ヒンディー語映画界は21世紀に入ると都市在住マルチプレックス層の観客をメインターゲットと定めるようになり、地方在住単館層の観客が好むアクション映画を敬遠するようになった。しばらくまともなアクション映画が作られない時代が続いたのだが、「Ghajini」(2008年)を境にアクション映画が復権を果たし、その後サルマーン・カーンを中心にアクション映画が盛んに作られるようになった。
アジャイ・デーヴガン、リティク・ローシャン、ジョン・アブラハム、シャーヒド・カプールなど古参の男優たちがサルマーン・カーンに続きアクションヒーローとしての方向性を模索・再模索する中、颯爽と新星が登場した。ヴィデュト・ジャームワールである。「Stanley Ka Dabba」(2011年)で一瞬だけ登場し、「Force」(2011年)で悪役として鮮烈な本格デビューを果たした。彼が同映画の中で見せた鮮やかな身のこなしと格闘技の技術は、悪役にも関わらずフィルムフェア賞新人男優賞を受賞したほどである。その後タミル語映画「Thuppaki」(2012年)での悪役も高い評価を受けた。
2013年4月12日公開の「Commando: A One Man Army」は、ヴィデュト・ジャームワールが初めて主演を演じたアクション映画だ。プロデューサーはヴィプル・アムルトラール・シャー、監督は新人のディリープ・ゴーシュ。ヒロインのプージャー・チョープラーは2009年のミス・インディアで、「Fashion」(2008年)や「Heroine」(2012年)などへの出演経験がある他、タミル語映画「Ponnar Muthaayi」(2011年)で女優デビューを果たしてはいるが、本作がヒンディー語映画の本格デビュー作となる。出演はジャイディープ・アフラーワト、ジャガト・ラーワト、ダルシャン・ジャリーワーラーなど。音楽はマンナン・シャー、作詞はマーユル・プリー。
ヒマーチャル・プラデーシュ州との州境にある町ディレールコートは、アムリト・カンワル・スィン、通称AK(ジャイディープ・アフラーワト)の恐怖による支配の下にあった。AKの主なビジネスは薬品販売で、地域の薬局で覚醒剤を売り、地元の若者たちを言いなりにしていた。AKの弟マヘーンドラ・プラタープ、通称MP(ジャガト・ラーワト)は国会議員で、彼は政治的権力も握っていた。AKは、地元名士の娘スィムリト・サラブジート・カウル(プージャー・チョープラー)と強制的に結婚しようとしていたが、スィムリトはそれを拒否し、ある日逃げ出す。追手に追われるスィムリトを助けたのがカランヴィール・スィン・ドーグラー、通称カラン(ヴィデュト・ジャームワール)であった。 カランはインド陸軍の精鋭コマンドーだった。しかし、乗っていたヘリコプターが中国領内に墜落し、捕虜となってしまっていた。インド政府は政治問題を避けるためにカランを見捨て、1年間彼は拷問を受け続けていた。しかし、彼は隙を見て逃げ出し、軍の司令部があるパターンコートへ向かう途中だった。司令部にはカランの上司アキレーシュ・スィナー大佐(ダルシャン・ジャリーワーラー)がカランの帰りを待っていた。 カランは一人でMPとその部下たちをなぎ倒し、スィムリトを救う。スィムリトに無理矢理連れられる形で彼はバスに乗ってディレールコートを去ろうとするが、橋の上でAKに止められる。カランはスィムリトを連れて川の中に飛び込み、ジャングルの中を歩いて逃げる。AKはカランとスィムリトを追うが、またも部下たちが返り討ちに遭った。翌朝AKは猟犬と援軍を連れてジャングルに戻り、追跡を再開する。カランとスィムリトは見つかってしまい、カランは腹部に銃弾を受け、川に落とされる。スィムリトはAKに連れて行かれてしまう。AKは見せしめのために、スィムリトの逃亡を手助けした彼女の両親を目の前で殺す。 AKとスィムリトの結婚式が行われようとしていた。ところが、地元民に助けられ応急処置を受けて回復したカランはディレールコートに舞い戻り、AKの邸宅に侵入した。次々にAKの部下たちを殺し、遂にAKにも重傷を負わせる。そしてディレールコートの中心部でAKを首吊りにしようとする。インド政府は、カランの生還を喜ばず、警察を使って彼を殺そうとするが、駆け付けたスィナー大佐に止められる。公衆の面前でAKはカランによって処刑される。
シルベスター・スタローン主演の「ランボー」(1982年)やアーノルド・シュワルツェエネッガー主演の「コマンドー」(1985年)など、日本でも人気の高いハリウッド・アクション映画を非常に意識した映画だった。ストーリーは非常にシンプルで、特筆すべき事柄はほとんどない。ただ、中国が出て来たのは注目すべきだろう。インドと中国は一度戦争をしているし、近年、中国と国境を接するジャンムー&カシュミール州やアルナーチャル・プラデーシュ州において、中国人民解放軍の越境事案が頻繁に報告されており、両国の関係は決して楽観視できない。インド映画が初めて「パーキスターン」を敵国として名指しで映画に登場させたのは「Border」(1997年)だとされているが、この「Commando」では、完全に敵国としてではないものの、「厄介な隣人」として中国が登場しており、インドの近年の懸念を表現していると評価できる。
しかしながら、「Commando」は、ヴィデュト・ジャームワールの本格ローンチ映画だと捉えた方が分かりやすいだろう。彼の潜在能力を極限まで引き出すために、ストーリーをシンプルにして、アクションに全力を傾けた作品だ。インド映画界にアクションスターは多いが、ヴィデュトの身体能力は過去のアクションスターたちを遙かに凌駕している。香港映画界のクンフースターたちと対峙したら分からないが、少なくともハリウッドのアクションスターたちとは余裕で肩を並べられるほどだ。映画を少し観ただけでヴィデュトの才能は分かるが、「Commando」のアクションシーンでは一切代役やケーブルを使っていないという裏話を聞くと、さらに彼に対する賞賛の念は深まる。顔もハンサムであるし、インド映画界待望の次世代アクションスターの誕生を祝っていいだろう。
ところで、最近ヒンディー語映画を観るときには「汚職」というキーワードを念頭に置いている。この「Commando」でもやはり汚職は打ち倒されるべきものとして描かれていた。主人公カランはコマンドーであるため、インドの領土を侵す敵国との戦いに備えて日々訓練に励んでいた訳であるが、中国の捕虜とされた結果、汚職政治家たちによる政治の道具とされたことに気付き、敵と戦う前に味方の中に巣くう悪と戦うことを決意する。悪役AKとの出会いは偶然で、スィムリトを助ける義理もなかったのだが、まずはAKのような腐った悪党をひとつひとつ撃破して行かないことにはインドは良くならないと考え、スィムリトを巡る争いに干渉することになる。カランは、一般市民の心を支配する恐怖が、AKのような悪党の悪事を助長させていると喝破し、その恐怖を取り除くために、わざわざAKの処刑を公衆の面前で行う。過激なエンディングではあったが、一般庶民に対して勇気を持って汚職と立ち向かうことを促すメッセージは強く感じた。
「Commando」は基本的には単純なアクション映画であるが、インド映画界の次世代アクションスター、ヴィデュト・ジャームワールの誕生を祝う作品として、また中国をネガティブな視点から描いた作品として、そして最近流行の「汚職」を取り上げた作品として、一定の意義のある映画だ。また、既に続編「Commando 2」がアナウンスされている。主演は引き続きヴィデュト・ジャームワール以外にあり得ないだろう。