「パルダー」の第一義は「カーテン」または「視界を遮断するもの」という意味だ。ヒンディー語では「परदा」または「पर्दा」と綴る。英語では「purdah」と表記されることが多い。
日常生活でも「カーテン」という意味で普通にこの単語は使われる。だが、この言葉は南アジア社会において別の特別な意味も持っており、インド映画を理解する上でも、そちらの用法の方が重要だ。
「パルダー」は、女性を隔離したり女性の身体を覆い隠したりする習慣全般のことを指す。
女性隔離の習慣を持つ宗教として有名なのはイスラーム教である。イスラーム教徒女性は、ブルカー(Burqa)、ニカーブ(Niqab)、チャーダル(Chador)、ヒジャーブ(Hijab)などと呼ばれる種々の衣類によって身体の全部または一部(特に髪の毛)を覆っており、これがもっとも分かりやすく端的な「パルダー」になる。
イスラーム教徒女性が身体の全部または一部を隠す根拠となっているのは、聖典コーランの記述である。たとえば第24章31節には以下のような記述がある。
そして信仰する女たちには、視線を低くし、貞節を守り、外から見える部分以外は彼女たちの美しい飾りを見せないようにしなさい。彼女たちには胸をベールで覆わせ、夫、父、義父、息子、連れ子、兄弟、兄弟の息子または姉妹の息子、同胞の女たち、所有する奴隷女たち、去勢された男の付き人、またはまだ女の裸に関心のない子供たち以外には,その隠された飾りを見せないようにしなさい。彼女たちには、足を踏み鳴らして隠れた飾りに注意を向けさせないようにしなさい。信者たちよ、成功できるように、悔悟してアッラーに立ち返りなさい。
また、第33章59節には以下のような記述がある。
預言者よ!あなたがたの妻や娘たち、また信者である女性たちに、布で自身を覆うように言いなさい。そうすれば、貞女として認められ、嫌がらせを受けることもないであろう。アッラーは寛容にして慈悲深くあられる。
実はコーランには、身体のどの部位を露出していいのか、いけないのか、細かい規定はほとんどない。胸だけは覆うように指定があるが、それ以外の部分については、「飾り」と比喩されている部位を「見せてはならない」とあるだけで、どの部位を覆い隠すべきなのか、具体的な指示はない。しかしながら、厳格なイスラーム教の国になればなるほど、女性の服装に関しては厳しいルールが敷かれ、外出する女性は身体の全部または一部を隠さなければならなくなる。
また、パルダーは、女性が衣類で身体を覆うだけでなく、女性そのものを公共の場から隔離する習慣も指す。インドの宮殿(マハル)または邸宅(ハヴェーリー)には、「ザナーナー」や「アンタルマハル」などと呼ばれる一画があるが、これが女性専用の居住区になる。社会的地位の高い男性と結婚した女性たちは一般的に公共の場から隔離されザナーナーに住んでいた。日本の大奥や中東のハーレムなどを思い浮かべると大きく外れない。
ただ、ザナーナーなどは中世の習慣であり、さすがに現代のインドではもう残っていない。時代劇を鑑賞する際はザナーナーの存在を知っておく意味はあるが、現代の映画を観る際に重要なのは、女性の身体を覆う方のパルダーである。
インドの人口の一割強はイスラーム教徒であり、ブルカーをかぶった女性を目にする機会は多い。映画の中では、逃亡中の男性がブルカーをかぶって難を逃れるようなシーンがよく出て来る。だが、パルダーの習慣を守っているのはイスラーム教徒に限られない。実はヒンドゥー教徒女性も、別の形でパルダーを守っている。
特に北インドの農村部に行くと、女性たちは頭や顔を布で覆って隠している。サーリーの端で隠すこともあれば、「ドゥパッター」や「オールニー」などと呼ばれるショールの一種で覆っていることもある。これらは総称して「グーンガト(घूँघट)」と呼ばれる。イスラーム教徒女性が一般に黒い衣類で身体を覆っている一方で、ヒンドゥー教徒のグーンガトに色の規定はなく、普通はカラフルだ。しかしながら、イスラーム教徒女性と同様に、既婚のヒンドゥー教徒女性も夫以外の年上の男性に顔を見せるのはマナー違反とされている。布で顔を隠すのが「奥ゆかしさ(modesty)」と表現される。
インドにパルダーの習慣が根付いたのは、イスラーム教の政権が長く続いたからだとされている。イスラーム教の到来以前にパルダーがインド亜大陸にあったかどうかは不明である。ただ、文学から、古代インドにも女性が顔を覆う習慣自体はあったことが示唆されている。それに、古代寺院の彫刻などをよく観察すると、高貴な女性は胸をさらけ出している一方で、身分の低い女性は身体を覆い隠しているように見受けられる。顔や身体を隠す習慣は以前からあったのかもしれないが、パルダーとは異なった価値観に基づいていた可能性はある。
ヒンドゥー教のパルダーの習慣を面白おかしく取り上げた映画に「Laapataa Ladies」(2023年/邦題:花嫁はどこへ?)がある。パルダーの習慣に従っていた故に花嫁の顔を確認できず、花婿は別の花嫁を連れて家に戻ってきてしまったところから始まる奇想天外なドラマが描かれている。
参考文献
- スカーフの内側からイスラームをみる(山根・堀江絵美)