The Sabarmati Report

1.5
The Sabarmati Report
「The Sabarmati Report」

 ヒンディー語映画界では、中央で政権を握るインド人民党(BJP)のイデオロギーを喧伝するような作品がいくつも作られるようになっている。その中でも特に気掛かりなのは、イスラーモフォビア(イスラーム恐怖症)をあおるような映画の数々である。「The Kashmir Files」(2022年)、「The Kerala Story」(2023年)などが挙げられる。2024年11月15日公開の「The Sabarmati Report」もイスラーモフォビア映画のひとつだと見なすことができる。

 この映画は、2002年2月27日にグジャラート州のゴードラーで起きた列車火災事件を題材にしている。当時、まだアヨーディヤー問題が解決しておらず、ウッタル・プラデーシュ州アヨーディヤーにはラーム生誕地寺院が建立されていなかった。ラーム生誕地寺院建立はヒンドゥー教徒たちの悲願であり、その建設に貢献しようとする人々は「カールセーヴァク」と呼ばれていた。アヨーディヤーでの儀式を終えてサーバルマティー・エクスプレスに乗って故郷グジャラート州に帰る途中だった同州出身のカールセーヴァクたちは、ゴードラー駅近くで列車火災事故に遭い、女性と子供を含む59人が死亡した。

 このゴードラー事件はグジャラート暴動を引き起こし、さらに多くの死者を出した。この暴動では多くのイスラーム教徒がヒンドゥー教徒暴徒によって殺されたとされる。グジャラート暴動が起こったときにグジャラート州の州首相を務めていたのが、2014年からインド首相を務めるナレーンドラ・モーディーである。モーディーは暴動を止めなかったばかりでなく、煽ったとまでいわれることもある。モーディーは司法、政治、メディアなどでその責任を追求され続けてきているが、政治生命が絶たれるまでには至っていない。

 だが、「The Sabarmati Report」はグジャラート暴動にはほとんど触れられておらず、あくまでグジャラート暴動のきっかけとなったゴードラー事件にフォーカスしている。そして、当初単なる「事故」として報道されたこの事件が、実際にはイスラーム教徒有力者による計画的なヒンドゥー教徒殺戮であり、政治的な圧力によってメディアが真実を覆い隠して報道したとの結論に達している。

 監督はディーラジ・サルナー。TV俳優やTV作家などをしていた人物で、映画の監督はこれが初である。主演はヴィクラーント・マシー。他に、ラーシ・カンナー、リッディ・ドーグラー、バルカー・スィンなどが出演している。

 ゴードラー事件が起きた2002年、EBTニュースに務めるサマル・クマール(ヴィクラーント・マシー)は人気女子アナウンサーのマニカー・ラージプローヒト(リッディ・ドーグラー)と共にゴードラーを訪れ取材をする。二人は列車火災が事故ではなく放火であるとの結論に至るが、上からの命令により、事故であると報道する。それに納得できないサマルは独自の撮影したテープを持って上司に直談判するが採用されず、EBTニュースを追い出される。その後、彼は飲んだくれの生活を送ることになる。

 2007年になった。マニカーに憧れてジャーナリズムの世界に入ったアムリター・ギル(ラーシ・カンナー)はEBTニュースに採用され、マニカーの下で働き出す。マニカーはアムリターに「ゴードラー事件から5年後」を取材するように彼女に指示する。アムリターはサマルが残していったテープにたどり着き、ゴードラー事件が事故ではないと察知する。アムリターはサマルを見つけ出し、彼と共にゴードラーを訪れる。

 ゴードラーで二人は重要な証人と面会していき、ついに事件の証言をした目撃者アルン・バドラーから真実を聞き出すことに成功する。その帰りに暴徒に襲われて録音テープは奪われてしまうが、サマルは裁判所からゴードラー事件の再調査命令を引き出す。

 2017年。サマルはヒンディー語のニュース番組バーラト・ニュースのアナウンサーになっていた。そしてゴードラー事件がイスラーム教徒たちによる計画的なヒンドゥー教徒殺戮だったことを報道する。

 ゴードラー事件が単なる火災かそれとも放火かという議論は当初からなされていた。ゴードラー事件をきっかけにして起こったグジャラート暴動がヒンドゥー教徒暴徒によるイスラーム教徒の虐殺という性格が強かったため、ゴードラー事件がイスラーム教徒によるヒンドゥー教徒の虐殺だったということにすると都合のいい関係者が多くいる。そこにはモーディー首相も含まれる。行政の場においては州政府が事件の調査のために設置したナーナーヴァティー=メヘター委員会が2008年に放火と結論付けており、司法の場においても2011年に放火をしたとして容疑者に有罪判決が下されている。よって、「The Sabarmati Report」でセンセーショナルに提示されていた「事実」、つまりゴードラー事件は火災事故ではなく放火だったというナラティブが全く新しい事実かといえばそういうわけではない。だが、地元に影響力を持つイスラーム教徒有力者が若者たちを動員して計画的に犯行を行ったとしている点はより踏み込んだ「架空の真相」であり、イスラーム教徒に対する憎悪や嫌悪を不用意に広める懸念がある。

 モーディー首相の個人崇拝を助長するような表現が目立つ映画でもあった。モーディーは2001年からグジャラート州首相を務めていたが、彼の指導の下でグジャラート州がインドでもっとも発展したと称賛され、2024年にラーム生誕地寺院で行われたラームララー像の開眼供養式も大きな功績として表現されていた。その一方で、ゴードラー事件の「真相」を覆い隠そうとしたのは、グジャラート州の政府転覆を狙っていたインド国民会議派(INC)政治家であるような暗示がされていた。このようなことから、BJPやモーディー首相を上げ、INCを下げるために作られている作品であると評せざるをえない。

 これで映画そのものがうまくまとまっていればまだ褒めることもできたのだが、残念ながら映画としての楽しみはほとんどない。主演ヴィクラーント・マシーは最近注目を集めている成長株で、彼の主演作にはいい作品が多いのだが、その信頼を損なうような出来の作品だった。彼個人の演技は真摯なものであったが、監督によってそれが台無しにされていた。多くの場面でナレーションによって性急に話を前に進めてしまっていること、ゴードラー事件のような国家を揺るがした大事件を限定的な登場人物間での個人的な確執レベルにまで矮小化して語ってしまっていて奥行きがないことなど、問題が多かった。

 この映画の隠れテーマとして、英語に対するヒンディー語の勝利があった。ヴィクラーントが演じたサマルはヒンディー語ミディアム校出身者であり、英語が苦手で、それをコンプレックスに感じていた。ちなみに、サマルが当初付き合っていたシュローカー(バルカー・スィン)は英語ミディアム校出身者であり、英語がうまかった。シュローカーはサマルの英語の間違いを何度か指摘していた。だが、2017年の場面ではサマルはヒンディー語ニュース番組のアナウンサーを務めており、あたかもヒンディー語が英語に勝ったかのようなメッセージが送られていた。2014年以降のBJP政権では前政権時代に比べてヒンディー語の推進が行われている。英語に対するヒンディー語の優越もBJPの党是と軌を一にするものである。

 2007年の場面ではクリケットの印パ戦に言及されていた。これはTwenty20のワールドカップ決勝戦で、インドとパーキスターンは実際に戦った。試合は最終オーバーまでもつれ込み、インドは157対152という僅差で宿敵パーキスターンに勝利した。印パ戦のとき、インドのイスラーム教徒たちはパーキスターンを応援するとされている。「The Sabarmati Report」でもイスラーム教徒居住区の人々がパーキスターンを応援している様子が描かれていた。そしてインドが勝利しワールドカップ優勝するとシーンと静まりかえる。こんなところからもイスラーモフォビアの刷り込みを感じた。だが、純粋な子供たちはインドの勝利を喜ぶ姿も映し出されていた。次の世代のイスラーム教徒は愛国者に育っているとして擁護したつもりであろうか。

 「The Sabarmati Report」は、2002年のグジャラート暴動を引き起こしたゴードラー事件の真相に迫った映画である。だが、大方の予想通り、BJPにおもねったプロパガンダ映画であり、さらに悪いことにはイスラーム教徒に対する憎悪や嫌悪を広めようとする悪意も込められた作品だ。映画としての完成度も限りなく低い。ヴィクラーント・マシー主演作にはいい作品が多かったのだが、その認識を改めなくてはならないのだろうか。注意して観る必要がある映画である。