとクマールに薬を飲ませることになっていた。しかし、担当医のシヴァーニー・グプター(イーシャー・グプター)はそれを察知し、アショークとクマールは正常であると判断する。二人の退院が決まる。 ところが、同じ病院の別棟には、アショークとクマールにそっくりな、これまた同名のアショーク(サイフ・アリー・カーン)とクマール(リテーシュ・デーシュムク)が収容されていた。この病棟は犯罪者用で、一般人用の病棟とは完全に隔離されており、シヴァーニーもこちらのアショークとクマールの存在は知らなかった。二人は元々食堂で働きながら、麻薬密売マフィアのビジュラーニー(チャンキー・パーンデーイ)のために働いていた。ところがある日二人は大失敗を犯してしまい、ビジュラーニーにお仕置きとして電気ショックを与えられ、頭が狂ってしまっていた。また、こちらのアショークはシャナーヤーに密かに恋をしていた。 大富豪のアショークとその友人クマールが退院することになったのはちょうどバレンタインデーだった。狂人のアショークはシャナーヤーに贈り物を贈ろうと脱走したところが、大富豪のアショーク&クマールと間違われて退院させられてしまう。一方、大富豪のアショーク&クマールは、脱走犯として看守YMラージ(サティーシュ・シャー)に捕らえられ、拷問を受ける。 病院の外に出た狂人アショーク&クマールは、シャナーヤーに拾われて、大富豪アショークの邸宅まで連れて行かれる。二人はてっきり、シャナーヤーが司会を務めるクイズ番組の撮影が行われていると勘違いし、ゲーム感覚で大富豪の振りをする。二人を迎えた秘書ミシュティー(ビパーシャー・バス)は、彼らの挙動を不審がるも、本物であることを疑わない。 クンワルは二人が戻って来たことに驚くが、病院にも二人がいることを知り、病院の外にいるアショーク&クマールが別人であることをいち早く察知する。そこで彼らを使って幹部会議で正式に会社の権限を自分に受け渡させることにする。一方、病院の鉄格子の中に入れられた大富豪アショーク&クマールは、彼らに同情する看護師サイラス(ダルシャン・ジャリーワーラー)や事情を知ったシヴァーニーの助けを借りて、クンワルへの復讐に乗り出す。その秘密兵器として連れ出したのが、クンワルとそっくりのジョニー(ラーム・カプール)であった。ジョニーは、くしゃみをした人を殺すという危険な症状があり、病院の地下に幽閉されていた。だが、大富豪アショーク&クマールはジョニーを手なずけ、協力してもらうことにする。 モーリシャスのリゾートホテルで幹部会議が開かれた。クンワルは狂人アショーク&クマールを出席させて野望を遂げようとしていた。大富豪アショーク、クマール、ジョニーはウエイターに変装して忍び込む。大富豪アショーク&クマールは、狂人アショーク&クマールを追い出して入れ替わることに成功するが、ジョニーは失敗し、本物のクンワルが幹部会議に出席する。クンワルはアショーク&クマールが入れ替わったことに気付かず、アショーク&クマールはクンワルがクンワルのままであることに気付かなかった。そのおかげで混乱が起き、会議はまとまらなかった。 狂人アショーク&クマール、それにジョニーは行方不明になってしまった。そこで大富豪アショーク&クマールは、クンワルのそっくりさんをもう一人見つけ出す。酒場のオーナー、ラジヴィンダル(ラーム・カプール)である。今度は彼を使って会社の権限を自分に戻そうとする。一方、ドクター・カーンは2人の助手をそれぞれアショーク(サイフ・アリー・カーン)とクマール(リテーシュ・デーシュムク)そっくりに整形した。クンワルは彼らを使って会社の全権を手中に収めようとする。 英国のチャールズ皇太子を主賓として迎えたパーティーの中で、クンワルは整形したアショーク&クマールに自分は狂っていると認めさせようとするが、そこへ大富豪アショーク&クマールがラジヴィンダルを連れてやって来て、大混乱となる。さらに、狂人のアショーク&クマールがジョニーを連れて会場に乱入し、さらに混乱を助長する。ところが、そこへ昏睡から立ち直ったスィンガーニヤーが登場し、3人のアショークの中から見事自分の息子を言い当て、混乱は収まる。クンワルは逮捕される。
21世紀に入り、劇的に質の向上が見られたヒンディー語映画界であるが、チープで下劣なC級映画が絶滅したという訳ではなく、上から下まで多様な映画作りが続いて来ている。サージド・カーン監督は頑なに低品質の娯楽映画を監督して来ており、業界内でも徐々に特殊な立ち位置を確立しつつあるように感じる。彼が低脳な映画しか作れないのか、それとも意図的にこのような映画を作り続けているのか分からないが、「Humshakals」に関しては、ほとんど何の取り柄もないような、どうしようもない低俗コメディー映画だった。一般大衆から支持されればまだ救いようがあったのだが、フロップに終わっており、やはりこの程度までレベルが下がると、犬も食わない映画になってしまうようである。
こうなって来ると不思議なのは、「Humshakals」に出演した俳優たちである。決して鳴かず飛ばずの引退危機俳優ではない。サイフ・アリー・カーン、リテーシュ・デーシュムク、ビパーシャー・バスなど、一線で活躍して来た俳優たちがリードを務めており、彼らの名前と実績を信頼して映画を観た観客も多かったことだろう。それに値する出来にはなっていなかった。彼らが、なぜこんな馬鹿映画で馬鹿騒ぎをする必要があったのだろうか。割り切って出演しているのだろうか。このようなコメディー映画で馬鹿演技をするのは実はとんでもなく楽しいだろうか。いろいろな疑問が尽きない。
もし仮に「Humshakals」が優れたコメディー映画になっていたとしても、障害者をネタにしたコメディー映画に対しては昔から個人的に否定的な見解を持っており、やはり高い評価は与えられなかっただろう。この映画は、精神疾患を抱える者に対する侮辱である。
サージド・カーン監督は自身の才能のなさをネタにしているのか、前作「Himmatwala」の失敗を自ら茶化していたシーンもあった。さらに、彼の姉ファラー・カーンが監督してフロップとなった「Tees Maar Khan」(2010年)もネタにしていた。ただ、ファラー監督の方が実績はあり、過去にヒット作も多い。
「Humshakals」は近年でもトップクラスの駄作であり、たとえお金がもらえたとしても観る価値のない映画だ。この映画を観ることは、時間の無駄、金の無駄であり、妻子を質に入れてでも鑑賞を避けるべき作品である。