ヒンディー語映画界の問題児ラーム・ゴーパール・ヴァルマー監督は最近趣味に走りすぎて外してばかりであるが、またひとつ問題作をリリースして来た。2008年のニーラジ・グローヴァー殺人事件をベースにした「Not A Love Story」である。それはテレビ局勤務のニーラジ・グローヴァーが殺された事件で、容疑者として浮上したのがカンナダ語映画女優マリア・スサーイーラージとその恋人で海軍の軍人ジェローム・マシューであった。マリアは駆け出しの女優であったが一応セレブリティーの末席におり、しかも死体をバラバラにして持ち出し焼却したことなど、事件の猟奇性から世間の注目を集めることになった。この事件の判決は2011年6月に出ており、ジェローム・マシューは殺意のない殺人罪と証拠隠滅罪で10年の禁固刑、マリア・スサーイーラージは証拠隠滅罪で3年の禁固刑となった。
ラーム・ゴーパール・ヴァルマーはこの事件の映画化を企画し、自ら監督に乗り出した。彼の最近の映画と同様にハードボイルドな犯罪映画である。2011年8月19日に公開された。ニーラジ・グローヴァー殺人事件をかなり忠実になぞった内容となっている。
監督:ラーム・ゴーパール・ヴァルマー
制作:スニール・ボーラー、シャイレーシュRスィン、キラン・クマール・コーネーラー
音楽:サンディープ・チャウター
出演:マーヒー・ギル、ディーパク・ドーブリヤール、アジャイ・ゲーヒー、プラブリーン・サンドゥー、ザーキル・フサイン
備考:PVRプリヤーで鑑賞。
チャンディーガル出身のアヌシャー・チャーウラー(マーヒー・ギル)は女優になる夢を叶えるために、恋人ロビン・フェルナンデス(ディーパク・ドーブリヤール)を説得し、単身ムンバイーにやって来る。すぐに女優志望、脚本家志望、カメラマンなどの友人ができ、オーディションを受けて運を試す毎日を送っていたが、なかなか成功は掴めなかった。 そんなアヌシャーを親身になって支えたのがTV番組プロデューサーのアーシーシュ・バトナーガル(アジャイ・ゲーヒー)であった。アーシーシュの強い推薦のおかげでとうとうアヌシャーの映画デビューが決まる。アヌシャー、アーシーシュやその他の友人たちはバーでそれを祝う。 パーティーが終わった後、アーシーシュはアヌシャーを家まで送る。アーシーシュは飲み直すことを言い訳にアヌシャーの部屋まで付いて来る。二人はそのまま一夜を共にしてしまう。 ところが翌朝、アヌシャーが電話に出ないことを心配したロビンがチャンディーガルから急遽ムンバイーにやって来る。ロビンはアヌシャーの家に見知らぬ男が裸でいるのを見て激昂し、彼を包丁で刺して殺してしまう。 ロビンとアヌシャーは死体をどこかへ捨てることにする。まずアヌシャーは近くのショッピングセンターで包丁やビニール袋を買って来る。その後ロビンが死体をぶつ切りにしビニール袋に詰める。そしてアヌシャーが友人から借りた車を使ってそれらのビニール袋を郊外まで運び、そこでガソリンをかけて燃やした。ロビンは翌朝、口外を禁じてチャンディーガルに帰る。 すぐにアーシーシュが消息不明になっていることが彼の友人たちの間に知れ渡る。アーシーシュに最後に会ったのがアヌシャーだったが、彼女は、アーシーシュは自分を家まで送った後に帰って行ったと述べた。依然行方が分からなかったため、友人たちは警察に捜索届を提出することになった。アヌシャーは疑われることを避けるために一緒に捜索届を出しに行く。 事件の担当となったのがマーネー警部(ザーキル・フサイン)だった。マーネー警部は事件の詳細を聞き、アヌシャーを含め、アーシーシュの友人たちのこれまでの行動を聴き取った。アヌシャーは平静を装って当たり障りのないことを話す。 ところが携帯電話の位置情報からアヌシャーの証言の嘘がばれてしまい、アヌシャーは拘束され尋問を受ける。とうとうアヌシャーは洗いざらい話してしまう。アヌシャーは逮捕され、チャンディーガルにいたロビンも逮捕されムンバイーに連行される。 アヌシャーとロビンにそれぞれ付いた弁護士は、罪を相方にかぶせて無罪を勝ち取る方法を勧める。アヌシャーに浮気されたと思っていたロビンはその提案に乗り、彼が彼女の家に来たときには既にアーシーシュは殺されていたということにする。また、アヌシャーの方は、アーシーシュを殺したのはロビンで、ロビンに命令されて死体遺棄を手伝わざるを得なかったということにする。 アヌシャーの弁護士とロビンの弁護士は互いにストーリーを作って自分の顧客に有利に裁判を運ぼうとする。しかし、アヌシャーは友人から、この事件はロビンが彼女のことを深く愛していたから起こったことだと語る。その言葉に打たれたアヌシャーは、最終供述の前にロビンと話す許可をもらい、彼に自分が置かれた状況や心境を正直に打ち明ける。それを聞いたロビンは皆の面前でアヌシャーに口づけする。 映画は、公判は今でも続いているとされて終わる。
まずは、またもラーム・ゴーパール・ヴァルマー監督に騙された気分であった。以前、同監督の「Agyaat」(2009年)と言う映画で、まだ映画が途中であるにも関わらず、「Coming Soon Agyaat 2」とテロップと共に続編を匂わして無理矢理終幕としていた。未だに「Agyaat 2」のアナウンスはされていない。途中で面倒臭くなって投げ出したと言われても仕方ないだろう。それと同様に、「Not A Love Story」も中途半端なところで終わってしまい、消化不良な作品になっていた。
確かにヴァルマー監督がこの作品を作っていたときにはまだニーラジ・グローヴァー殺人事件の判決が出ていなかっただろう。だが、この映画は実話に基づいたフィクションであるはずであり、現実世界の裁判とは関係なく結末を設けて良かったはずだ。
しかしながら、そういう不満を感じるのは、それまでの展開が非常に良くできていたからである。無駄を廃したスマートな展開とテンポの良さでストーリーは進行する。カメラワークもヴァルマー監督でなければ思い付かないような奇をてらったものばかりで、カメラも雄弁に物を語っていたのはさすがだった。効果音や映像効果もかなり効果的に使われ、恐怖とスリルを掻き立てていた。また、当初は女優志望の主人公のシンデレラストーリーを匂わせておいて、一気に犯罪・サスペンス映画に急展開させ、一瞬ホラー映画のエッセンスを入れながら、最終的にはインドの司法制度の欠点を突く社会派映画の様相を呈して終了していた。「Not A Love Story」という題名によって、「ではいったいどんなジャンルの映画なのか」と観客に自然な疑問を抱かせながら、そのジャンルはコロコロと変わり、どんなジャンルにも当てはまらないような作品になっていたのはヴァルマー監督の狙い通りであろう。故に最後で観客を突き放して中途半端に切り上げてしまったのが悔やまれる。
劇中には、ヴァルマー監督のヒット作「Rangeela」(1995年)中の名曲「Rangeela Re」が何度も使われる。「Rangeela」自体、女優志望の女の子を主人公にした映画であり、「Not A Love Story」と共通点があった。ヴァルマー監督はその後も「Naach」(2004年)や「Main Madhuri Dixit Banna Chahti Hoon」(2005年)など同様の導入部の映画をいくつか作っており、こういうシンデレラストーリーにこだわりがあるようである。ただ、「Not A Love Story」ではあくまで導入部のみがシンデレラストーリーで、一気にダークな方向へ進む。
アヌシャーを演じたマーヒー・ギルは、「Dev. D」(2007年)で注目を集めた女優で、演技力は文句ない。しかしながら既に30代で、女優志望の女の子を演じるには薹(とう)がたっており、他の若いキャストたちに囲まれて違和感があった。だが、キスシーン、シャワーシーン、ベッドシーンなども何のそのの、捨て身の熱演であった。
ロビンを演じたディーパク・ドーブリヤールも好演していた。脇役俳優として「Omkara」(2006年)などで存在感を示した後、「Teen Thay Bhai」(2011年)や本作など、主役級の役がもらえるようになって来ている。コミックロールを演じることが多いが、「Not A Love Story」ではシリアスな演技を見せ、いろいろな役を演じられることを証明していた。
「Not A Love Story」は、いい意味でも悪い意味でも、ラーム・ゴーパール・ヴァルマー監督らしい作品。終わり方が中途半端な点が残念だが、ストーリーテーリングやカメラワークには光るものがある。しかしながら、無理して観なくてもいいだろう。