2024年7月26日からDisney+ Hotstarで配信開始された「Bloody Ishq(血塗られた愛)」は、「Raaz」(2002年)などでヒンディー語映画界にホラー映画というジャンルを確立した立役者ヴィクラム・バット監督お得意のエロティック・ホラーだ。
プロデューサーはマヘーシュ・バット。主演は「1920: Horrors of the Heart」(2023年)のアヴィカー・ゴール。他に、「Yeh Saali Aashiqui」(2019年)のヴァルダーン・プリー、ジェニファー・ピッチナート、ラーフル・デーヴ、シャーム・キショール、アルシーン・メヘター、ガウタム・シャルマーなどが出演している。
スコットランドのキャッスル島に夫のローメーシュ(ヴァルダーン・プリー)と共に住んでいたネーハー(アヴィカー・ゴール)は、事故に遭って記憶を失ってしまう。ローメーシュと共にキャッスル島の自宅に戻ったネーハーは、怪奇現象に遭遇するようになる。
ネーハーの前に突然現れたアーイシャー(ジェニファー・ピッチナート)を名乗る女性は、彼女の親友だと自己紹介し、事故に遭う前にネーハーはローメーシュと破局寸前だったと明かす。また、家の地下には開かずの扉があり、ネーハーはその先に何があるのかをいぶかしく思うようになる。だが、ローメーシュに聞いてもはぐらかされていた。
やっとローメーシュへの信頼が回復したのも束の間、アーイシャーを名乗る別の女性が現れる。彼女こそが本物のアーイシャーであった。アーイシャーは彼女を霊媒師の元へ連れて行き、そこでヒントを得る。自宅の地下にある開かずの扉の先にボートガレージに別の道から入り込んだネーハーは、そこで女性の遺体を発見する。それは、前にアーイシャーを名乗った女性とそっくりだった。
ローメーシュはやっと真実を話す。彼はネーハーとの結婚1ヶ月前にキマーヤー(ジェニファー・ピッチナート)という女性と出会い、不倫関係になる。だが、実はキマーヤーは父親(ラーフル・デーヴ)の新しい妻であった。キマーヤーは財産目当てで接近したのだった。ローメーシュが父親にキマーヤーの正体を明かそうとすると、キマーヤーは父親を殺してしまう。勢い余ったローメーシュはキマーヤーを殺し、二人の遺体を沖合にヨットで連れて行って、火災事故に見せかけて処分しようとする。だが、キマーヤーは息を吹き返してローメーシュを追って来ていた。ローメーシュはキマーヤーにとどめを刺し、ボートガレージの海中に沈めたのだった。
キマーヤーの亡霊がローメーシュに襲い掛かり、重傷を負わせた。ネーハーは亡霊の力の源がネックレスにあると見抜き、それを塩水に浸けて弱らせた後、火の中に投げ入れた。ローメーシュとネーハーはキャッスル島脱出に成功する。
ローメーシュは回復するが、それを見届けてネーハーは彼の元を去って行く。
事故と記憶喪失、幽霊屋敷と怪奇現象、開かずの扉と霊媒師など、定番ではあるが面白くなりそうな要素が詰め込まれている。それで面白くなれば文句はないのだが、全く面白くなっていない。
ひとつの原因は、「Judaa Hoke Bhi…」(2022年)や「1920: Horrors of the Heart」で使われた最新技術バーチャルプロダクション(VP)がまだまだ発展途上段階にあることだ。このVPは、撮影用ステージを巨大な LED ウォールで囲み、そこに映し出したリアルタイムに変化する背景の前で俳優が演技し、撮影を行うというもので、米ドラマ「マンダロリアン」(2019年)で初めて導入された。インドの映画メーカーたちも早速興味を持ったが、いち早くVPスタジオを設立したのがヴィクラム・バットだ。だから彼はVPをフル活用した映画作りにこだわっている。
「Judaa Hoke Bhi…」と「1920: Horrors of the Heart」はまだ実験段階にあった。たとえば、全体的に画面が暗かったのだが、これは明らかにVPで撮影したことが分かりにくいような逃げの工夫であった。だが、この「Bloody Ishq」では、そういう小細工は一切なしで、本格的にVPで撮影を行っている。つまり、通常の映画と同様の光の中で撮影をしている。もし、本物の背景に全く見劣りしないのならば、インドにおけるVP技術は無事に軌道に乗ったと評価できたところだ。だが、残念ながら、「Bloody Ishq」のVPは「マンダロリアン」のレベルには到底達していない。むしろ1990年代のインド映画に氾濫した稚拙なCGに逆戻りしてしまったかのように見える。
それに加えて未熟な俳優たちを起用していたため、演技面からも崩壊していた。ホラー映画は数あるジャンルの中でどうしても下に見られがちだが、要求される演技力は他のジャンルに劣っていない。
これで怖かったからまだ救いがあったのだが、映像と効果音で無理矢理観客を怖がらせるタイプの古風なホラー映画であった。ヴィクラム・バット監督は観客の期待に応えるためにエロティックなシーンを多めに入れていたが、それも映画を救うほどの効果は発揮していなかった。とにかく何もかも空回りしている映画であった。
「Bloody Ishq」は、ヴィクラム・バット監督がVPを駆使して作り上げたエロティック・ホラー映画であるが、技術的にも演技的にも物語的にも何の取り柄もない作品だ。劇場公開できずOTTスルーとなったのも頷ける。インドにおけるVPの発展という観点では名前が挙がってくる映画になるだろうが、純粋に映画としては完全な失敗作である。