21世紀に入り、ヒンディー語映画のジャンルはハリウッド映画を後追いする形で多様化して来たが、その中でも既にジャンルとして完全に確立したと言えるもののひとつがサイエンスフィクション、いわゆるSFである。未来へ行ったり、宇宙人と遭遇したり、超能力が登場したり、その題材選択は様々であるが、このようなSF映画が盛んに作られるようになったのは、確実にここ10年ほどの顕著な傾向である。
中でも、ヒンディー語映画のSFジャンルを牽引しているのが、「Koi… Mil Gaya」(2003年)から始まる「Krrish」シリーズである。「Koi… Mil Gaya」は、「未知との遭遇」(1977年)や「E.T.」(1982年)を思わせる宇宙人遭遇モノで、インド映画の要素を巧みにSFに織り込んで、大ヒットとなった。その続編の「Krrish」(2006年)は、SFの中でもスーパーヒーロー映画であり、クリシュというインド産スーパーヒーローが誕生した。前作で宇宙人ジャードゥーからスーパーパワーを授けられたローヒトの息子クリシュナが主人公で、そのスーパーパワーを遺伝しているという設定であるため、ストーリー的にも無理のないつながりとなっている。主にシンガポールで撮影された「Krrish」は特に子供たちに大人気となった。この「Krrish」シリーズは一貫して、監督はラーケーシュ・ローシャン、音楽監督はラージェーシュ・ローシャン、主演はリティク・ローシャンが務めている。リティクはラーケーシュの息子で、ラージェーシュはラーケーシュの弟に当たる。その他のキャストにも一貫性がある。
そして2013年11月1日、とうとう「Krrish」シリーズの第3作、「Krrish 3」が公開された。「Krrish 2」でないのは、「Koi… Mil Gaya」から始まった経緯があるからである。おそらく今後も「Krrish」シリーズとして続編を作って行く意向なのだろう。監督や音楽監督に変化はなし。主演はもちろんリティク・ローシャン。プリヤンカー・チョープラーも前作から引き続いてヒロインを務めている。他に、悪役としてヴィヴェーク・オーベローイ、カンガナー・ラーナーウトが出演し、アーリフ・ザカーリヤー、ラージパール・ヤーダヴ、ラーキー・ヴィジャン、ガウハル・カーンなどが脇役出演している。また、前作の悪役ナスィールッディーン・シャーも特別出演している。
クリシュナ・メヘラー(リティク・ローシャン)は、妻のプリヤー(プリヤンカー・チョープラー)や父親のローヒト(リティク・ローシャン)と共にムンバイーに住んでいた。ローヒトは政府機関に務める科学者で、プリヤーはテレビ局勤務のジャーナリストであったが、クリシュナは、スーパーヒーロー・クリシュとの両立に手間取っており、なかなか定職に就けずにいた。また、プリヤーは妊娠しており、クリシュナの第1子を宿していた。 その頃、ナミビアでは新種のウィルスが大流行しており、多数の死者が出ていた。だが、カール製薬という製薬会社がそのワクチンを開発したため、拡散は何とか抑えられた。ただ、実はこのウィルスを作ったのもカール製薬自身であり、その社長である天才科学者カール(ヴィヴェーク・オーベローイ)であった。カールは先天的な身体障害者で、首より下は両手の人差し指しか動かせなかったが、その代わり圧倒的な科学の知識と、手を触れずに金属を操る念力を持っていた。カールは、障害を治すために自分に適合する骨髄を見つけ出すため、人間と動物のDNAを掛け合わせて実験を繰り返していたが、なかなか発見できずにいた。人間と動物を融合させて作り出された生き物はマーンワルと呼ばれ、カールの手下として働いていた。その内の1人が、カメレオン女のカーヤー(カンガナー・ラーナーウト)であった。また、彼は自分の超能力の秘密を解明したいと強く希望していた。 カールは、新種ウィルスをより人口の多い国で流行させ、ワクチンを売って大儲けしようと考え、ターゲットをインドに定めた。カールは、カーヤーらマーンワルをムンバイーに派遣し、ウィルスをまき散らさせた。すぐにムンバイーは大混乱となり、多数の死者が出た。だが、不思議なことにローヒト、クリシュナ、プリヤーには感染しなかった。ローヒトが一か八かでクリシュナにウィルスを注射したところ、すぐに彼の体内においてウィルスは駆逐された。クリシュナの血からワクチンを作成し、ムンバイー中にまき散らしたことで、ウィルスの流行はカール製薬のワクチンが届く前に鎮圧された。 それを知ってカールは激怒すると同時に、奇妙に思う。なぜなら新種ウィルスのワクチンを作るためには、自分のDNAが必要だからだ。その秘密を確かめるため、カールはマーンワルを再度ムンバイーに派遣する。ワクチンを作った科学者がローヒトであることが突き止められ、カーヤーはローヒトを襲撃するが、クリシュによって撃退される。だが、自由に姿を変えられるカーヤーは、隙を突いてプリヤーの姿に化ける。クリシュナたちの知らない間にプリヤーは誘拐され、カールの研究所に監禁される。 一方、プリヤーの姿に化けたカーヤーはクリシュナと一緒に生活するようになる。姿形は変身できても、胎児まではコピーできなかったようで、襲撃の衝撃でプリヤーの胎児は助からなかったと考えられていた。クリシュナはプリヤーの気持ちを傷つけないようにいつも以上に優しく接する。それが次第にカーヤーに恋の気持ちを芽生えさせる。また、ローヒトは、自分を襲撃したマーンワルのDNAが、自分たちのDNAと大差ないことを突き止め、その秘密を探るために、かつて自分が監禁されていたシンガポールへ行く。そこで彼は、ドクター・アーリヤ(ナスィールッディーン・シャー)が自分のDNAを使ってクローンを作ろうとしたことがあるとの情報をキャッチする。しかし、そのクローンは障害を持って生まれて来たため、捨てられ、孤児院に入れられてしまった。それがカールであったのだ。 ローヒトはシンガポールでカールの手下に拉致され、研究所に連行される。全ての秘密を知ったカールは、ローヒトの骨髄こそが自分の障害を治癒することを直感し、早速手術を行う。一方、クリシュナはプリヤーが別人であることに感付いており、クリシュナに同情的になったカーヤーの助けを借りて、クリシュの姿になってカールの研究所へ向かっていた。ところが時は既に遅く、手術は完了しており、カールは健常な身体を手に入れていた。彼の超能力も以前とは比べ物にならないほど増強されていた。カールは鉄板を身体中に巻き付け、クリシュとの戦闘態勢に入る。クリシュは戦いに負けて殺され、ローヒトも放置される。また、カーヤーは殺されたものの、プリヤーは救出され、ムンバイーへ逃げていた。 クリシュを撃破したカールは、プリヤーを追ってムンバイーへ向かう。彼はプリヤーの胎児を改造して手下にしようと考えていた。ムンバイー市民に害が及んだため、プリヤーは自らカールのところへ出向く。プリヤーは殺されそうになるが、そこへクリシュが駆け付ける。ローヒトは、太陽光を集めて死んだ生き物を蘇生させる道具を発明しており、それを使用してクリシュを生き返らせたのだった。しかも、彼の力は以前の何倍にもなっていた。ただ、まだこの道具は未完成で、光を調節するためにフィルターが必要で、ローヒトは自らの身体をフィルターにしてクリシュを蘇生させたために、犠牲になってしまった。 クリシュとカールは再度激突する。カールは、パワーアップしたクリシュの敵ではなかった。クリシュは不意打ちに遭ってピンチに陥るものの、ローヒトの発明した道具を使ってカールに凝縮された太陽光を当て、爆発させる。こうしてクリシュの活躍によってムンバイーに平和が訪れたのだった。また、事件から数か月後、プリヤーは元気な男の子を生む。その子もまたスーパーパワーを持っていた。
「Krrish」シリーズは、「Koi… Mil Gaya」の頃から、期待というか不安をいい意味で裏切ってくれる作品だった。「Koi… Mil Gaya」の時は、インド映画がSFに手を出したということで、ゲテモノ映画ができたに違いないと思って、怖い物見たさで映画館に足を運んだものだった。だが、「未知との遭遇」や「E.T.」からの影響があまりにも大きいことを指摘する意見が強いものの、SFというハリウッドが得意とするジャンルをうまくインド映画的に料理していることは正当に評価すべきであり、インド映画の新たな可能性を強く感じさせられる仕上がりとなっていた。「Krrish」の方も、スーパーヒーロー映画ということで、また余計な冒険をしたと思って半信半疑で観に行ったが、これがまたなかなか素晴らしい娯楽作品であった。スーパーヒーロー映画にとって最も重要な、スーパーヒーロー誕生の瞬間や、スーパーヒーローに付き物のタブーの説明も、非常に説得力ある形で提示されていた。
「Krrish」シリーズ最新作となる「Krrish 3」にも不安がなかったと言えば嘘になるが、DVDで鑑賞した結果、やはり優れたエンターテイメントだと感じた。前作は「スパイダーマン」シリーズを主に念頭に置いて作られた印象だったが、本作は「マーンワル」と呼ばれるミュータントが登場したりして、「Xメン」シリーズを思わせるものだった。ターゲット年齢をより低年齢層に設定していることがうかがわれたが、それが功を奏しており、娯楽性もメッセージ性も明確で、ストーリーも分かりやすかった。弱点は音楽のみだ。ラージェーシュ・ローシャンは1980-90年代に旬だった音楽監督で、21世紀の映画音楽を担うには荷が重くなっている。「Krrish」シリーズはローシャン一家のホームプロダクション的性格を擁しているが、今後のシリーズの発展のためには、音楽を外部の人間に頼むことも考えなければならないだろう。
ヒンディー語映画界においてSF映画がジャンルとして確立したことは前述の通りだが、同時にキッズ映画も完全にジャンルとして確立しており、子供向けに映画が作られるようになっている。それはアニメ映画の隆盛とも関係しているが、実写のキッズ映画も数多く作られている。元々インド映画は全年齢層をターゲットにしており、家族全員が映画館で楽しめるような作品作りを心掛けていた。だが、最近はターゲットを明確に絞った作品作りも多くなった。「Krrish」シリーズのターゲットの変遷は、それと関連している。「Koi… Mil Gaya」から「Krrish 3」にかけて、明らかに対象年齢層は下がっており、「Krrish 3」では子供の観客の視点が強く意識されていた。
実は、「Krrish」公開後、クリシュに影響を受けた子供が高所から飛び降りて死傷するという事件が相次いだ。今回はその悲しい事件が強く意識されており、子供たちに向けて、クリシュのアクションの真似をしないようにクリシュ自身の口から呼び掛けられていた。それを強調した上で、「困っている人を助ける人は皆クリシュだ」というメッセージが発信されており、何か英雄的な行動をした人にクリシュから与えられるクリシュ印ミサンガが出て来たり、クリシュのコスチュームをした子供たちが踊るダンスシーンが用意されていたりした。太陽光を集めて死んだ生き物を蘇生させるペン型の道具も、子供の興味を引きそうなガジェットだ。これらが商品化されたかどうかについては分からないが、明らかに、クリシュをインドの子供たちの間でひとつの文化として根付かせようとする努力が見受けられた。
「Krrish」シリーズは今後もヒンディー語SF映画の牽引役として続編が重ねられることであろう。本作の中でも、いくつか次作への伏線が感じられた。ハリウッド映画を越えるにはまだ時間が掛かるだろうが、この方向での発展も楽しみである。